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【連載小説】私の明日はどっちだ?3-②

おばさん世代の転職活動はいばらの道。手持ちの駒もスカスカで、さあどうする!

これまでのお話はこちらからどうぞ。

それでも選別されている

そういえば、履歴書をまだ出していない。みんなはいつ出したんだろう。
グループの中で立ち位置をつかめないまま、自己アピールの機会がどんどん失われていく音がする。リベンジの波にのれず、気持ちだけが焦っていく。社長とタカケンが小声で何か話している。こんなふうに、意志がはっきりしない人から切られていくんだろう。

そんなことを考えていたら、ぷ~んというカレーの匂いとともに女性社員が入ってきた。早い。これは仕事ができる、ということか。私の横の4人は、下を向いていた。我慢しても笑いがこみあげてくるのか、肩がかすかに震えている。

女性社員がみんなの一品を小皿に取り分けて、横のテーブルに並べていく。高そうな霜降り肉。これは生だから食べられない。コンビニスイーツに、自分で握ったのか?と思われるオニギリ。パックに入っていたからたぶん買ってきたであろうお惣菜、そして私のカレーがそろった。
面接会場が、まるでスーパーの試食コーナーのようになっていた。

ひと品ずつみんなで味わいながら、持ってきた理由を話していく。
「どんな素材を選ぶかっていうことが、一番重要だと思うんですよね」
営業をしていたという田中リョウが、テンポよくしゃべる。「伸びしろってよく言いますけど、人でもモノでも、煮ても焼いても食えないのはやっぱりダメだと思うんです。」(これは自分の素質がいいと言いたいんだろうか)

コンビニスイーツは女子力オーラ満載の石野まり。
「私、新商品は常にチェックしてるんです。これ、一昨日発売されたばかりのクリームあんみつタルト!和菓子っぽいからお年寄りにも喜ばれますよー。」

「私は母に作ってもらったおにぎりを持って来ました」
うわー、横川健はお母さんか。
「ここぞという時には、やっぱりこれが一番です!」

お惣菜を持って来たのは太田良美。
「好きなものというか、体に必要な食材、です。手作りにはこだわりません。作りたければ作るし、時間がなければ買うこともあります。臨機応変に調達する、ということが私にとっては重要です」
家庭の味のアピール、ではなかった…。

見事にそれぞれが違っている。どれも説得力があり、後は会社が何を求めているかだけにかかっているように思えた。(プレゼンなんてうまくできないしな。もういいや。)自分が話す番になった時、他人事のように緊張感はなくなっていた。

「これには、ニンニクもショウガも、山ほど入っています。私は、ちょっと元気がないなあとか、疲れたなあとかいう時、よくカレーを作ります。自分で自分を勇気づける、っていうか…。手をかけたり、簡単に作ったり、その時の状況に合わせていくらでもアレンジできますし。何より、食べたら、ほっとするんです。」
みんな、ハフハフ頬張りながら聞いている。気のせいか、誰もがにこやかな顔つきになっていた。これでよかったのだろうか。面接官は、ここから何をくみ取ったのだろうか。

「みなさん、どうもごちそうさまでした。結果は後日ご連絡させていただきます。あ、履歴書は帰りに出していってください。何かご質問はありますか?」
植木さんではなくタカケンが言った。さすがにみんなびっくりして、お互い顔を見合わせた。質問と言われても、ナゾだらけで何を聞いていいのかすらわからない。食べるだけ食べて終わり?大丈夫なんだろうか。でもちょっと面白かったな。これが、仕事がかかっている面接でなければ。

「ありがとうございました。失礼いたします」
テーブルの上に次々と履歴書を提出し、入ってきた順に退出していった。

出口には迷わずたどり着けた。みんなが一緒だったからだ。
今までにこやかに話していた人たちが、急によそよそしく散らばっていく。エレベーターですらバラバラに乗った。
ぼうっとして最後にひとり残った私は、またしてもダメだったことを
全身で感じながらビルを出た。

外にはほんのりと明るさが残っていて、梅雨が明ければ夏が来るのだということを思い出させた。私の状況がどうあろうと、季節は変わっていくのだ。

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