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【1話】せめてウサギは逆しまに【ディストピアSF小説】

第一章『この町のクリップ屋さん』

――神が作った世界が完璧ならば、人が必死に生きる度に世界は歪んでいくのだろう。
苦痛は計り知れないが、死亡に至る分量ではなく。
狂う寸前に違いないが、自殺を選ぶ段階でもない。
正義だか悪だかなんて、差し迫った問題ではなく。
生きるか死ぬかの取捨など、相貌すら覗わせない。
曖昧な訳ではなく、結論に興味が無いだけであり。
適当な訳ではなく、刹那に基準を持つだけである。
肯定は望むべくもない、何処にも至れぬ伽藍の堂。
黙って重力に捕まって。摂理に逆らわずに順当に。
初まりから死の瞬間まで、落下するしかない癖に。

例えば正義と悪だとか。
例えば始まりと終わりだとか。

人間は事象に勝手な一対を認め、その二点との距離で自身の場所を決めてしまう。心理的なシュミラクラ現象とでも評するべきか、ミルグラム効果に近い従属なのか。いずれにせよ、本能に根差した悪癖と言えるだろう。

亡国の第二都市、聖都。この都もかく在れと求められた故か、安易な双貌を持たされる事となった。

一つの顔は、上級街と呼ばれる繁華街。
世界が退廃する以前の面影を残し、周囲を高さ二メートルの壁に囲われた街。壁際が外殻、中核が中心街と称され、富める者は中心で守られ、持たぬ者は外側へ追いやられる。市民全員にチップが埋め込まれ、日々の決済から就寝のバイオリズムまで、あらゆるデータが政府に保有される監視社会だ。

もう一つの顔は貧民街、所謂スラムである。
川を挟んで上級街の向かいに位置し、行政ではなくギャングが支配している土地。元々は聖都を広げる為の開発が進められていたが、内乱によって頓挫。難民が流れ込み、低発展の発展をしていった。

この世界の人々に現状を憂う慈悲はなく、疑問を持つ英知もない。全ては思考される事なく静かの炎にくべられ、熱すら生まずに消えていく。

「狭っ苦しい!」

そんな終末の片隅、スラムの一角。犇めくバラック小屋の壁につっかえながら、何処かに向かう少女が居た。
甲斐戸羽遊沙と呼称される彼女は、金に近い銀髪と白い肌、赤い瞳を持ち、背は140センチに満たない。
見た目は十歳程度だが、これでも五歳でスラムに放り出され、その後十年間この地獄で生きてきている。生き汚い人間であった。

「道無いじゃん!『この町のクリップ屋さん』て、絶対普通の職場じゃないよ!」

とは言え、彼女は十年間スラムを生き抜いた、『遊沙』とは別人だったりする。
複製人間だとかドッペルゲンガーの成り代わりだとか、複雑な事情があるわけではない。ただ記憶失認により、人格が変質してしまったというだけである。
そんな曖昧な遊沙は、『この町のクリップ屋さん』なるものに向かっているらしかった。

「も~!なんなん」

壁から飛び出た鋭いものに引っ掛かり、シャツが伸びて、裾が裂けてしまった。
服はこれしかないし、新しいものを買うお金もない。この仕事にありつけないと、着るものすら無くない窮状だ。
そう。目の前にぶら下げられた、実態も分からない仕事の価値が、遊沙の中で無意味に上がっていく。

「あ~!も~!」

聡明な誰もが、『この町のクリップ屋さん』とは何?と疑問を持つだろう。残念ながら、遊沙疑問には答える術がなかった。記憶障害のためではなく、彼女の無能さゆえだ。

先日遊沙は、ワニガメと名乗る女性から、『この町のクリップ屋さん』のスカウトを受けた。詳しい説明は後日店で行うと伝えられ、出勤場所と出勤日時だけ案内された次第だ。
まともな頭の持ち主なら、出勤日までの時間で相手のことを調べたのだろう。そして働くべきでないと判断を下したはずだ。
しかし記憶とともに緊張感をも失った遊沙は、ただ漫然と日々を浪費することしかできす、意味も無いサプライズ感を持って出社する事となったのだ。

教えられたクリップ屋さんへの道は、スラムの中でも人の寄り付かない辺鄙な所を目指していた。薄暗く、不衛生で、じめじめした危険な場所。立って歩ける通路が無くなってきた辺りで、さしもの遊沙も真っ当な仕事場でない事を確信するしかなかった。

それでも職の欲しい遊沙は、嫌な顔をしながらも進むしかない。猫や鼠しか通れない隙間を這い、男性さえ躊躇する区画を息を潜めて通り抜ける。
元々薄汚れていた服が、いよいよボロボロになってきた頃に、やっとそれらしい場所に辿り着いた。

「うわぁ……もしかして、あれがクリップ屋さん?」

細い隙間を抜けた先には、古い二階建てのアパートが建っていた。全体的に錆び付いているが、要所は鉄板で補強されている。監視カメラも完備され、警報装置も見受けられる。
看板もなく、人の出入りもない。それどころか辿り着くための道が閉ざされており、身を隠す事に特化している。周囲は高い建物で閉ざされ、光すら届かない。廃墟地帯なのか、物音一つ聞こえてこなかった。

アパートの郵便受けを確認すると、201号室以外は塞がれており、号数表記すら無い。全体的に襲撃を想定した備えであろうか。普通の居宅として使われていない事を窺わせた。

「危険の臭いがする……正直イヤだね!」

職場から漂う怪しい気配に、遊沙の記憶のスイッチが入る。締まりのない顔で笑う少女は消え、血生臭い顔で眉根を寄せる偏屈者がそこに居た。
遊沙は二階に続く階段を昇りながら、ベルトに挿したエアシューターを抜く。

エアシューターは、圧縮した空気の塊を打ち出す銃。人一人吹き飛ばす程度の力はあるが、一発ずつしか装填出来ず、再充填までは十秒かかる代物だ。
二階に上がると201号室の脇に立ち、小型センサーを扉や壁に翳した。センサーの反応はなく、爆発物や電気ショックの類は無いとみていいだろう。

「逃げ帰りたい!でも、失職したばっかりだし……」

無職!という自身の現状を嘆きながら、ノブを静かに回していく。回り切った所で、息を一つ吸い、霞の掛かった脳に血を送り込んだ。

「初めまして!甲斐戸羽遊沙ですよ~!」

一気に扉を蹴り開けて、初出勤の挨拶をかます。扉の中はワンルームになっており、一切の電気の無い暗闇であった。
遊沙はエアシューターを構え、靴箱の陰や洗面台に続く廊下等、人が隠れられそうな所を手早くクリアリングしていく。
最後に先程拾っていた小石を、廊下の奥の部屋に投げ入れる。石はコンクリート敷きの床に転がって音を立てるが、誰かが反応する気配はなかった。

「誰も居ないの?」
「いい臆病者です。でも上司に銃を向けるのは、止めて下さい」

遊沙が気を緩め、警戒を外に移そうとした時だ。
無人だと判断した奥の空間が動き、平坦な声が発された。

「誰!?」
「誰だと思います?」
「合コンみたいな質問返し!分からないよ!」
「そうですか。貴女には絶望しました」
「判断が早い!」

奥の部屋に居たのは、黒い服に黒いニット帽、黒いマントを羽織った男だった。驚くべきことに、彼は遊沙の視界の中にずっといたらしい。
脳が壊れて性能が下がったとはいえ、遊沙の危機察知能力は一線級だ。そんな自分に気配を悟らせない人物との対峙に、緊張が一気に高まった。

「いいから、答えて。アナタは誰?」
「貴女の上司になる者です」
「アナスタシア=ジョージなる者?」
「誰ですか、それは。上司です」
「……つまり?」
「『この町のクリップ屋さん』店主のフクロウです」
「……初めまして」
「ええ。初めまして」

どうやら目の前の人物は、自分に職を与えてくれる雇い主らしい。
遊沙は逃げ道を確保しつつ、銃を下ろした。

「意外にあっさり銃を下ろしてくれましたね」
「仕事っていうのは、大事。『社会に居て良い』って、お符だから」
「それを与えてくれる人には従うと?」
「私は仕事に従うの」
「成程。では改めて確認します。甲斐鳥羽遊沙さんですね?」
「そうですよー」
「ふむ……そういう『人を信じません』という目をされると、話し辛いですね」
「性分ですよーだ」
「一応、一緒に仕事をすべきかの見極めをしているので、愛想良くできませんか?」
「私はこれなの。判断は勝手に下してよ」

遊沙は悪びれる風もなく言い、奥の部屋に進む。フクロウは手元のテーブルスタンドの明かりを点けた。
入り口から僅かな廊下を進んだ部屋には、カウンターのように長机が置かれている。フクロウは長机を挟んだ向こう側に座り、彼を囲うように幾つかの事務机が並ぶ。其々の事務机の上には、山の様に書類が積まれていた。

訳の分からない事務所に、見るからに怪しい男。こんなに明らかな危険なのに、遊沙の頭の中の警笛は鳴らないらしい。
この男は『危機ではない』とでも言いたいのだろうか?。

「危険じゃない人間なんて、居る訳無いのに。どうしちゃったの、私?」
「何か言いました?」
「何も言ってませんよーだ!」

フクロウはキャスター付きの椅子に座ったまま、感情の読めない目を遊沙に向けた。

「足が悪いものでね。座ったままで失礼します」
「そんなの気にしませんよーだ」
「ありがとうございます」
「それより、ここ、なんのお店?」
「おや?『この町のクリップ屋さん』と言いませんでしたっけ」
「言いましたよー。それで分からないから、聞いてるの」
「簡単には分からないように付けましたからね、店名」
「やっぱり、そういう店~。回れ右して帰りたい!」
「それは困りましたね。今日の為に用意した報酬が浮いてしまいます」
「う……ずるい。頓珍漢!」
「見返りを用意したのに、罵倒される意味が分かりませんが?」
「う~、ムカツク……でも、お金は要るし…それ以上に職が要るし……」
「急にしゃがみ込んで、大丈夫ですか?お腹でも痛いんですか?」
「お腹じゃなくて、頭が痛い!アナタのせいで!」
「おや。使いモノにならない上に、痛みまで発するとはポンコツな頭ですね。捨てましょう」
「超失礼!?もういいよ!私の仕事は?」
「話が早くて助かります。甲斐戸羽遊沙さん(十五才)女性、聖都二十四地区在住のギャング『リング』元所属の偵察隊員さん」
「そういう脅し、メンドクサイんで止めてくれます?」
「貴女のコードネームはウサギにしましょうか」
「話、聞いてます!?」
「すみません、怒らせてしまいましたか?」
「分かってるなら、おちょくらないで!」
「申し訳ありませんが、これが私なりの人の測り方なんですよ」
「はい?」

フクロウの言い分に、遊沙は素で聞き返してしまった。

「私は怒らない人は、信じないことにしてるんです」
「なんなん、それ!」
「有体に言えば、ウサギさんは好ましい」
「私は、アナタが嫌い」
「そんなこと有りませんよ」
「『そんなこと有りません』て何!?」
「根拠は私の心です」
「独善的!」
「話が進まないので。仕事の話をしましょうか」
「誰のせいで………いえ、お願いしますよ」
「簡単に言えば、これをある所に届けて欲しいんです」

フクロウは椅子に乗ったまま移動し、奥の机から何かを出してくる。

「運び屋~……?」
「ええ。シンプルでしょう」

カウンターに載せられたのは、A4サイズの封筒だった。
手に取ってみると、書類の束が入っているのが分かる。

「運ぶ物は、なんですか?」
「その書類ですよ」
「ですよねー!」

中身など関係ないだろう?という返事。素っ気ない答え方には反発を覚えたが、フクロウのスタンスは好ましいと言えた。
中身を知ってしまえば責任が発生し、逃げ辛くなってしまう。

「ただし、報酬は完全後払いです。値段も出来高で」
「え~!」
「え~、じゃありません」
「ば~!」
「ば~って何ですか…」
「べ~!」
「求愛音を出されると困ります」
「脳味噌腐ってるんですか!?」
「とにかく、早くこの町から出たかったら、成功させて下さい」
「ぶ~……!」
「ギャングは『抜け』を許しません。追われてるんでしょ、リングに」
「……たぶん」
「たぶんではなく、追われてます。私はウサギさんの情報を、リンクから買ったんですから」
「う……マジですか…」
「報酬は多めに設定しますから、好きに稼いで下さい。それにフリーで居るよりは組織に所属していた方が、リングの報復は受け難いでしょう」
「私を守れる位、大きな組織には思えないけど?」
「まあ、無理でしょうね」
「適当だよね!さっきから!」
「性分ですので。とにかく頑張って下さい」
「もー!分かりましたよ~だ!」

フクロウの言う通り遊沙は逃亡の身だ。
十年間所属していたギャング『リング』を逃げ出し、彼らから追われている。身を隠しながらスラムから脱出する機会を伺っていたが、リミットはすぐそこまで迫っているらしかった。

「どこに届ければいいの?」
「相良コーポレーション、聖都支社ですよ」
「ぴぃ!」

クールに仕事を熟そうという遊沙の目論見は、1秒で崩れてしまった。
相良コーポレーションとは、この国GDPの殆どを稼ぎ出す大企業だ。下手をすれば単体で、小国家と渡り合える力を持つと言われている。

「どうしました?固まってしまって」
「これ、まともな仕事じゃないよね?」
「法には触れますね」
「法に触れる事を、大企業がしてるって事?」
「語る気はありませんが、間違った想像ではないでしょう」
「……私、企業犯罪って好きじゃない」
「知ってますよ。大体の人はそうです」
「適当なことを……」

フクロウの平坦なのに楽しそうに聞こえる声に、遊沙は苛立ちを漏らす。
罪には三種類が存在すると遊沙は考える。

人は生きるために罪を犯す。正規の中では生命を賄えぬ時、人は道を外れる。
飢餓の罪だ。

人は満腹になればより多くを求める。時に快楽に、時に欲望に身を任せて。
過食の罪だ。

人の生き方は様々だ。生きていく上で正規の法とは相容れない部分が出てくる。故に独自のルールで物事を処理することがある。
法の罪だ。

企業犯罪とは往々にして法の罪。それをしなければ企業が立ちいかぬ訳でもなく、それをすれば飛躍的な発展をする訳でもなく、長きの慣習と惰性によって罪を犯す。
遊沙の両親は、そんな人間の怠惰に殺された。

「……」

腹が立つ。腹が立つ。
遊沙のあるべきだった人生は、無機質な命令書によって亡骸にされたのだ。

狂気もなく、凶器もなく。
命令者は被害者の顔すら知らず、実行犯は殺意すら持ち合わせていなかった。

誰を恨めばいい?何を憎めばいい?
怨恨すら許さぬ無貌の群衆へ、不快感が沸き起こる。

ああ、全員地獄に落ち行けばいいと、頭の奥で何かが囁いた。

「私は人間が嫌い」
「なぜ?」
「理由もなく」
「そうですか……」
「人は幸福にならなくちゃいけない。でも人が生きるには、他人を不幸にしないといけない。そんな不具合が気持ち悪いの」
「言わんとしている事は分かります。それが人間嫌いの理由じゃないんですか?」
「それは当たり前の事で、理由にならないよ」

遊沙は自ら脳を損壊させ、嘗ての記憶を捨て去った。しかし幾つかの記憶だけは、遊沙を逃がしてくれなかった。

両親を殺された日の記憶もその一つだ。

血塗れの両親の死体、
見付けられなかった妹、
皆殺しにされた――
表情も変えずに追ってくる暴漢達、
自身に覆い被さる黒い影、

「うぅ……」

壊れた脳がバグで立ち上がり、零れた記憶が足元に広がっていく。
地面が悪夢に喰い潰され、グラリと景色が傾いだ気がした。

「大丈夫ですか?」
「……まぁまぁ、大丈夫」

遊沙は無痛の頭痛に唸りながら、傾いた体勢を戻す。
ドクドクと暴れる心臓が煩い。目の奥が痛みで発色し、眼球を押し潰したくなる。

「……いいよ。やる」
「いいんですか?言動が支離滅裂ですが」
「私頭悪いから」
「………深くは追及しません」

企業犯罪は好きではないが、悪事を忌み嫌っている訳ではない。
『人は生きてるだけで他人を不幸にする』のは仕方ないのだから。

相良コーポレーションの意図は分からないが、この仕事はあくまでも遊沙が生きるための悪。ずっとやってきた事であり、改めて引け目を感じる事でもない。

だいたい、ここは小さな運び屋事務所だ。この仕事が犯罪に関わっていたとしても、大した規模ではないだろうと考えた。

「規模でものを考えるのは、どうかと思いますよ」
「頭の中を読まれた!?」
「行動から思考がダダ漏れなだけです」
「なによ~!嫌な言い方!」
「性分ですので。相手を怒らせたくなってしまうんです」
「なんなん!貴方は私に仕事をさせたくないの?」
「イライラしないで下さい。させたくなくて、仕事の依頼をする訳がないでしょう」
「する訳がないとも言えないのが、人間だけど!」
「そんなはしたない事を、口にするもんじゃありません」
「ぶ~!」
「まあ、無駄話はこれくらいで、仕事の話をしましょうか」
「脱線させてたのは、誰!」

フクロウは遊沙の不平を受け流しつつ、机の引き出しから何かを取り出す。
それは一丁の拳銃。そして四つのヨーヨーのような半球と、足首につけるサポーターからなる外部装置の一式だった。

「護身用にお渡しします。信用の証と思ってくれて結構です」
「信頼はしてないんですね~」
「そちらが先にして下さい。臆病者さん」
「私が貴方を信頼するなんて、二桁の足し算くらい難しい話」
「めちゃくちゃ簡単じゃないですか」
「え?」
「え?」

闇の中に冷たい風が吹いた。

「こ、こほん!ジョークだから!」
「そうですか。良かったです」
「そこまで胸を撫で下ろさなくても……」

遊沙はクスンと落ち込みながら、拳銃を腰のベルトに挿した。

「パッシブワンダーの使い方は分かりますか?」
「知ってる。これ、改造済み?」
「はい。本来パッシブワンダーは上半身の筋力増強に使うものですが、これは下半身用にチューンナップしています」
「気持ち悪いくらい、私仕様!」
「さすがに自惚れです」

改造済みパッシブワンダーは、太腿と脹脛に半球を付け、足首にサポーターを巻いて使う。地を蹴る衝撃を筋力に変換して働く、筋力増強用の外部装置だ。
簡単に言えば、付けると速く走れるのである。

「でも私、これ無くても走るの得意」
「知ってます。だからワニガメさんに、スカウトさせたんですし」
「そーですか~」
「貴女のことは良く知ってるんです。ずっと探してましたから」
「それって……」
「はい。貴女が思っている通りです」
「変態!」
「違います。貴女の脳味噌に代弁させた私のミスです」
「ロリコン!」
「自分を好む相手を、ロリコン呼ばわりはどうでしょうか…」
「ふぇ?」
「一応十五才でしょう?悲しくなりませんか?」
「う……そりゃ…」

確かに遊沙自身は法定結婚年齢を超えている。
それなのにロリ自認というのは、自身に大人の魅力がないと言っているようにも聞こえた。

「まあ、そんな事はどうでもいいですけど」
「どうでもいい事で、人の傷を抉らないで!」

フクロウの動機が今一掴めず、話す程に混乱する。
とはいえ、無理に意図を掴む必要もないだろう。危険が過ぎ去り、へらへらと笑う遊沙に戻れば、今の記憶がどれ程残留するか確かではないのだ。

「もう行く!報酬、ちゃんと用意しててよ~」
「ええ。目が飛び出る程の報酬を用意していますよ」
「たかが運び屋で?」
「そうでも言わないと、ウサギさん、帰ってこないでしょう?」
「へへへ!」
「笑って誤魔化さないで下さい」
「私はシステムに乗るだけですよ~だ」

手際よくパッシブワンダーを装備すると、遊沙は扉へと向かった。

「行ってらっしゃい。待ち合わせ場所とかは封筒に貼ってありますので」
「ほいほいー」

封筒を裏返すと紙が貼ってあり、地図やら符丁やらが書いていた。
字が読めない遊沙は地図だけ頭に入れると、紙を剥がして食べてしまう。

「健闘は祈りません、簡単な仕事です」
「はいはい。死神なんて、ちゃっちゃと振り切っちゃいますよーだ」
「それは頼もしい。でも刀を持った正義漢には気を付けて下さいね」
「バカラヲモッタアルミカン?」
「なんですか、その謎の物体は。ある自警団の男が、私達の仕事を邪魔しているんです」
「ふ~ん」
「貴女の前任者が、そいつに殺されたばっかりなんです」
「……」

去り際に放たれた言葉を、一瞬前の遊沙なら聞き流さなかっただろう。だが彼女のスイッチは既に切れ、脳味噌の稼働を手放した状態に戻っていた。

へらへらと笑い、去り際にフクロウに言葉を残す。驚くフクロウの警鐘を聞き流し、遊沙は後ろ手でドアを閉めて走り出した。
安全を求めて、危険に向かって。

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