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小説✴︎梅はその日の難逃れ 第17話

すでに梅干し好きになっていた幼稚園児の僕は
勝手にその瓶に手を突っ込み
梅干しを食べてしまった。

それがこの上なく美味しくて
祖母の漬けたものとはまた違う風味だった。
あまりの美味しさに、もう一つ摘もうとした時、祖父に見つかってしまった。

「春翔、何やってる!」
大声で怒鳴る祖父は
僕の腕を掴んで、本棚の隅から引きずり出した。
思った以上の叱られ様に
僕は「ごめんなさい」と言いながら
泣き出してしまった。
後にも先にもこんなに怒った祖父を見た事はなかった。
ちょうど祖母が帰ってきた時で
慌てて祖母に泣きついた。
事情の分からない祖母は
「なんでこんなに泣いてるの?
春ちゃんが何をしたの?」
祖父に問い詰めたが
「勝手に触っていけない物を
触ったからだ」とだけ伝えた。

その時の記憶は、そこで途切れているが
あの時食べた梅干しの
微かな記憶や味が僕の頭に残っている。

母が戻ってきてからも、僕は
朝食はご飯党になり
朝は必ず梅干しを食べるようになった。

たまに、母が白米を炊くのを忘れて
パン食になる日。
何故か、色々な事がうまく行かないと感じ始めたのは、中学生の頃。
たまたま読んだエッセイの中に
「梅はその日の難逃れ」という
言葉を知った。

僕の感じていた事が
まさに「それだ!」と
図書室で声をあげてしまった事も
懐かしい。
それからは呪文の様に
朝飯で梅干しを食べながら
「難逃れ、難逃れ」と呟いている。


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