物語の被害者

 最初に言っておくと、物語というあやふやな実体に対して被害者意識を持つというのは、自分を全く省みない身勝手な責任転換になると思っています。自分が異性にモテないのを異性だけのせいにするみたいな論法ですね。それが分かっていても物語の被害者だと声を小さくしてでも言いたいのは、物語に対して疑念を払拭出来ないからです。今の僕を僕たらしめたのは、物語、フィクションにも原因があるのではないのか、という疑念です。僕をこうした複雑な気持ちにさせるのは、特にライトノベルです。僕は中学校1年生の時にライトノベル原作の深夜アニメにはまりました。その入り口となったのが「涼宮ハルヒの憂鬱」です。事なかれ主義を貫き、ただ事態を傍観するような鈍感で冷めた感じの普通の男子高校生が、個性的でおもしろくて可愛くてエロいヒロイン達に囲まれ、愉快な事件に巻き込まれていく。その男は特別な才能もなく、努力もしていないのにヒロインの危機には颯爽と駆けつけ助けてやって惚れられる。このアニメは、僕にすごい夢を見させてくれました。ただの普通の僕みたいな男でも、世界を救い、男の性的嗜好を網羅したヒロインたちとイチャイチャできるという世界観の物語に、僕はどっぷりつかるようになりました。なので僕は、中学校の3年間、深夜の萌えアニメを見ることを生活の最優先にしました。部活、友達、勉強。中学時代はそんなことよりライトノベルと萌えアニメでした。休日は1人で、自転車に乗って市内のあらゆる古本屋を回り、ライトノベルと萌え漫画を集め、学校が終われば勉強もそこそこにインターネットで様々な萌えアニメを深夜まで見ました。
「灼眼のシャナ」「とある魔術の禁書目録」「けんぷファー」「おまもりひまり」「伝説の勇者の伝説」「そらのおとしもの」etc......
その当時していた萌えアニメはほとんどすべて見たと思います。そのころの僕の平均睡眠時間は3~4時間でした。学校でも、いくら級友にバカにされても朝読書の時間に読むのはライトノベルで、ひとりで萌えコンテンツを楽しんでいました。
 いつの間にかラノベ脳(価値観がライトノベルの主人公と同じになる状態)になってしまった僕は、異性を意識しだす年頃なのに、異性とのコミュニケーションを全くとりませんでした。とろうとも思わなかった。ラノベの主人公は下心なんて持たずに鈍感で、自分から女の子にアプローチなんてかけませんから。女の子のほうから下心ありありで主人公に近寄り、その鈍感さに悪戦苦闘するのです。そのパターンが、思春期の男女の本当の交流なのだと勘違いしていた僕は、自分から行かずとも、女の子のほうからやってくるさ、なんて思っていました。こうして僕は自分を客観的に見れないまま、どんどん萌えアニメやライトノベルの世界にのめり込んでいき、現実とフィクションの境界線があやふやになっていきました。二次元の女の子を三次元の女の子より尊く思ったり、自分はある日隠された才能が目覚めて誰もが羨む男になれるのだと思ったりしました。
 中学までは、この適当加減でも難なく楽しく生きてこられました。けれど、高校生活が最悪だった。
 萌えアニメを見過ぎて現実世界では去勢されたオスのようになっていた僕は、反抗期なんて訪れず、中学生時代はかなり生活態度が良かった。なので自分の学力に見合わないはずの進学高校に、勉強せずに小論文と面接だけの推薦入試で合格してしまったのです。別にこの高校は、県内でレベルが高い進学校という訳ではありませんでしたが、僕の学力で入っていい学校ではありませんでした。もちろん、勉強には付いていけなくなり、高校の部活は中学のときよりもしんどく、僕はどんどん学校生活が嫌になってきました。萌えアニメやライトノベルで描かれた世界とのギャップに、僕は絶望しました。初めて、この世界はあの虚飾まみれの世界とは違うのだと知ったのです。ライトノベルは、僕から中高生がぶつかるはずの現実からのストレスを覆い隠し、その中での生き方を教えてくれなかった。その欺瞞が現実からのストレスによって晴らされた時、僕の目の前には、なんの道も残されていなかった。あるのは横にそれた逃げ道のみ。僕は現実と戦うだけの力を蓄えてこなかった。友情、達成感、男女の機微、将来の夢。僕はそれを蔑ろにしてきた。ひたすらしてきたことといえば、ライトノベルと萌えアニメを見て現実逃避をするのみであった。現実に耐える力を付ける前に、現実逃避を覚えてしまった僕に、もう未来はないのかもしれない。

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小説を読むのが好きです。 本を読んで感じたことなどを書きます。
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