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アフターコロナに小売企業が生き残るには?「小売の未来」読みどころ紹介

言うまでもなく、パンデミックは私たちの購買行動に大きな変化をもたらしました。世の中は徐々に日常を取り戻しつつありますが、 もはや“パンデミック以前”に戻ることはなく、“ポストコロナの世界”でどう生きるかを考える必要があります。

小売業界もこれまで当たり前だった世界が崩れ去り、ポストコロナの小売を再構築することが重要な課題となっています。消費者の新しい生活様式やニーズに適応することはもちろん、先行き不透明な未来を生き抜くにはどうすれば良いか?そのヒントを提示したのが、今回ご紹介する『小売の未来 新しい時代を生き残る10の「リテールタイプと消費者の問いかけ」』です。

小売のトレンドを加速させるどころか、一変させるほどの変化が起きた

著者のダグ・スティーブンス氏は、WalmartやGoogle、Salesforce、BMW、Intelなどのグローバルブランドに影響を与える有名な小売コンサルタント。著書『小売再生 リアル店舗はメディアになる』は以前noteでも取り上げたことがあります

著者は2019年にアメリカやイギリスの小売業界が低迷する中でも、「積年の課題に対して、デジタルコマースやデータサイエンス、体験型の店舗デザインといったかたちで、ゆっくりではあるが重要な進歩を遂げつつあったように思える」という希望を見出し、年末にはアートと小売をテーマにした本の執筆に着手します。

しかし、ほどなくして新型コロナウイルスの世界的な流行が起こり、「小売業界絡みで執筆に値するストーリーといえば、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)以外に考えられなかった」と、執筆中の本のテーマ変更を余儀なくされます。なぜなら、社会や産業の深層で起きている未曾有の変化は、「パンデミックがなければ起こり得なかった変化」であり、単に小売のこれまでのトレンドを加速させるだけではなく、「一変させるほどの変化」だからです。スティーブンス氏は、この変化の波に呑まれる企業がある一方で、果敢に挑む勇気がある企業にとっては、「生死を決めるほど重要な千載一遇のチャンス」になると述べています。

新たな消費行動パターンへの適応が求められる

本書では小売企業が千載一遇のチャンスを掴む方法を紹介する前に、「私たちの生き方がどう変わるのかを理解することが先決」と書かれており、第1章から第2章にかけて、パンデミックがもたらした“変化”とは何かについて、「日本のハンコ文化の粉砕」「世界的に拡大するリモートワークへの移行」「都市から地方への人口シフト」、「テクノロジーで再定義される体験の価値」などのトピックを挙げながら分かりやすく掘り下げて解説しています。

例えば、コンサートやナイトクラブに足を運べない中で流行したライブストリーミングを挙げ、これは生のイベントの体験を完全に代替するものではなく、「観客に選択肢を与える」という意味で重要であり、実生活で何かを体験する時に「それだけの時間や手間、費用をかける価値があったのか」が問われるようになることを示唆しています。

この視点は小売業界でも同じく重要であり、「新たな期待を抱いた買い物客は、独自の明確な価値を持つ店に、時間と費用をかけるようになる」と指摘します。そして、生き残るブランドは「従来のマーケティング手法や販売戦術を抜本的に見直し、これまでとは違う新たな消費行動パターンに適応するはずだ」と述べています。

さらに第3章〜第4章では、アマゾン、アリババ、京東商城(JDドットコム)、ウォルマートといった巨大企業がコロナ禍で飛躍的な成長を遂げていることに触れ、各社の具体的な取り組みを紹介しています。詳細は本書をお読みいただきたいのですが、特に注目すべきなのは、4社が「銀行、保険、輸送、ヘルスケア、教育」といった小売以外の産業にも領域を広げ、「巨大なエコシステムを築き上げ」ようとしている点。このような状況で他の小売企業はこのエコシステムの内部に飛び込むか、独自路線を突き進むかの2択を迫られていると著者は指摘し、後者については、「徹底的な時間の節約」(+徹底的なカネの節約)か「有意義に過ごす時間」(+有意義に使うカネ)のどちらかを求める消費者ニーズがある中で、「節約」の土俵では巨大企業に勝てないが、「顧客1人ひとりに時間もカネも有意義に使ってもらえれば、自主独立路線で永続できる価値あるブランドの座を獲得できる」とアドバイスしています。

10の「リテールタイプと消費者の問いかけ」が、生き残りのヒントになる

このように、顧客からの「依存」をベースに、「顧客が基本的なニーズの大部分を頼ってくれるような生活システム」を構築しようとしている巨大企業に対して、他の小売企業は「専門知識も技術も予算も勝ち目はない」と著者は断言します。そして、これらの怪物企業に潰されずに生き残る唯一の方法は、顧客からの深い「忠誠」を得ることであり、巨大企業が「理屈で選ばれる定番」なら、「感性で選ばれる定番」を目指すべきであり、そのために多くの企業は「市場のポジショニングを再考し、立て直しを図らなければならない」と言います。

ここで重要なのは、ポジショニングの再考とは従来のポジショニングモデルに取り組むことではなく、「なぜ、あなたのブランドが必要とされるのか」、という問いにを徹底的に考えること。それは顧客が迷うことなく「それならあのブランド(または店)だよ」とブランド名を挙げてくれる状況を作ることであり、すなわちそれは「あなたのブランドが答えだとしたら、元の問いかけは何か」を考えることだと言います。

著者は時代を超えて消費者が抱いている問いかけを、第5章では「10のリテールタイプと消費者の問いかけ」としてまとめています。これらの問いに対して明快な答えを用意できれば、「特定のカテゴリーでしっかり差別化」できるだけでなく、「規模に似つかわしくないほど大きな売り上げと利幅を確保する収益力も発揮するはずだ」と言います。

■10の「リテールタイプと消費者の問いかけ」

  1. 「ストーリーテラー」型…自分を奮い立たせてくれるブランドはどれ?

  2. 「活動家」型…自分の価値観と一致するブランドはどれ?

  3. 「流行仕掛け人」型…新しくてクールなものは、どこに行けば手に入る?

  4. 「アーティスト」型…一番充実した体験が味わえるのはどこ?

  5. 「透視能力者」型…自分のことを一番理解してくれているのは誰?

  6. 「コンシェルジュ」型…最高水準のサービスはどこで受けられるの?

  7. 「賢者」型…一番いい助言がもらえるのはどこ?

  8. 「エンジニア」型…最高に作り込まれた商品はどこで手に入るの?

  9. 「門番」型…必要な商品はどこで手に入るの?

  10. 「背教者」型…この商品が欲しいけれど、もっと買いやすくしてくれるのは誰?

どのリテールタイプも消費者が抱く問いかけに対する答えとなっていて、かつ「ブランドの軸」となるので、ぜひ興味のある方は各タイプの詳細は本書をお読みいただければと思います。

さらに著者は、「リテールタイプを選ぶだけでは、長期的にブランドを維持していくことは難しい」と述べ、10のリテールタイプを「カルチャー」「エンターテインメント」「商品」「ノウハウ」の4領域に分類し、この中から2つの領域を選び、1つのリテールタイプと2つの領域という「3本脚」で差別化を図り、ポジションを強化することが重要だと説いています。

例えば、パタゴニアは環境保護をビジネスモデルに組み込むことで、10のリテールタイプのうち「活動家」型タイプのブランドとして「カルチャー」領域で支配的地位を確立しています。一方、「商品」領域においては、「高品質で持続性に優れた独自の品揃えで差別化を進め、ポジションを強化している」と指摘。さらにパタゴニアの場合は1リテールタイプ2領域の3本脚にとどまらず、店舗で提供する「ノウハウ」領域でも競合他社との独自性を磨いて差別化を図ることで「複雑な競争優位を築き上げ」、アマゾンが「本気で勝負を仕掛けてくる」ことを難しくしているのです。

すべての企業は「体験企業」である

第6章からは、リテールタイプを定めた上で、具体的にどのような施策を打つべきかについて踏み込んで解説しています。

その中で著者は、すべての企業がアマゾンのようなテクノロジー企業やアリババのようなメディア企業、京東やウォルマートのようなロジスティクス企業になることはあり得ないが、「どの企業にも当てはまるフレーズ」として「すべての企業は「体験企業」なのである」と述べ、「どの小売業者も、最初から体験ビジネス」という認識は揺らぎない事実なので、「小売業者として提供できる体験のあり方」を議論すべきだと説いています。そして、素晴らしい体験とは「素晴らしいコンテンツ」と同義であり、すべての企業は「コンテンツ企業」と言い換えることもできると述べています。

では、素晴らしいコンテンツとはどのようなものでしょうか?著者は店を開けるということは、「自社のブランドを見てもらうために、毎日何時間も生のCMを放映し続けているようなものである」と表現し、「あなたのブランドが生み出す体験は、丁寧に作り込まれた舞台芸術と同じように扱わなければならない」と述べた上で、サプライズ(Surprising)、独自性(Unique)、個別対応(Personalized)、親密度(Engaging)、再現性(Repeatable)の頭文字を取って「S・U・P・E・R」な体験を提供することが、競争を勝ち抜くカギになることを述べています。

さらに、得意とするカテゴリーの専門性を極めることの重要性や、ニューリテールではなくニューメディアとして店舗のメディア化を図ること、実店舗の評価方法を変えることなど、具体的な“技”を幅広く指南しています。

パンデミック以降の世界で求められるリーダーシップとは?

終盤の第7章ではショッピングモールの役割を再定義し再生させる方法を紹介。そして最後の第8章では、小売業界が直面している課題や危機を説明した上で、パンデミックを変革のチャンスと捉えて前進することを提案しています。著者は「小売業界は、時代の流れとともに前には進んできたが、「革新的」だったとは言い難い」と述べ、「効率化と増益を追い求めるがために、この業界から巧みな技や劇的な効果を奪い取ってしまった」と、小売業界が本来生み出せるはずの「わくわく感」が感じられないことを問題視しています。

こうした状況に対して、パンデミックを現実を直視する絶好の機会の一つと捉え、小売の明るい未来に向けた変革のため、ブランドが信頼を挽回するチャンスや新たなビジネス構築の考え方、さらに新たな時代のビジネスに不可欠なリーダーシップのスキルについて解説しています

例えば、パンデミック以降のビジネスの世界で、性別を問わず規範的な新しいリーダーシップの姿として、4つのスキルの頭文字を取った「H・E・R・Oリーダーシップ」を提唱しています。これらのスキルの話はとても参考になりますので、ぜひ本編をお読みください。そして著者は、「目下の危機がもたらすチャンスを傍観せずに正面から受け止める先見性、気概、強みを持った企業こそが小売りの新時代の主役を担うはずだ」と締め括っています。

このように、本書は新しい時代を生き残る10のリテールモデルを提示しながら、成長し続ける怪物企業に飲み込まれないための独自性の磨き方を、近年のトレンドを踏まえながら提示しています。

著者が主張するとおり、小売業界にとって、アフターコロナの今が、歴史のターニングポイントとなる可能性は高いでしょう。事業の再構築や進化を模索する小売企業の経営者をはじめ、小売業界の革新に挑むスタートアップ企業や、周辺業界の方々にもぜひおすすめしたい一冊です。


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