悲しみの感情が出ることは、やはり必要なプロセスだったようだ
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悲しみの感情が出ることは、やはり必要なプロセスだったようだ

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昨日の記事の続き。

昨日は朝から午前中 この記事を書き終えるまでは、全身に悲しみの感情が回っていて、完全に打ちひしがれている状態だった。

記事を書くこともかなり大変で、普段の2倍以上の時間がかかり、何度も中断しつつも書き終えることができた。

そして、面白いものだが、こうして言語化したら、すーっと悲しみの感情が収まっていき、昼からは普通にランニングに出て、午後からは届いたiPhone 11 Proのセットアップを始めてどちらかというと機嫌良くすごした。

今朝は特に夢を見ることもなく、そして目が覚めたあとも特に悲しみに包まれるようなことはなく、サバサバとした感覚で普通に生活をしている。

出てきた感情に身を任せ、どーんと思い切り悲しみ、落ち込んだのがやはり良かったようで、一気に落ちて一気に回復した感じ。

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立花岳志

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作家/プロブロガー/講演家/心理カウンセラー。 noteには継続課金マガジン「立花岳志のブログに書けない本当の話」とメルマガ「プロブロガー・総合情報発信者への道」バックナンバーを公開中。