Never Go Back

凍結した路面が足元を掬う。

怪我と他人の目が無いのは救いか。

初めて過ごすこの街の冬は、想像より厳しくなかった。

どうやら今年は例年より暖かいらしいということを差し引いても、

暖を取り、生活を営める工夫が綿密になされている様を見るのは

人類の英知及び・生存への固執を感じざるを得ない。

そこで回る経済や意をなす設備は刺激こそなかれ、目新しく映る。

窓は二重。玄関は引き戸。屋根は急勾配か平坦。

氷点下の気温や雪マークの並ぶ気象予報に順応した町並みの中

独り覚束ない足元で割り振られた制限時間を咀嚼する。

この場所には慣れ親しんだランドマークも親しい人もない。

何もかもが自由だ。

昨年まで数年来に渡って住んでいたあの場所と違って

誰かとの待ち合わせに巻き込まれる事も、

誰かに話掛けられるという事もない。

リニアモーターカー用の駅を誘致しようと言う

既存公共輸送機関に敵意を見せる独善的な運動も、

にわかに染まった地元以外の方言をたどたどしく話す芋っぽい青年も、

和服に着られている観光客が発する欧州訛りの英語も、

原付きを乗りこなし、颯爽と車間を抜けていく僧侶も、

資金力と育成力に富むものの、勝つことが下手なスポーツクラブも

何もかもがない。その代わりに

夜に安く遊べる場所も、

地産地消を実践してもなお有り余る新鮮な食材も、

全国に名を轟かす名門スポーツクラブも、

夜景の綺麗な山の麓の建物も、

温泉を楽しめるリゾート施設も、

観光客からも地元民からも人気の高い名物料理も、

何もかも揃っている。

そんな恵まれた場所で理想の再スタートを切られる。

そう思っていた。

あまりに街の輝きと自由への羨望が強すぎて、見て見ぬふりをしていた

いざ街中で話しかけられる誰かすらいなくなった事に、

行き詰まらされる感覚を覚えるまでは。

人のつながりは自分から作られる。

どの口がそんなことを言うのかとすら思っている。

関係を構築・維持するために費やす時間・費用・手段の遣り繰りに

別段秀でているわけでもない人種が公言するには

身の程知らず極まりない軽率なものだった。

隣からは青いと言われるこの芝は

水辺から上がってきた魚にとって息苦しく生きづらい。

この気持は自分の塩梅次第・指先三寸で変えられるということも、

理解は及んでいる。

そして資源が限られている以上、こうして切れた燃料を

自分で可及的速やかに補給しなければならないことなんて言うまでもない。

そこに共感も同調も必要ない。

ただ思いが形になって口からこぼれ落ちただけだ。

そう言いつつも結局戻ることのできない、消えない轍を見つめ

色あせた写真を抱きながら独り蹲り続ける日々は続く。

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