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ウォルマートIRLの本当の凄み

ウォルマートがインテリジェント・リテール・ラボ(IRL)と呼ぶデジタル実験店舗を、NY郊外のロングアイランドにオープンしたのは昨年5月のことである。

トップ写真のように使っているのは小型(といっても約1000坪)コンビネーションストアのネイバーフッドマーケット。この店舗を選んだ理由はどうやら来店客数の多い繁盛店だからのようだ。

この実験店、目的は2つあると思っている。

1つめは、何をやろうとしているのかをお客に認知してもらうこと。下の写真のように頭上に大量のカメラがぶら下がっているのだが、プライバシーを懸念する人から苦情が出てしまっては困る。だから、”みなさんのプライバシーを侵害するのではなくて皆さんの買い物の手助けとしたいのですよ”ということをアピールしなければならない。
そのため店内では、大量のデータを処理する大きなサーバーをガラス張りにして見えるようにしたり、エンドの横やカスタマーカウンターのそばなどに多数のタッチパネル端末を設置しやっていることを具体的に表示するなど、包み隠さず説明することに努めている。

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↑↑ 天井から大量にぶら下がるカメラ。棚の上の商品の動きを監視して補充発注に生かす。

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↑↑ ガラス張りで外から見えるマシン。一秒間に1TBという大量のデータが流れるのでオンプレミスで処理しなければ追いつかない。

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↑↑ エッジコンピューティング用のマシンは天井にもたくさん据え付けられている。

この店はこのように視覚的に面白いので、店に視察に行って、なるほど、と驚いたり感心したりする人がほとんどだろう。テクノロジー系の何かをアメリカで見たいというときに、この店とアマゾンゴーは鉄板である。

しかしながら、この店の本当の革新性は別にある。目的は2つあるとしたが、それがこれだ。

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これはエンジニアが常駐して作業するスペースである。白くシェードがかかっているが、シェードはボタン一つで外すことができて、運が良ければパソコンを前にして作業しているエンジニアを見ることができる。

これの何が凄いのか?
店頭で、常駐しているエンジニアが、店員とコミュニケーションを取りながら、新しいシステムを作っているのである。
世界広しと言えども、たぶんこんなことをやっている企業は今のところウォルマートだけである。

アメリカの小売業界は、この10年ぐらいにシステムの自前化を進めてきた。会社で動いているシステムのおそらく80%はすでに自前なのである。
理由は簡単、テクノロジーは競合の武器になったからだ。

競合の武器を外注する企業はいない。
商品部を外注する小売企業はいないように、デジタルも外注しないのが今のアメリカの大手小売企業なのだ。

しかし自前化するといっても、普通は本部で作り、店舗に下ろす、ということをやってきたわけだ。
これをウォルマートはさらに大転換し、現場で作って水平展開する、というやり方に変えたのである。

日本ではすべてが正反対である。
いまだに80%のシステムが外部製で、すべては上から店舗に下ろしている。
その理由は、経営者の頭の中が、いまだにデジタルはインフラに過ぎず、コストはできるだけかけない、という過去の考え方のままだからである。

それが当たり前の世界にいる日本の業界人がこのウォルマートのIRLを見て、天井のカメラを見て感心する人はいるだろうが、たぶんそこまでで終わりだろう。
ほんとうの革新性は”店内に存在するエンジニアの作業スペースにある”ということに気づく人はいるまい。

日本の小売業界がこれから10年ぐらいをかけてやらなければならいことは、まずはシステムの自前化で、その次のステップとして現場発のシステムとすることである。

デジタルがインフラに過ぎなかった時代はとっくの昔に終わっている。
経営者の頭の切り替えが求められている。

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