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デザイン考察③「2つの空間デザインにいたる問題意識」

「芸術における伝統の再構築と、既成価値の超越」

私が取り上げるのは、静岡県熱海市にある「MOA美術館」と、神奈川県箱根町にある「ポーラ美術館」の空間デザインについてである。

まずは、MOA美術館について

その立地は熱海市独特の丘陵地を活かすように、相模湾を一望できる高台に建ち、エントランスから本館までは60メートルの高低差がある。
この美術館が目指しているのは、「日本文化の情報発信をする美術館」という姿である。それにともない、展示スペースの設計は、現代美術作家・杉本博司氏と建築家・榊田倫之氏が主宰する「新素材研究所」によって手がけられており、屋久杉、行者杉、黒漆喰、畳といった日本の伝統的な素材が用いられている。

ここには、国宝や重要文化財を始め、現代の人間国宝による作品に至るまで、主に日本の伝統的な絵画や工芸品がメインに展示されている。
そして、特徴的なのは作品の展示手法、つまり情報発信の仕方である。イベント展示室という空間は、イベントごとに大胆にイメージやメッセージを変える。
例えばLINEやInstagramといった、若者が日常的に使っているコミュニケーションツールをその場で使わせて、同じ空間にたまたまいる来訪者どうしに、一体感、共時性のような感覚を芽生えさせる。日本の伝統的作品という共通のキーワードから生み出される新たな体験が、デザインされているのである。

一方、「ポーラ美術館」

「箱根の自然と美術の共生」のコンセプト通り、神奈川県箱根町の森にとけ込むように建っており、その高さは最大でも8メートル。
MOA美術館が高低差、つまり縦の空間にデザインされていることに対し、ここは横に広がる空間に身を置くことになる。

ポーラ美術館がめざすのは、近代・印象派 + 現代アートによって既成の価値を超え、観る人々を触発する美術館であること。

つまり、「心をゆさぶる」美術館というビジョンを掲げている。訪れる人の感性を刺激する、という意図をもって展示空間がデザインされており、日本の伝統的作品にこだわらず、モネやピカソを代表とする西洋絵画や日本の洋画まで、ジャンルの垣根を設けず展示されている。

2つの空間のデザイン考察

こうした特徴的な理念に向けた取り組みを続ける二つの美術館について、そこに存在する空間のデザインという視点で考察すると、MOA美術館はその意図が「伝統を大切にしながらも、現代の人たちにより身近に感じてもらう」こと。つまり、「伝統の再構築」が意図されている。一方でポーラ美術館は、「芸術そのものの力で、現代の人たちの感性を触発する」こと。つまり、「既成価値の超越」が意図されている。

この両者の意図するデザインからは、「芸術が持つ力。それが世界に与える希望」を強く信じる姿勢が共通してあるように思う。いずれもが伝統芸術を大切にしながらも、一方はそれをより身近なものとして再構築し、一方は垣根を越えて芸術の価値を高めようと目指している。そして、この両者が見ているのは未来である。「芸術によって生まれる未来への希望をつなぐ」ことを、目指しているのではないだろうか。


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