自分と本のコピー__2_

人間の欲求について

欲求とは、欲しがり満たすことを意味しますが、私たちの欲求とはどのようなものでしょうか。

このことに関しては、さまざまな研究者が分析をおこなっています。有名なモノで言えば、マズローの欲求階層説というものがあります。

そして私も知識は乏しいながら、人間の欲求はどのように分類されるか考えました。欲求論に関わるような本は読んでないです(ネット調べた程度です)。ただ、こういうふうに考えたら自分で納得できるというものです。

欲求の分類

私は、欲求の種類を次の図 のように考えました。

遺伝子存続欲求

私たちは、先祖が子孫を残してきた結果、この世に存在しています。

このことから、私たちには子孫を残していくという欲求がプログラムされていると感じます。もっといえば、子供には自分の遺伝子が混ざるため、遺伝子を残していく欲求があるのではないかなと考えました。これを遺伝子存続欲求と呼ぶことにします。

行動としては、自分の遺伝子の入った子供を作る行為であるセックスや、自分の遺伝子の入った子供を危険から守るという行動につながっていくと考えています。

生存欲求

生存欲求は、生きるための欲求です。生存欲求が私たちに行動を促し、生きている状況を作っていると考えてもいいでしょう。

生存欲求の上に遺伝子存続欲求が乗っているのは、生存欲求により遺伝子存続欲求が左右されるためです。自分が死にかける、遺伝子が消滅するという状況になれば性欲が上がる、子孫として遺伝子を残そうとする。このようなことが実際にあると聞くため、図のような配置にしています。

この欲求は、2つに分類できると考えています。

社会的生存欲求

1つ目の欲求は、社会的生存欲求です。

これは所属しているコミュニティにて、価値を高めたいという欲求です。価値が高いとは、そのコミュニティ内の存続、発展を助ける存在であることです。

なぜこのようなことを考えたかというと、人間はコミュニティ、いわゆる社会を通じて発展をしていきました。そうなると、コミュニティを存続・発展を促すような行動原理が人間にあるはずです。私はそれが上記に書いたような欲求からであると考えました。

そして、コミュニティにて価値が高い人間は必要とされるため、そのコミュニティ内にて生存確率は上がる。そのような意味でもこの欲求は存在する考えられます。そのため、社会的生存欲求と呼んでます。

たしかに、自分のことで考えても、所属しているコミュニティ(会社や国など)からあなたはこのコミュニティの発展に必要な人間と認められれば、なんとも言えない喜びです。

そして、社会的な欲求、例えば成長したい、何かを成し遂げたいという気持ちもこの社会的生存欲求を満たすことにつながってきていると考えています。

動物的生存欲求

2つ目は動物的生存欲求です。

これは、人間が生命として生きるために必要な欲求です。例としては、食べたい、寝たい、快適な空間にいたいなどです。どれも私たちが生きていくためには必要な欲求でしょう。

動物的生存欲求の上に社会的生存欲求が乗っているのは、動物的生存欲求が満たされいるときに社会的生存欲求を満たすことができると考えるためです。これは、社会的に価値が高いと認められるより、自分の命を守ることが優先させることは明らかであり、実際にこのような順番で欲求は満たされると感じるからです。

最後に

今は動物的生存欲求を満たすのは容易になっています。日本では、安全な暮らしが確保されています。だからこそ最近では、社会的生存欲求。コミュニティ内での価値を認めれることへの関心が高まっていると考えています。

しかし、会社では効率のため業務が細分化されているため自分の会社というコミュニティでの価値を感じにくくなっています。

そのため、会社というコミュニティを抜けて、日本や世界というコミュニティで自分の価値を認めてもらうために、独立を目指す若者が増えているのではないかなあと思っています。

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