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映画『海獣の子供』の感想が、言葉にならない。

【『海獣の子供』/渡辺歩監督】

言葉が、見つからなかった。

中学生の少女・琉花の一夏の「小さな物語」が、海への畏れ、命の誕生、そして生命の神秘といった「大きな物語」へと接続されていく。

そんな圧巻の112分の間、僕はただただ、口を開けながら呆然としていた。

この映画を観て、何か分かったようなことを言うのは、正直とても難しい。それでも、たしかに五感を通して「何かが伝わってきた」という唯一無二の映画体験を味わうことができた気がする。

夏休みの校舎を満たす熱い空気。海の匂いや潮風、海岸の砂の柔らかさ。台風の夜、頰に打ち付ける雨粒の痛み。映画館を出た今も、そうした一つ一つの感覚をはっきりと覚えている。

そして僕が、この映画を観て感じたことを「言葉では表せない」という結論に至ったのは、何も、諦めたからでも、投げやりにしたかったからでもない。



《一番大切な約束は 言葉では交わさない》

今振り返れば、今作の宣伝コピーが、全てを雄弁に物語っていた。

劇中にはこんな台詞も登場する。

「我々人間は、うまく言葉にできなければ思っていることの半分も伝えられないけれど、クジラたちはそれを歌にして、自分たちが見たものや感じたものをそのままの形で伝え合っているのかもしれない。」

僕だけではなく、多くの観客が抱いたであろう「言葉では表せない」という想いは、おそらく間違っていない。その分、心と体に「何か」が満たされていれば、製作陣の試みは成功していると言えるだろう。

そして、「言葉では表せない」作品だからこそ、重要な役割を担うのが、言うまでもなくアニメーション表現だ。

まず、原作者・五十嵐大介による高密度でフラジャイルな作画を、アニメ映画化しようとした製作陣、そして、その大役を見事に引き受けた渡辺歩監督に、最大限の敬意を評したい。

キャラクターデザイン/総作画監督/演出を務めたのは、宮崎駿、高畑勲、今敏といった巨匠たちと共に、日本のアニメ界を牽引してきた小西賢一。彼の参画により、緻密にして繊細でありながら、綻びや揺れさえも感じさせる、至極のアニメーション描写が実現した。

美術監督・木村真二による背景画も、本当に素晴らしい。全ての画が、メインとなるキャラクターと同じ力配分で描かれており、単なる「背景」以上の役割を果たしている。アニメーションにおける「空間」の表現として、完全にネクストレベルに達していると言えるだろう。

ミニマルでありながらも、海洋の果てしない未知性を伝える久石譲の劇伴。そして、砂浜からの視点で物語を描きなおした、米津玄師の主題歌"海の幽霊"も、今作における重要なストーリーテラーを担っている。



最後に、今作のラストシーン"誕生祭"について、僕はもうこれ以上の言葉を綴ることができない。

一つだけ言えるとしたら、

STUDIO4℃は、これまでにも『マインド・ゲーム』『鉄コン筋クリート』をはじめ、野心的な作品を数々と手掛けてきたが、今作は同スタジオの最高傑作であるいうことだ。

今、劇場で、五感で味わうべき価値が、この作品には確かに宿っている。一人でも多くの人に、体感して欲しい。



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