「オンライン授業はできます」 広島県教育長に聞いた、“3種の神器“のそろえ方

県内すべての児童・生徒のクラウドアカウントを確保した広島県。どうやって学校のオンライン化を実現させたのか、平川理恵・県教育長に聞いた。【BuzzFeed Japan / 小林明子】5/2(土) 14:27配信

新型コロナウイルスの感染拡大による休校の延長で「9月入学」の議論が盛り上がる中、すべての子どもたちがオンラインで学習できるよう、広島県教育委員会が環境整備を進めている。

県内の児童・生徒全員にあたる約30万人分のクラウドアカウントを無料で確保。遠隔授業に必要なPC端末やWiFiルーター整備など、休校中の学習体制整備に関する約10億円の補正予算案が5月1日、県議会の4月臨時会で可決された。

スピード感のある対応ができたのはなぜなのか。BuzzFeed Newsは5月1日、オンライン会議システムを使って平川理恵・県教育長にインタビューした。
“3種の神器“を整備する

ーー多くの自治体の教育委員会や学校が、オンライン授業に二の足を踏んでいますが、広島県ではどのように進めたのでしょうか。

安倍(晋三)首相が3月2日からの一斉休校を要請した後、広島県では10人以下と感染者数が多くない状況が続いていました。

いま学校を開けなければ、いつ開けられるようになるかわからない。開けたとしても、また閉めることになるかもしれない。

そんな思いでしたから、どうすればオンラインの学習環境を整えることができるのか、3月から調査や情報収集を続けていました。

4月6日に学校を再開したとき、真っ先にやったのは、県立高校の生徒たちのインターネット環境の調査です。

「クラウド上の個人のアカウント」「PCやタブレットなどの端末」「WiFiなどの通信環境」ーーこれらを私は、クラウド上に教室を立ち上げるための「3種の神器」と呼んでいます。まず、この3つを整備しなければなりません。

調査の結果、「PCやタブレットなどの端末がない」「WiFiなどの通信環境がない」に該当する生徒がそれぞれ約12%いました。端末あるいは通信環境がない、またはいずれもないという生徒が一定数いたのです。

何が「平等」なのか

ーーオンライン授業を進められない理由として挙げられる「環境が整っていない家庭がある」ということですね。

よく言われがちな、平等意識ですね。1人でも持っていない人がいたら平等ではないから、公教育としては取り組めないという。

もちろん、すべての子どもが端末や通信環境を整えたうえでやりたいというのは当然です。そのために予算も確保しました。

しかし、いくら予算をつけても、いまは機器が市中に足りておらず、手に入らないのです。

ポケットWiFiやデバイスは、大人のテレワークに優先されてしまっています。世界中の工場で生産がストップしていて、需給のバランスが乱れているんです。

そんな状況でも、子ども1人につき1台の端末と全世帯の通信環境がそろうまでは何もできない、と待っていてよいものでしょうか。

本来は保護者のパソコンや、私有のスマートフォンを使うべきではないでしょうが、今は使わせてもらうしかない、できるところからやるしかないんです。
40人に電話するのではなく

親もスマホを持っていない家庭の子はどうするんだ、とも言われますが、ICTを使うことによって先生の時間が生み出されると考えることもできます。

クラスに40人いたら、1人の先生が40人全員に電話をすることはできません。30人がICTで済むぶん、残った10人は電話やプリントの郵送などスペシャルにフォローできる。これは選択と集中だと思います。

「こうすべき」という思い込みをなくし、マインドセットしていかなければならないところです。いまは緊急事態なのですから。

端末や通信環境はすぐに全員はそろえることはできないけれど、アカウントは無料で取れるので、まずはそれを急ぎました。

グーグルの教育支援クラウドサービス「G Suite for Education」を使用し、県内の児童・生徒全員にあたる約30万人分のG Suiteのアカウントを確保しました。

(※Googleは、ニューヨークで130万人の学生にGoogle Classroomのアカウントを提供。ビデオ会議システムGoogle Meetも5月上旬、一般向けに無料で提供するとしている)

教えたくてたまらない先生たち

ーー「環境が平等ではない」という以外にも、オンライン授業ができない理由があるとすれば何でしょうか。

もしかしたら、決定権がある立場の人の、ITへの苦手意識もあるのかもしれません。私も実はそんなにITは得意ではありません。

若い教員からは直接、何件も意見が上がってきたんです。

先生たちは教えたくてたまらないし、手段もわかっているのに、校長から個人のPCを使ってはいけないと言われたとか、教育委員会が進めてくれないとか、それで途方に暮れているという声がありました。

一方で、現場も変わろうとしていると実感しました。

県教委では、昨年の夏からG Suiteの研修を実施していました。4月に学校教育情報化推進課という新しい部署を立ち上げ、16人の指導主事が県内の高校にG Suiteの使い方を指導していたところでした。

私は公立中学校の校長を8年間していましたので、高校だけでなく義務教育からやるべきだと考えています。広島市を含む県内23市町の教育長に電話や面会で話し、小中学校でも進めてもらうようにお願いしました。

トップアプローチでしたが、ほとんどの教育長が「やろうと思っていたけど一歩が踏み出せなかった」「県がやるならぜひ」といった反応でした。

これまでICTに苦手意識があったり二の足を踏んだりしていた人も、子どもたちのためにやらざるを得ないと決断する局面にきていると感じました。
生徒たちの心のケアも

ーークラウド上に教室をつくるというのは、学習面だけではない役割もあるのでしょうか。

これまでの学校は、物理的に登校し、教室に入って、先生の講義を受動的に聞いてはじめて、学びが成立するというものでした。つまり、不登校であれば学びの権利は奪われていたんです。

しかし、オンラインであれば、そもそも物理的な学校がありませんし、学校に行かなくても学校や先生、友達とつながることができます。

すでに高校では毎朝、健康チェックをしています。ある高校生は、一行日記の宿題で、担任が返してくれる一言が毎日の楽しみになったといいます。小学生のときに花マルをつけてもらってうれしかったような体験が、オンラインで改めて生まれています。

学習だけでなく、ちょっとした心のケアも、学校とつながることによってできるようになってきます。今のコロナ危機の時代、生徒たちも不安を感じているでしょうから、学習よりもむしろ心のケアのほうが大事だと感じています。

また、先生からの一方向の知識の注入だけでなく、双方向の授業もできるようになります。

G-Suiteにアップされた学習履歴は無制限に格納されますから、今後は、小・中・高12年間のポートフォリオ(学習履歴やキャリアノート)が自動的に記録されるようになります。

学校の「当たり前」が変わる

ーー今後、オンライン授業によってどのような教育を目指していきますか。

オンラインでやること自体がゴールではないですし、オンラインだけというのは偏りがあると思います。

ただ、パラダイムシフトが起きたことは間違いありません。

部活動や行事など、大事ではあるけれど、それがあるために膨大な時間を取られたり、慣習によってやめられなかったりしたことが、半強制的にできなくなっています。

それで生み出された時間がすごくあって、先生も子どもも学びにフォーカスしなければいけなくなっています。

新型コロナウイルスによって目の前で起こっていることはとてもストレスフルで、いやがおうでもやらざるを得なくなったことの一つがオンライン授業ですが、それは理想ではないはずです。最終的にどこを目指していくかということだと思います。

私はもともと、学校を生徒中心の場所にしたいと考えていました。

物理的に登校して画一的な授業を聞くのではなく、生徒が学びたいことがまずあって、学校だけでなく、スポーツやインターンシップなど、社会的なつながりや企業とのつながりを通して学んでいくことも必要です。

そんな学びを目指していたのですが、コロナウイルスの影響で物理的な学校がなくなって、一気に崩れてしまったというか、一気に進んだと言えるかもしれません。

これまでの常識がガラッと変わりつつあるので、教育委員会や学校も、何をもって平等とするのか、学校はどういう役割を果たすのかを、これを機に考え直したほうがよいと思います。

「9月入学」の議論も出ていますが、いつ終息するかはまだわかりません。希望的観測ではなく、いまできることをやっていくしかありません。

教育委員会の事業で言えば、やろうとしていたことのうち、形を変えてできること、やめたほうがいいこと、続けたほうがいいことがあります。新たにやらなければいけないこともあります。これらを長期、中期、短期の3つに分けて、それぞれに取り組んでいきます。

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ひらかわ・りえ / リクルート勤務を経て、1999年に留学支援会社を起業。2010年に公募により、女性初の公立中学校民間人校長として横浜市立中学校に着任。文部科学省中央教育審議会特別部会委員なども務めた。2018年4月より広島県教育長に就任