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妻の語り草:「どうか食べさせてください」

*実話です。

妻は戦後生まれで、農村生まれの、農村育ちだ。1955年頃のことだという。日本は復興して、家庭電化の時代を向かえようとしていた。自宅では、手回し洗濯機が入る頃である。

妻の家は農家であり、親夫婦が広くもない田畑を耕していた(+家畜)。家は木造で、質素なものだった。上がりかまち(入り口)の前にも段差があり、腰掛けることができていた。

ある日、乳飲み子よりも少し成長した子供を抱いて、一人の母親がやってきた。みすぼらく見えたらしい。母親はもう何日か食べていないという。

「食べさせてください」

懇願するような眼差しに、妻の母は上がりかまちの前の段差に腰掛けさせて、残っているご飯(農家で、主食はお米)と漬物を用意し、食べさせたという。※田舎では自作の味噌や漬物は作られ、保存されている。

母親は食事を終えると、礼を言って、子供を抱いて、どこともなく帰って行ったという。そのようなことは1回しか経験していない、という。

「あれはどうしたんかねぇ」

思い出しては、妻に話していたという。妻は、母から聞いた話を、時に触れ、折に触れて、話している。