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「おいしいパスタ作ったお前」になってみた

パスタには、なんともいえない思い出がつきまとう。

私が湘南地域在住の中学二年生だったころ、湘南乃風の『純恋歌』という歌が不良たちの間でべらぼうに流行った。

やがて不良たちは文化祭のステージでその歌を披露し、歌いながら付き合っている彼女にウインクなどのサインを送るという破廉恥の極地たる計画を目論み、それを吹聴した。

「俺たち文化祭で、マジでイケてることやっからよ!」

本人たちはその内容を内緒にしているつもりのようだったが、渡り廊下で歌の練習をしていたり、「ここで俺が客席のミカの方に手を振るべ」と放課後の教室で打ち合わせを重ねていたから、彼らが何をするのかはほぼ筒抜けだった。

大親友の彼女の連れ おいしいパスタ作ったお前 
家庭的な女がタイプの俺 一目惚れ

湘南乃風『純恋歌』より

このパートを歌う不良の彼女から、「彼氏のためにおいしいパスタを作れるようになりたい」とパスタの味見を頼まれたのは、そんな頃だった。

グルメとしてブイブイ言わせていたわけでも、パスタ屋の娘というわけでもないのに、なぜ私に。
いつもつるんでいる子たちに頼めばいいじゃない。
そもそも二人はすでに付き合ってるんだから、パスタ作る必要だってないでしょうに。

そう尻込みすると彼女はぶっきらぼうに、「だってつるって、つるせんの娘じゃん」と答えた。

「つるせん」こと私の父は、彼女の彼氏の小学二年生の頃の担任だった。
だからといって私が彼女の役に立てることなんて何一つない。
だって小学校は給食だ。父経由で彼氏の好物など有益な情報を聞き出すことはまず望めないだろう。

けれど結局、押しきられた私は放課後に何度か彼女の家でパスタをご馳走になった。

たいして仲よくもない女子二人がだだっ広い田畑を歩きながら何を話したのか、今となってはまったく覚えていない。

家に着くと彼女は黙々とパスタを作り、私は部活で練習している曲の楽譜を眺めたりして時間をつぶした。

茹で時間を二倍にしたりカルボナーラのトッピングに彼の好きな柴漬けを加えてみたりといったややトリッキーな創意工夫を何度か経て、最終的に私たちは茹で時間をちゃんと守った普通のトッピングのスパゲッティが一番おいしいという結論に至った。

彼のどこが好きなのかとか、デートはどこに行っているのかとかいろいろ話したような気がするけれど、残念ながら「不良なのに柴漬けが好きって萌えるな」と思ったことしか思い出せない。

そして彼女が私の父の教え子である彼氏においしいパスタを振る舞うことができたのかどうかも、まったく記憶にない。

ただ私のなかで「おいしいパスタ作ったお前」という歌詞のためにおいしいパスタを作ろうとした健気なギャルがいたな、という思い出が淡く残っているだけである。

さてこの歌はやたら長い歌で、改めて聴いたらなんと7分以上もあった。
出会って付き合って揉めてパチンコ行って反省して……といったわりとクズめな恋愛イベントが一曲のなかにこってりと収められているからだ。

おかげで文化祭当日、彼らのあとにステージを控えていた私たち吹奏楽部員はステージ袖で彼らの青春の結晶を7分以上にわたって浴びせられる羽目になった。

そして感極まった彼女たちが歌い終えて汗だくでステージ袖にはけた彼らに駆け寄り、熱い抱擁とキスまで交わすところをバッチリ目の当たりにする羽目になった。

さらには彼らの歌が長すぎたために全体の時間が押していると実行委員から耳打ちされ、やむなく一曲カットする羽目になった。

とんだとばっちりだ。

* * *

そんなほろ苦い思い出に胸を痛めながら、私はブロッコリーとパスタを茹でていた。

おいしいパスタ作ったお前」になるためである。
いや別に、彼らみたいなイケイケラブラブカップルになりたいわけではない。

単純に、料理のレパートリーが尽きたのだ。

彼氏と同棲を始めて約2か月。
料理は私、掃除は彼氏とお互いにこだわりたい家事を担当するような割り振りでこれまで回してきたけれど。

実は私、壊滅的に料理のレパートリーがないんですわ。

基本的にはその日安かった野菜を塩こしょうか味噌か醤油で、炒めるか煮る。
そこに油揚げや肉、ツナ缶などのたんぱく質を加えることもある。
以上。

彼氏はもともと茹でた鶏肉を味もつけずに淡々と貪り食ってた人なので、私がどんなおかずを作っても味がついているだけで感動してくれる。
けれど、せっかく同棲しているのだからたまにはこれぞという手料理を出したい。

でも冷蔵庫と顔を突き合わせると、ついいつもの塩こしょう、味噌、醤油の和風トリオがしゃしゃり出る。
あんたたちはお呼びじゃない!

漫然と食のマンネリ化を打破しようとnoteを漂流していたある日、doriokunさんの「罪深き、くたくたブロッコリーのパスタ」に出会ってしまった。

doriokunさんは私が日ごろひそかに「飯テロ導師」と崇めている、本職の料理人noterさんである。

詳しいレシピと飯テロっぷりはぜひともご本人の記事でご確認いただくとして、私が心掴まれた冒頭の部分だけご紹介したい。

私は最近、くたくたブロッコリーのパスタが好きです。

もともとは南イタリア、プーリア州の郷土料理で、オレキエッテと呼ばれる耳たぶ型のショートパスタを使って作られます。

オレキエッテは中央に丸いくぼみがあるのが特徴で、そのくぼみの中に、くたくたになったブロッコリーのソースがたっぷりと絡みついて、それはそれはとっても美味しいのです。

doriokunさん「罪深き、くたくたブロッコリーのパスタ」より

「くたくたブロッコリー」
「丸いくぼみ」
「くぼみの中に、くたくたになったブロッコリーのソースがたっぷりと絡みついて」

読むだけでじわじわツバがわいてくる、絶品感漂うパスタ。

しかも、ただおいしそうなだけじゃない。

ブロッコリーの旨味を吸ってひとまわり大きく成長したパスタが、再びフライパンの中でブロッコリーと出会う。
まるで映画のワンシーンのような料理なのです。

同上

ロマンチックでもある。

こんなオシャレ料理を自分のレパートリーに加えて、「おいしいパスタ作った私!ドヤ!」って彼氏に自慢したいな。

さっそくスーパーに行って、ブロッコリーとアンチョビとニンニクを買った。
無念すぎることに、丸いくぼみのおしゃれパスタ「オレキエッテ」は町の小さなスーパーには置いていなかった。

ちょっと待って、あなたがいないと始まらないんですけど!
アンチョビはかわいい缶に入ったものが数種類もあったのに!
せっかくブロッコリーも特売で買えたのに!!

日を改めようかと迷ったところで、doriokunさんの「このパスタの主役はなんといってもブロッコリーなので、美味しく作る為には新鮮なブロッコリーを使うことが必須条件」という一文が蘇る。

ブロッコリーの鮮度を第一に、オレキエッテを使うのは次回にしよう。

そう決断して家に帰り、使いかけのスパゲッティとブロッコリーを一緒に茹でた。
長いスパゲッティがゆらゆらとブロッコリーに両手を差し伸べる姿を見守りながら、オレキエッテの丸いくぼみに思いを馳せる。

いやいや、これでよかったのだ。
ちょうどスパゲッティの賞味期限も切れていたし。

途端にロマンが薄くなってしまった感は否めないものの、気を取り直してブロッコリーを茹でる。

くたくたになった彼らをフォークで引き上げて、ニンニクやアンチョビが熱くたぎっているフライパンに移す。
そしてそのフォークで若々しいブロッコリーの蕾を、ぐしゃぐしゃに潰す。

doriokun先生……これはたしかに、「罪深い料理」に違いありません。

doriokun先生曰く「欲深き」「ダークヒーロー」と悪名高きアンチョビと、ギラギラにオリーブオイルをまとったニンニクのなかで、茹で上がってより色鮮やかになったブロッコリーが断末魔の悲鳴を上げながらバラバラに散っていく。

普通に料理しているだけのはずなのに、なんというか、すごく悪いことをしているような気持ちになってくる。

そうしてアンチョビとニンニクという悪友にほだされたブロッコリーは、最終的にフライパンでパスタと再会を果たす。
同じ鍋で茹でられていたあの頃とは違うブロッコリーを見て、パスタはいったいどう思うんだろう。

ぼんやりと、中学時代の不良カップルが蘇る。
彼女と私の付き合いもそれっきりだったし、二人のFacebookも知らないから、彼らが今どうしているのかはわからない。
文化祭のあと別れてしまったかもしれないし、この「くたくたブロッコリーのパスタ」みたいに、悲喜こもごもを経て再会して愛が再燃、なんてこともあるかもしれない。

けれど、歌の中のヒロインを真似て「おいしいパスタ」を作ろうとしていた中学二年生のときの彼女は、きっと彼氏にとってはまごうことなき「一番光るお前」だったんだろう。


「……青春、だよねぇ」
とフォークで巻き取ったスパゲッティを口に運びながら私が言うと、
「そんな歌、流行ったっけ?」
と瀬戸内海周辺で中学時代を過ごした彼はきょとんと首を傾げた。
せっかく「おいしいパスタ作ったお前」をやってみたのに、あれは湘南限定の青春だったらしい。

アンチョビの磯の香りを感じながら、私たちはたぶん、別々の海を思っていた。

いつかオレキエッテでリベンジしたい、くたくたブロッコリーのパスタ

*後日談
私のnoteを読んだMarmaladeさんが、さっそくご自身でも作って記事にしてくれました。
「くたくたブロッコリーのパスタ」の魅力、おそるべし。


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