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見た目はアラサー、血管は老婆

定時で帰ってスーパーへ寄った、火曜日の夕方。
ぴったりとしたウェアに身を包んだ健康的な女性たちが、店の前で客に声をかけていた。「おためし」「フィットネス」などと書かれた派手なのぼりも立っている。
彼女たちの差し出すチラシを受け流しきれずに受け取ると、「運動、してますか?」と間髪を容れずに尋ねられた。
してません、すみません
こういういかにも元気な人やお医者さんに聞かれると、なぜこうも後ろめたくなるのだろう。

いま無料で血管年齢を測定してるんで、よかったらこちらへ!
と、満面の笑みで流れるようにパイプ椅子を勧められる。断るのが申し訳なくなるような朗らかさに押されて、つい頷いてしまった。

軽く仕切られたパーテーションに入ると、そこにはいかにも不健康そうな顔色のくすんだ30〜60代くらいの女性たちが集められていた。
なんだろう、なぜかみんな『おじゃる丸』の「うすいさちよ」に少し雰囲気が似ている。パイプ椅子の銀の背に自分の顔をさりげなく映して、自分がさちよの一員と見なされたことに納得する。

ここで唐突な脱線ですが、私はリアルタイムで『おじゃる丸』を観ていた頃から、売れない少女漫画家の「うすいさちよ28歳独身様」(by 電ボ三十郎)は将来の自分だと確信していた。
そしてその予感は、ほぼ的中した。
今の私は、さちよと節約談義に花を咲かせ、薄い紅茶の安心感について大いに語り合える自信がある。もしかしたら親友同士になれるかもしれないとすら、思う。
けれど、もし彼女と仲よくなったら、それはそれで辛いかもしれない。
私は彼女と違って、キラキラした野望を持っていないからだ。
さちよには少女マンガで一発当てて売れっ子マンガ家になり、大金持ちになるという素晴らしい夢がある。そのうえお城のようなお家を建てて王子と幸せに暮らすという、大金の使い道まで定まっている。
そんな具体的な夢を叶えるべく、彼女は慎ましやかに暮らしながら日々マンガを描いている。

……眩しい。
目の下にクマがあろうと顔が青白かろうと、28歳であろうと独身であろうと、彼女は自分の力で夢を叶えようと邁進し続けるだろう。
そんなさちよと一緒にいたら、私は夢を見つけられるだろうか。生き甲斐に向かって、突き進めるだろうか。途中で彼女に嫉妬して、彼女の夢を応援できなくなったりしないだろうか。
一人暮らしになってますます加速する節約生活の中で、私はよく、さちよのことを考えている。

さちよについてはまだまだ書き足りないのだが、血管年齢に話を戻そう。
パイプ椅子に座った私は、血色のいい係の女性から血管年齢測定器を手渡され、説明を受けた。
人差し指を機器に挟んで、一分ほど待機するという。どうりで周りのさちよたちが猫背気味にじっと固まっているわけだ。
年齢を伝えて小さな機器に人差し指を入れると、心電図のようなものが端末上をうねり始めた。
「なかなか血管年齢なんて測ることないですよねえ。けっこう健康とか意識されてる感じですかぁ?
そう愛想よくお姉さんに話しかけられたので「初めて測ります〜。運動しないので、あんまり自信ないです」と謙虚に答える。
けれども内心では、我こそは健康大使!と自信満々だった。

私は血のめぐりに関しては今ひとつではあるものの、血液のサラサラ度合いにかけてはかなり自信がある。
もう三年も寝かせ玄米食べてるし。
ぬか漬けだって一年経ったし。
青魚やレバーだってそこそこ摂るし。
外食は月一するかしないかだし。

ちょっと貧血なだけで、身体自体はめっちゃ健康なはずなのだ。

こんなに不健康そうなのに!いったいどんな生活を?」と驚くお姉さんに「やっぱり玄米とぬか漬けですかね」とドヤ顔で答えるヒーローインタビューを妄想していたら、診断結果がiPadに表示された。

「血管年齢80歳」


ぬっ???
予期せぬ数値に、目を疑った。
画面をお姉さんに向けると、彼女は「え」と絶句した。
そう固まられると、不安になる。

機械の不具合か前の人の診断結果だという言葉を待っていたが、彼女はドン引きした表情のまま上司らしき年上の女性に端末を見せに走っていってしまった。
呆然と座っていたら腕を組んだ上司らしき女性がiPadを胸に抱えたお姉さんを従えて戻ってきて、「まあ数字自体は毎日毎秒変わるものなんで、あまり気を落とさずに!」と明るく放った。
「で、普段の生活はどんな感じですか?タバコは?」とそのまま問診に移行する。
「吸いません」
お酒は?」
「週に1、2度、コップ2〜3杯くらいです」
食事睡眠は不規則ですか?」
「いや、食事は基本的に玄米とぬか漬けと味噌汁ですし、睡眠もかなり取ってる方です…」
「そんなに意識してるのに…。じゃあ、ストレスは
「そこそこある、かもです」
普段私が感じているストレスは、大まかに分けて二種類ある。仕事量が多いことと、仕事上での人間関係だ。
どちらかというと人間関係がこじれた時の方が辛く、今ちょうどこじれかけたものをなんとか立て直そうと気を揉んでいるところだった。

しんどい時に、ちゃんとその都度ストレス発散できてます?
大きな目で覗き込むように問われて、言葉に詰まる。
友だちに愚痴ったり、おいしいもの食べたり、本を読んで逃避したり、しているつもりなんですけど。
血管年齢80歳」のせいで、全然堂々と答えられない。

この血管年齢が続くようなら、脳出血や心筋梗塞になる可能性が高いという。
自分では健康だと信じていたのに、なんたる仕打ち。
ていうか玄米やぬか漬けを食べてるのに血管ボロボロって、どういうこと?
食べていなかったらすでに死んでいたのだろうか。それとも健康的な習慣をすべて無効化するほど、ストレスの力は強大なのだろうか。

いったん仕事のことを頭から離せば、もう少し若返るかもしれない。
急に、いいことを思いついた。
今からちょっと幸せになるんで、もう一度測ってもらっていいですか?
二人の了承を得て、スーパーで買った特売のフルーツ牛乳を飲む。
銭湯漫画『テルマエ・ロマエ』を読んでから、ずっと気になっていたのだ。
すっかりテルマエにハマった私のエコバッグには、温泉卵とフルーツ牛乳と日本酒が収まっている。
ほどよく冷えたフルーツ牛乳を飲み干した私は、先刻前よりも幸せだった
なるべく温泉のことだけを考えながら二回目の計測を終えると、なんと60歳に若返っていた。

これがフルーツ牛乳の力!


ありがとうルシウス(主人公)!!


フィットネスクラブの二人も、少しホッとした様子だ。よかった。
とはいえ私の血管を実年齢の二倍、三倍に見積もった、あの機械が憎い。
正直私は、たとえ血管年齢が老婆だったとしても、健康だと思い込んだまま死にたかった。
倒れるまでは、自分は元気だと信じていたかった。
ま、知ってしまったからには仕方がない。これからはなるべく、ストレスを減らすように心がけてゆくしかない。

ここまで書いてきて、自分では健康だと思っていたのに実際はそうではなかったことが以前にもあったのを思い出した。

去年の11月は、血液検査に引っかかっていたらしい。血関係のトラブル、嫌だなぁ。


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