見出し画像

【感想】ダイナミックな時代と「語り」のうねり(坂尻昌平さん)|#40『ファーンズワース・インヴェンション』

2024年11月21日(木)〜24日(日)に上演された弦巻楽団#40『ファーンズワース・インヴェンション』をご覧になった坂尻昌平さん(映画研究者、札幌大谷大学非常勤講師)から、作品の感想をいただきました。

ご本人の了承を得て、公開させていただきます。




この度は、弦巻啓太さん演出の劇団「弦巻楽団」によるアーロン・ソーキン脚本の『ファーンズワース・インヴェンション』を観劇させていただき、ありがとうございます。

青井陽治さんが亡くなられる前に弦巻さんに託したというブロードウェイの脚本『ファーンズワース・インヴェンション』をどのように演劇化するのかが、今回の見所です。
弦巻さんがこの戯曲をどう読み、いかに具体化するかというわけですが、そこで使われている曲がバッハの「2声のインヴェンション」であり、その2声に主人公であるフィロ・ファーンズワースと、特許を巡り争うことになるRCAの社長デイヴィッド・サーノフの二人が人生が絡み合うさま、フィロとサーロフの好対照ぶりが表され、この演劇を活気づけています。

より大きな視点で見れば、ファーンズワースの画期的な発明、電子式テレビジョンの実験の成功と、まだ企業秘密であったその実験を身分を偽って探りを入れ、当時雇われていたRCAでの実験で再現することに成功するヅウォーリキンの不気味な動き、それを演じる温水元さんがとてもいい味を出していました。

しかし、ファーンズワースは、テレビの世界初の実験に成功したのはいいけれども、それで目覚ましいテレビ時代を切り開いた天才とはみなされず。
1969年7月のアポロ11号の打ち上げと月面着陸をテレビ画面で見たであろうファーンズワースはひとり何を思っていたのだろうか、という問いを残して終了となるわけですが、それをあの「2声のインヴェンション」と共に描き出す弦巻演出には、見事としか言えません。

そもそも、この戯曲で描かれている世界は、アメリカ合衆国の企業史、映画史、ラジオ史、テレビ史といったメディア史と、それらに関わった人々の動きがあり、そして、1929年のニューヨークの株価暴落とその影響があります。それらとは、対照的な小さな出来事として、ファーンズワースが一人息子を手術で死なせてしまい、その影響で鬱病になってしまうといったエピソードが描かれたりもします。
そうしたファーンズワースの天才ゆえの破天荒な頑なさと純粋な性格が、企業人サーノフの冷徹さと対照的になるわけです。

とにかく、こうした「物語」を中心となる語り手が、時にファーンズワース自身になったり、サーノフになったりして、その都度、舞台は変転してゆきます。
三つ用意された四角い額縁状のフレームを、場面転換ごとに役者がその都度裏方にもなって動かしていて、絶えずダイナミックな時代と「語り」のうねりを生み出していました。

印象的だったのが、ダグラス・フェアバンクスとメアリー・ピックフォード夫妻がファーンズワースの研究所を訪ねてきた場面ですが、そこでファーンズワースは、ダグラス・フェアバンクスをユナイテッドアーティストの他のメンバー、チャーリー・チャップリンと親しげに語りかけるという、なかなかに秀逸なギャグをやってみせるところでしたが、エロール・フリンまで飛び出してくるのは笑えました。

この戯曲は、非常に高度な産業史、技術史、天才と鋭利な企業家の対立、それに20世紀アメリカの最も重要な出来事、つまり、大恐慌とアポロの月面着陸の間には、今ではさして注目もされていないファーンズワースの天才的な発明の恩恵であるテレビがあったのだということ、それを訴えかけているのだと思います。

この戯曲をこれほどの舞台劇に仕上げた弦巻啓太さんとその劇団「弦巻楽団」の皆さんの熱演と活気に、称賛の拍手を送りたいと思います。

いいなと思ったら応援しよう!