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千の風になって|#わたしと出停記念日

札幌を拠点に活動する劇団・弦巻楽団が、2021年夏に上演する『出停記念日』。高校演劇の名作をみずみずしい演出で上演します。
作品の魅力をたくさんの人に知ってもらうべく、作家・演出家・出演者のメッセージを掲載。テーマは  #わたしと出停記念日  です。

演出家・弦巻啓太の #わたしと出停記念日

15年ほど前だろうか、講師をしていた俳優養成所でたまたま高校生の女子のみのクラスを受け持つことになった。彼らが使用するにふさわしい脚本を探していた時に、高校演劇セレクションに収蔵されている『出停記念日』を見つけた。あらすじを読み、本文に進んだ瞬間に特別な作品であることが分かった。

日常を描くというのは簡単なようでいて難しい。戯曲にするだけの「何か」が潜んでいる日常を見つけるのが難しいからだ。作者が日頃どんな目線で生きているかが問われる。見つけられる人には見つけられるし、見つけられない人間は永久に見つけられない。自分含め凡百の作家は、ついつい日常を特別な瞬間にしたくて余計な誇張を入れてしまったり、トリッキーに過ぎる設定を挟んだりしてしまう。

『出停記念日』が切り取った日常は、なんの変哲もない日常だった。もちろんクラスの大半が停学となったという特別な状況ではある。だが中心となるのは、その教室に取り残された停学になっていない数人の生徒による行き場のない、宙ぶらりんな状態。その状態だけが描かれていた。とってつけたギャグも、高校生らしさを押し売りするような溌剌した場面もなし。あるのは色のない、まさに透明な時間だけ。そこには描かれるべき「何か」が確かに存在していた。

罰を受けていないはずの登場人物たち。手持ち無沙汰の時間。多感な年代の彼女たちの存在そのものが重なり合い、象徴されていた。この状況を発見したこと、それ自体を素晴らしいと思った。劇的なことは何一つ起きないのになんて劇的な時間なんだろう。『出停記念日』が特別な次元の作品であることは冒頭から体感できた。

淡々と、時間を持て余した女子高生たちの会話が続く。しかしその持て余した状態が交換され、共有されている内に「何か」が醸成されていく。それはとても淡く、薄く、靄のように漂い、流れ去っていく。

特別なことは何もない。特別なことは何もない、だからこそ眩しい一瞬。
この作品に取り組もう。3ページほど読んだ時点でそう決心していたと思う。

養成所のスタジオでの発表公演は観客2名ながらとても良い舞台になった。
それからというもの、いつかまた取り組みたいずっとそう考えていた。


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2013年から始めた弦巻楽団の演技講座。
2017年度に開講した二つのクラスのうち、一つが女性のみのクラスとなった。
取り組む作品は、あの作品しかない。すぐにそう頭に浮かんだ。

全部で7人のクラスだった。『出停記念日』の登場人物は全部で5人である(他、声のみの登場人物が数名)。その時に役柄を流動的に変えていくアイディアが浮かんだ。浮かんでから、そうすることでこの作品の淡く薄い「何か」はより一層淡く薄く、切実になっていくと閃いた。

その公演の準備中のある日、劇団にメールが届いた。
『出停記念日』の作者である島元要さんからのメールだった。
ちょっとしたハプニングでのメールだったのだが、その機会に直接そのコンセプトをご本人に伝えることができた。ハプニング自体には焦ったが、少しだけ嬉しかった。
島元先生はこちらの演出意図を受け止め絶賛してくれ、上演が成功するよう応援までしてくれた。
その時、この脚本が生まれた背景や、当時の部員さん達とどんな想いで創作したか教えて下さった。

そうして迎えた稽古場公演は非常に絶賛され、昨年にはついに劇場での上演を迎えた。
出会ってから約15年である。あの時特別だと感じた確信は、やはり間違っていなかったと思う。
劇場公演だけでなくオンラインでのリーディングと配信上演も行い、たくさんの方から様々な感想をいただいた。島元先生からも何度も暖かく、勇気づけられる言葉をいただいた。
そして遂に、先生のいらっしゃるこの作品の生まれた沖縄での凱旋上演となる。


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風のように上演したいと思う。
登場人物5人、いや「あずみ」を含め全ての登場人物が、彼女たちのいた時間が、風のように消えていく舞台にしたいと思う。演劇とは風に記された文字である。そんな有名な言葉のことを改めて思う。

最初に『出停記念日』を上演した養成所のメンバーのことを思う。今どこで何をしているのだろうかと。『出停記念日』を上演するたびに、風のように去っていった彼女達や、たくさんの高校生達、“元”高校生達のことを思い出す。

そこに自分を見る人もいるかもしれない。記憶の中の誰かを見る人もいるかもしれない。憧れていた誰かや、苦手だった誰か、かつての自分、なりたかった自分、見てることしかできなかった自分、消えてしまいたかった自分…。全ては風になっていきます。そんな風が吹く舞台になります。

劇場でお待ちしています。


公演情報

ティザー映像


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