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過保護の代償 三児の父これが真実の子育て

過保護はその子の伸びしろを奪う

過保護≠保護

過保護は保護では絶対にない。過保護は過保護をしている親の自己満足に近いのかもしれません。
僕自身が過保護すぎたことを今、後悔しています。

僕もそうだし、妻もそうでした。

ふたりともNGOやNPOの活動をしてきた過去があり、誰かを支えるという精神が強すぎたと思うのです。きれいに言えばそうですが、支援活動に関してもそれは決して褒められたことではありません。大切なことは自立だと、NGO活動で学んだことを全然活かしてこれなかった子育て。

子どもに何を食べるか聞くのは誕生日だけでOK

朝ごはん、何食べる?

一日の始まりから間違いを犯していました。
今は、出したものを食べなくなりました。
卵焼きをだしても、「え、うち、頼んでないけど?いらなーい」
出したものを食べない。

妻は仕事をせずに専業主婦を10年くらい続けていました。
それは僕がそれでいいと言ったことがきっかけです。
こどもの期間は今しかないのだから、子どもとはずっと向き合っていてほしいと思ったからです。
365日24時間子どもたちのそばには常に親がいて、常にサポートしてもらえるという環境になりました。

一時保育に預けたことも1,2回ありましたが、親がいることが当たり前の子どもにとって一時保育という慣れない環境は苦痛なようで、それが子どもから伝わるととにかく大急ぎで迎えに行こうと考えるようになります。

親に起こる弊害も大きい

親が子どもにべったりだと、活動範囲も狭まります。友達同士の付き合いに子どもを連れて行くのはなかなか難しい。親のほうの社会性が薄れてきて、特に妻にとっては接点がママ友といえる人しかいなくなりました。
僕自身経営者なので、ある程度、時間の融通が効きますが休みの日は両親そろって子どもと家族で遊ぶというのが通例行事でした。
若い頃からの友人を家に呼ぶということが日常ではなく大イベントのようにもなり、そうなると、子どもは親の影に隠れているか、大人との会話に苦笑いをするだけの状態です。
今、周りを見ていて思うのは、常に大人が出入りする家の子どものコミュニケーション能力は絶大だということ。

子育て中だからといってライフスタイルを大きく変える必要はなかった

親の方も自分の友達と、我が子もいるというシチュエーションに慣れていないせいか、友達が子どもに話しかけてもじもじしているところに助け舟を出したりします。
「何歳?」
もじもじしている我が子をみかねて
「5歳になったよねー」
と子どもが大人と触れ合う機会を奪ったりする。良かれと思って。

小学校に入ると目に見えてその弊害が僕ら夫婦に襲いかかってきました

給食が食べられません。

周りに気を使いすぎて過敏性の胃腸炎になりました。

なるべくして不登校になっていきました。

数え上げるときりがありません。

完全に間違いを犯したのです。

大切に大切にと思って接してきた子どもを弱い子に育ててしまっていたのです。

弱いゆえに可能性も狭めてしまっているのです。

何でも完ぺきにこなす親が注意!

家事も育児も手を抜かない親が立派なのだと固定観念で思っていましたが、違いました。

完璧すぎると子どもが考える余白が消えます。不完全な子育ての余白を子どもが考えるきっかけにする。

ものなんて壊していい。どんどんやらせる。牛乳を注ぐことに手なんて添えなくていい。こぼしてもいい。こぼしたら拭かせればいい。

保育園にあずけて仕事に行くことはむしろ理想です。

自分の時間を大切にして、映画を見ている間に一時保育に預けるのはまるで罪ではない。むしろやるべきこと。

出したものを食べさせる。食べないからといって希望どうりのものを出さない。食べないときには放っておく。お腹が空いたら食べます。

いつでも食べられるように子供の手の届くところにお菓子を買い置きしない。自分でなんとかしないと間食できない仕組みをつくる。たとえばお小遣いを与えて食べたいなら自分で買いに行かせる。

社会に出して遠くから見つめる。

爪を自分で切らせる。

片付けを自分でさせる。

お風呂は自分で入るべき時間に入るようにさせる。入らなくても放っておく。臭くなれば入る。

勝手に宿題をして明日の用意をできるようにさせる。忘れたら先生に怒られる。これこそ素晴らしい体験です。

日中であれば1km程度の場所に車で送迎しない。

どうしてもきつくてきつくて耐えられないときだけ抱きしめる。

それまでは我慢する。それが多くの反省から学んでわかった僕流の子育て。

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