ラムアンス

国外に自由に出入りする事も出来なくなった不自由な今。
仕事面でもなんでもアシスタントやったりしてもらったり。
そんな関係の人が母国に帰ってもう数か月となる。
会えない事がこんなに長く続くとは思っていなかったが、その中で月1の手紙交換がこんなに待ち遠しくなるとも思っていなかった。

今の時代なら当然にSNSもあるし、TV電話みたいなやりとりも普通にできる。だから会えない中で毎日MAILやLINEやSKYPなんかでやり取りもできるんだけど、なぜかお互いにそれをしようとしないわけで。
会えない中で毎日やり取りをするネットより、デジタルな時代の中でアナログの世界に飛び込んでみたのも、2人とも研究者気質なのか、「敢えて」がつく「やってみる」という実験なのかもしれない。
そういう試し心から生まれた月1の手紙。
そこから生まれたモノは、日本語とフランス語を混ぜ合わせた僕たちだけの言葉。

僕はもちろんフランス語が分からない。相手ももちろん日本語がわからない。互いの共通語は英語で、当然に最初は英語での手紙のやり取りをしていたが、いつしか遊び心からか、相手が日本語で手紙を送ってくるようになった。つたない日本語だけど、意味を理解しようとして勉強して相手に想いを届けようとする気持ちがたくさんつまった日本語に僕は思えた。
だから、僕も辞書で調べたりしながらつたないフランス語の手紙を書く様になる。

人間関係においては、分からないからこそ、その分からないを理解しようとする心ってありそうで今まであまり無かったので、僕にとってはそれがすごく新鮮で、むちゃくちゃフランス語で書く手紙が楽しくなっていく。
コロナで家に出れないとしても、その楽しみが急に出来て、毎日がフランスを旅してる様な気分に。
昔好きだったバンドGO!GO!7188の「脳内トラベラー」じゃないけど、想像では毎日フランス旅行をしていた。

相手もあまり知らなかった日本をどんどん知る事で、日本の中で好きなものが増えていくのが楽しいと言っていた。
そして、最近の日本の中でのお気に入りは「雷」という漢字だという。
日本人からしたら「雷？」という反応だけど、日本を知らない人からしたら、雷という漢字を見て衝撃が走っても不思議じゃないと。
これは海外で暮らす様になって「わかってる事」と「わからない事」のモノの見方の違いというか、受ける感覚の違いは当たり前に存在する事を知ったからこそ、雷という漢字にインパクトを受けた相手の気持ちもスンナリ受け入れる事ができた。
もし分からなかったら「雷？つまらない」という会話で終わっていたかもしれない。

雷は「神鳴り」という言葉からきてるらしく、神が鳴らす音としてとらえられていたらしい。なんて事を相手に教えると、ますます興味津々で雷を調べて、今では日本の雷については僕よりも詳しくなっている。
「雷が豊作に結びつくなんて素敵だね。雷の音を聞いても怖くなくなるね」と手紙に書いてきた時は思わず笑ってしまったのはここだけの話。

そんな感じでやりとりをしていくと、遊び感覚で日本語とフランス語を掛け合わせた2人だけしか分からない言葉が生まれた。
記事タイトルにもある言葉もその中から生まれた言葉で、意味は「想いを伝える」。
アイヌ語みたいになったけど、言葉の規則がどうなってるのかは僕たちだけにしか分からない。

僕たちだけの伝え方が生まれ、僕たちだけの名前の呼び方が生まれた。
僕たちだけの言葉で色々な事を教えあって、喜んだり寂しさも覚えたり、会いたくもなったり。
でも、僕たちだけの言葉で「いつか」という言葉も生まれたので、またいつか会える日が未来で待っている事も確信できた。

想いを伝える。
それは大切な事で、人それぞれ色々な形がある。
でもその形に拘ってしまっては、それがいつしか手枷足枷となって、身動きがとれなくなってしまう。
そんな事を考えると、僕たちには「手紙」という古くからある伝え方が一番自由で想いを形にできるツールだったのも、それは分からない事を分かろうとする想いが最初だったからかもしれない。
最初にＳＮＳでやり取りをしていたら、ここまで互いに想いを伝え様とはしていなかったとも思う。
毎日伝えられるからこそ毎日伝えなくてはいけなくなり、その毎日の言葉がどんどん重くなって、口が閉ざされていく。
多分僕も相手もそんなタイプだと自覚していたので、ＳＮＳが最初だと下手な疑心がどんどん膨らんで、分かり合おうとしない関係になっていたんじゃないか。

月1の手紙。
「心の中を相手に向ける」という思いやりという言葉。
日本を分からない、フランスを分からない相手が分かろうとしようとしている。そんな相手だからこそ、信頼してちゃんと心の中をお互いに向けあえたんだと、今はそう思っている。

毎日という日常からかけ離れた中で生まれた手紙。
そこから生まれたラムアンス。
未来に繋がっていると分かっているので、今は寂しさよりも想いを伝えてくれる（伝えられる）喜びの方が大きいので未来に向けて耐えられる。