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「大盛り無料」を断れますか?

これは俺だけが持っている特異な形の考え方なのか。それともみんなも同じ感覚なのか。みんなと同じだからと言って、ただただ仲間が増えただけで問題は何も解決していない。しかしそれだけで安心できるし満足なのだ。集団心理とはそう言うものだ。

「大盛り無料」っと言われれば、「大盛りにしなくてはいけない」と正義感の強い自分が主人格となる。その結果、量が多すぎて食べきれず、15分後の未来の自分から恨まれる結末をエンドレスリピートしているしょうもない毎日だ。

この驕りが生み出す壊れたループは、プロアクを使っても抜け出せない。

このミスを犯した直後はいつも、もう二度と同じ間違いをするものかとイエスに誓うのに、次に食事を取る時にはもうその誓いは忘れ去られていて、「あ〜昔そんな事もあったかな?もうあんまり覚えていないし、その経験はほぼ無いに等しいです。」と気分はセカンド童貞だ。

これは食後のルーティンと化していてイエスへの誓いも、よっ友への挨拶くらい重みが無くなってしまっている。これではイエスも気まずそうに苦笑いして、十字架の上でボッチ飯だ。

食べ切れるか分からないならとりあえずは少な目に注文しておいて、足りなければ後からまた注文すればいいのに。そんな事は頭の中では分かっているけど、いつも空腹時の俺は「どんな奴でもかかってこい!」と激情で、敵うはずのないドラゴンに立ち向かう、錆びた剣を背負ったモブキャラだ。

そんな飼い犬のビーフジャーキーをも食べてしまう強欲が来たら、店側も損なんだから「デリバリー始めました!」とか書いてあるポップに、「大盛りにしないと損だという考えが、お店と貴方と世界を損させていますよ!」と書いておいてくれ。

そもそも大盛りにする必要もないのに、無料だからと言う理由で大盛りにしているあたりが幼稚だ。こいつは「たくさん切っても値段変わりませんよ」と言われれば坊主になるだろうし、値段が変わらなければ目的地の一つ先の駅まで電車に乗ってしまう。

そんな飼い犬がお手をしてくれない悲しい俺の憧れは、お供え物くらいの量しかないおしゃれなカフェの1500円するランチを、涼しげな顔して残して帰れるババアだ。

食えないならセットにしなくてよかったケーキを、持ち帰ることもなく、丸っとその場に捨て去れるババアは、お札で作られた大剣を背負っている。

最後に世界を救うのはあのババアなんだろう。そんな世界は情けないけど、今の俺では顔向けできない。

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