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恩師の言葉

新潟県の田舎で18歳まで暮らした自分にとって、広い世界へと一歩を踏み出す勇気をくれたのは、高校時代の恩師だった。高校3年生の担任だった国語の先生。彼のおかげで今の自分があると言えよう。

通っていた高校は、偏差値50台半ばの地方の進学校だった。部活のバスケをやりきって最後の大会を終えた7月。いよいよ受験期に入るころ、恩師とふたりで話す機会があった。

教師である両親の影響もあって、将来は学校の先生になろうと考えていた。地元新潟の国公立か、もしくはもう少し手を伸ばして県外の大学に進学すれば御の字と考えていた。

そんな自分に、彼は言った。


「綱嶋、お前、東大か京大、目指してみねぇか?」


学校の成績はなんだかんだで文系で一番だった自分だが、大学進学でそんな上を目指す欲は毛頭なく「何言ってるんだこの人は?」と当初は頭に疑問符しか浮かばなかった。そんなことを言ってくる大人がそれまでの人生にはいなかったので、意表を突かれたというのもある。

斜に構えていたところもあった当時の自分はこうも考えていた。学校の進路実績を高めたいから、そんな高望みをさせるようなことをそそのかしているのでは?と。

そうした疑念を持ちながら聞いてみると、彼はこんなことを話し始めた。


「正直な、お前がどこの大学に行ってどんな仕事に就こうが、おれの人生にはまったく関係ねぇんだよ。おれはおれで、教師というこの仕事を続けていくだけだしな。まったく関係がない。だがな、この田舎の狭い世界しか知らないお前が、まったく異なる世界に飛び出して、すごい人たちと出会って揉まれて、価値観がぶっ壊される。その後のお前が何を感じるのか。それが楽しみで言ってるんだよ」


なんともまぁ、教育者らしからぬぶっ飛んだ発言に思えたものだが、なぜだか不思議な高揚感がそこにはあった。もしかしたら、自分にもできるのかもしれない。自分の力を試してみたい。挑戦してみたい。そんな「根拠のない自信」が生まれてきたのだった。

それから京大受験に向けて勉強を始めたわけだが、いろいろと大変だった。そもそも京大の試験にカリキュラムが対応していない学校だったので、履修範囲が追いついていない科目を独学したり、秋冬頃の最後の模試まで結局E判定だったり。そんな中でも恩師と自分は根拠のない自信を持っていて、歩みを止めることはなかった。

「これはおれらの想定の範囲内だから。ここから必ず追い上げるしな(ニヤリ)」みたいな企みのもとで進めていた。自分の可能性を試してみたい。ただそれだけの目的を追求するのが楽しくて、無我夢中だった。

人が、何らかの目標に向けて行動を起こす際には、確たる目的と自信が必要となる。それは自分の内面から生まれてくるべきものである。そんな、世間で正解とされるような価値観がある。

だが、人の行動の動機は必ずしもそれだけではない。誰かに言われた一言で、自分のまだ見ぬ可能性を知る機会を持てることもある。

きっかけは不純な動機であってもよい。根拠のない自信でもよい。大切なのは自分の命をどう遣うかだから。

その契機となる瞬間は、自分の中から生まれてくるものではなくてもよい。他者が与えてくれることも大いに意味を持つ。自分の場合で言えば、恩師が言った言葉が自身の可能性に目を向けさせ、思考の枠組みを外し、行動を変えさせ、現実を変容させる力となったのだ。

他者に対して、そんな関わり方ができる人間になりたいと、今もなお思う。恩師の言葉を忘れずに、日々体現できる生をまっとうしたいな。

頂戴したサポートは、私からのサポートを通じてまた別のだれかへと巡っていきます。