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短編小説【民宿 朝里】

アラフォーで、フリーターの神崎仁雷は、
「人間関係が嫌だ。」と理由で、またバイトを辞めてしまった。

「なんとかなる。」が…彼の座右の銘だ。

鬱陶しい梅雨が終わり、本格的な夏が始まる七月中旬。

神崎は、新潟県上越市の鵜の浜海水浴場に向かっていた。

車を走らせること、二時間_。
海が見えてきた!
テンションがアガリ、車の中で一人でニヤニヤしていた。
それを見て、信号待ちで、隣の二十代らしきカップルが、軽蔑したような目で見ていた。
特に彼女の方は、口にはしてないが…
「きもっ…」と表情が物語っていた。

そして、海の近くのコンビニには、ディスプレイで浮き輪やシュノーケルなど飾ってあるのが、神崎は好きだった。心が踊る!

目的地の鵜の浜海水浴場に到着したのは、
午後三時を回っていた。
そろそろ、客足が遠退く時刻である。
それでも、水着ギャルが数名いた。
しかも、彼氏連れでは、無さそうだ。
すかさず、二人組の女の子達に話かけた。
「お姉さん達~どこから来たの?」
神崎のルックスは、そこそこイケメンである。
そのためか、女の子達もナンパされても、
満更でもなさそうだ。
片方のショートヘアの子が、苦笑しながら答えた。
「地元です。」
「じゃあさぁ~色々教えてよ~。」

数分後_。
ナンパは、成功したように見えたが…
神崎が「ニート」と知った途端に、逃げられてしまった。
その後も、手当たり次第、声をかけるが…
ことごとくフラれた…。
イケメンでも、「ニート」というワードがある限り、
フラれる原因を本人は、まだ分かっていない。

時刻は、四時半_。
気を取り直して、予約していた「民宿朝里」に足を運ぶことにした。

カーナビを使っても、道に迷い、
海から七分程度なのに、二十分かけて、ようやくたどり着いた。

外観は、ちょっと古い感じで、至るところにヒビが入っている。それでも一泊二食付きで、四千八百円という、破格の料金は、お金を持ってない神崎にとっては良心的だ。

「すみませーん。」
ガラガラガラ_。と引き戸を開け、大きな声で呼びかけるが、誰も出て来ない。

ダンダンダンダン_。と廊下から、足音が聞こえてきた。

六十代の小太りな女性がやって来た。
やたら、威勢の良い声で「はい。何でしょう?」と言われた。
「今日から、一週間お世話になります。神崎です。」
「あぁ!ようこそいらっしゃいました。この民宿の主のアヤです。」
玄関越しで、「主が女って珍しい」って何気に疑問に思った。

「さぁ、どうぞ!どうぞ!」と案内された部屋は、
こう言っちゃ失礼だが、狭いが、景色が良く、
塵一つ無い、綺麗なところだった。

荷物を置いて、出されたお茶を飲みつつ、一服していると、アヤさんが再びやって来て「一週間お泊まりで、三万三千六百円、前金でお願いします。」
お金を渡す際に「こんな良い部屋で、安すぎません?」と言ったら、「築三十年のボロ家ですから~。」と申し訳なさそうに答えた。
「ついでに、わたくし自身は、築六十年ですから。」と爆笑の渦に飲み込まれた。

一時間後_。
「お風呂の準備が出来たので、入っちゃって下さい。
その間に、夕食作りますから。」
アヤさんに、そう言われたので、入浴の支度をして向かった。
所々、タイルが剥がれているが、浴槽は広く
非常に気持ち良い湯加減だった。

髪の毛を乾かしてしいる時、子供のはしゃぐ声とバタバタと走り回る音が聞こえてきた。

「お風呂頂きました。いい湯だったです。」とアヤさんに告げると、小学生の男の子と女の子がいた。
「誰?」みたいな目で、神崎を見ている。
「お客さんの神崎さん。ほら挨拶して!」
アヤさんにそう言われ、子供達は、照れながらお辞儀して「いらっしゃいませ。」
神崎は、しゃがみ「こんにちは~何年生?」と聞くと、男の子が指を四本立て、シャイなのか?ドタバタと、どっかに走り去ってしまった。
「もう少しで、ご飯ですからね。先にビールでも飲んでいて下さい。」
「はい。頂きます。」

大広間とまでは、いかないが、そこそこ広い居間に、
ビンビールとコップが用意してあった。
トクトク_。と注ぎ、まず一杯、一気に飲み干した。
「プハァーうめえ~!」
思わず口に、出して言った。

(なんか。視線を感じる。)

入り口に、一人の女性が立っていた。
目が合い、頭を下げて「どうも、今日から一週間泊めさせて頂く神崎です。」

女性は、にこりと微笑み、ビールをお酌しながらこう言った。
「いらっしゃいませ。ここの長女の紗羅子です。化粧品販売の仕事してます。」

「(ビール)一緒にどうですか?」と、今度は神崎が、ビール瓶を持ったら、両手でコップを傾け、
紗羅子さんは、いい飲みっぷりで飲んだ。
連れて、神崎も二杯目も、一気に飲み干して、
問いかけた。
「長女ってことは、他にも兄弟いるんですか?」

「うん。女三人姉妹なんだけどね。」
さっきの男の子が、やって来た。
紗羅子は、男の子の肩をぽんぽん叩き、
「私の息子、大輝です。」
「元気な子供ですよね!さっき少し喋ったんですよ。あれ?では、もう一人の女の子は?」
「あの子は、次女の娘、風菜。」
その風菜が、夕食のお手伝いで、料理を運んできた。
神崎は、風菜の頭を撫でて、「風菜ちゃんお手伝い、お利口さんですね~。」と褒めた。
照れているのか、頬が少し赤くなっていた。

そんな時_。
玄関から、「ただいま~。」の声が聞こえてきた。

ビシッとしたスチュワーデスの制服を着た、
女性がやって来た。
神崎と目が合い、「本日から、一週間泊めさせて頂きます。神崎と言います。よろしくお願いします。」と頭を下げて言った。
「何もありませんが、ごゆっくり、くつろいで行って下さい。」とまるで、機内アナウンスのような心地よい声のトーンで、丁寧に頭を下げた。
紗羅子が、このスチュワーデスを紹介する。
「三女の香代美。見て分かると思うけど、C.A。普段東京で働いているんだけど、五日間の休暇で帰って来たの。」
香代美は、フライトのお土産をまず、子供達に配り、
次に、アヤさんと紗羅子に配った。
そして、「よろしければどうぞ。」と笑顔で、
なんと神崎にもあげた。
「初対面の俺にいいんですかー?」と舞い上がり、
その場で開けた。
明太子のせんべいだった。
一つ食べて「超旨いッス!つまみに良く合いますね。」

十分後_。
次女を除き、「頂きます!」と一斉に発して、
夕食を頂いた。
本日のメニューは、豪華な刺身だ。
採れたての魚は、物凄く新鮮で、格別に美味しかった。ご飯とビールがススム。
神崎がボソッと呟いた。
「いや~女家族ばかりで、ハーレムで、さらに!こんな美味しい料理も食べられて、ここは天国ですね!」
女性陣は、「またまた~。」と苦笑していた。

ガラガラガラ_。
また、誰か帰って来た。

居間に入って来た瞬間…

一目惚れだった…。

透き通る、真っ白な肌に、モデル並みのスタイル。
セミロングのサラサラした髪を片方の耳にかけて、
どことなく、芸能人のオーラさえ漂う。

だが、心なしか…目が笑ってないように見える…。

神崎に気づき「誰…この野蛮人?」と見下した目で見ていた。
「どうも、はじめまして。今日から一週間程、この民宿でお世話になります。神崎です。」
神崎の挨拶に、大きなため息をつく…。
「はぁー…。」
「ちょっとため息つかないで下さいよー!」
背を向けて、自分の部屋に行ってしまった。
三女の香代美が、居間の隅に置いてある紙袋を指さして、声をかける。
「お姉ちゃん、それお土産。」
小声で「ありがとう。」と言って、持ち去った。
長女の紗羅子と目が合い、思わずこぼした。
「俺…何か悪いこと、言いました?」
紗羅は、首を横に振り、「ううん。あれが長女の良美。いつもあんな感じなの…。気を悪くして、ごめんね。」
香代美も、援護する。
「気にしないで下さいね。」
数分後、その良美が、リラックスした格好でやって来た。
牛乳とサラダを持ってきて、一人だけ離れた席で食べていた。
すかさず、神崎が突っ込む。
「良美さん。こっちで一緒に食べましょうよ~。」
良美は、目も合わせずに拒んだ。
「放っておいて下さい。」
「夕飯それだけ?倒れちゃいますよ!」

孤立しているテーブルを「バン!」と叩き、
良美は、怒鳴り口調で言った。
「ダイエット中なの!それに、馴れ馴れしく名前で呼ばないで下さい!」
食事を片付け、足早に去ろうとしていた。
そこへ、神崎が深々頭を下げて謝る。
「本当にごめんなさい。」
アヤさんが、フォローする。
「ちょっと…お客さんよ…。」
神崎とアヤの言葉に、一切耳を傾けずに、
スタスタと去ってしまった。

さっきまで、楽しかった食卓が、
一変して、重苦しい空気になり…
皆、箸がすすまなくなってしまった。

次の日の朝_。
「カンカンカンカンカン!」と耳元でフライパンを叩く音で目が覚めた。
寝ぼけた視界の先に見えたのは、アヤさんの姿だった。
まだ、寝たりない神崎は、毛布を被りながら言った。
「何なんですか?昼まで起こさないでって言ったじゃないですかー…。まだ…六時ですよ…。」
「シャキっとしなさい!しっかり朝ご飯食べて、天気が良いんだから、布団干すの手伝ってもらうよ~!」

「マジかよ~…。」とふてくされながら、
居間に降りて行った。
「おはようございます。」と紗羅子と香代美に挨拶して、昨日、夕食を食べた席に座った。

ドタバタと、走って階段を降りる足音がした。
子供達だ。

神崎は、ニッコリした笑顔で、
「おはよう!今日も一日頑張ろう!」とピースした。
大輝も風菜も、連れてピースして応え、神崎の側に寄ってきた。
「学校楽しい?」の問いかけに、
二人とも、元気良く「うん!」と答えていた。

そこへ…
良美が、やって来た。

「おはようございます。昨日は、すみませんでした。」と神崎は、もう一度謝る。
相変わらず、スルーして、風菜の手を取り、
勿論、神崎に目を合わせず、アヤに、こう言った。
「お母さん。今日から、しばらく私と風菜、自分の部屋で食事するから…。」
神崎は、良美とアヤに向かって「あっ!それなら…自分が…部屋で食べますよ!」と提案する。
アヤが、ご飯の釜を「ドン!」と持って来て置き、
良美を睨んで、こう言った。
「とりあえず…今日は、ここで食べなさい!朝から、ゴタゴタは…お母さんゴメンだよ。」
渋々、良美は席に着いた。
当然、神崎とは、一番離れている。
また、余計な一言で地雷を踏むのが、恐くて…
神崎は、一切口を開かず、黙々と食べていた。
緊張を解いてやろうと、香代美が話かける。
「神崎さん、今日どこか行くの?」

しかし…この問いかけが…良美に火をつける…。

香代美の優しい気づかいに、神崎は、いつものチャラ男口調で答えた。
「やっぱり海でしょう!夏と言えば海。そうだ!香代美さんも休みなら、一緒に行きません?」
「ごめんなさい…。私…用事あって…。」
「そっか…残念ですねぇ…。」

良美が入ってきた。
「良いわね…。いい大人が、一週間も呑気に民宿なんか泊まって、平日の昼間に海なんか行けて…。」

神崎は、声を小さくして「すみません…。」
「何で謝るの!?良美そんな言い方失礼でしょう!」
紗羅子が良美を叱る。
朝は、コーヒーしか飲まない良美は、
仕事の書類を見ながら、コーヒーをすすり、
冷静で冷めた声で反論した。
「だって、本当のことでしょ?」
そして、神崎を見下しながら、問いかけた。
「あなた…何の仕事してるの?」

「まぁ…今風でいう…ニートってやつですねぇ…。あ!でも、ここの宿泊費は、払ってますし…帰ったら、仕事探しますよ!」
最後に「ハハハ。」と苦笑いするが…

良美は、舌打ちして…
「最低…金輪際、二度と私に話かけないで!」と
怒って、出掛けて行った。

またしても、重苦しい空気の中、朝食をとり
しばらくして、紗羅子は仕事へ、子供達は、学校に行った。
香代美と二人きりになって、
こんなことを言われた。
「ごめんね…。私のせいで…神崎さんに嫌な思い…させちゃって…。」
「いえいえ!全然気にしてませんし、香代美さん、何一つ悪くないですよ!」と持ち前の明るさで、ガッツポーズした。

午前十時_。
アヤが、「お兄ちゃん、手伝って!」と言って、
七人分の布団干しを手伝わされた。

「俺、客ッスよ…。何で、こんなことしなけゃいけないんですかぁ?」
「男のクセにぐちゃぐちゃ言わない!その分、今日は、夕飯豪勢だから!」

「マジッスか~。」とたかが、豪華な夕食のために
張り切って、手伝った。

布団が干し終わったのは、お昼の十二時半。
「お昼どうする?」
「あ!俺、これから海行くから、そこで適当に何か食べますよ。」

外は、絶好の海日和の炎天下だった。
水着などを、準備していたら、アヤがやって来て、
話かけられた。
「お兄ちゃん…。」
「はい!」
「良美のことなんだけど…。数々の無礼…本当にごめんなさいね。」
「自分は、平気ですよ!逆にお気遣いさせて、すみません。」

アヤは、神崎の部屋に座り込み、語り出した。
「…昔は…素直で良い子だったんだけどね…。いい大学出て、一流企業に勤めてから…変わっちゃったんだ…。」
「まぁ…でも!立派じゃないですか!」

「ごめんくださーい。」
下から、来客の声が聞こえてきた。

同時に、神崎も出掛ける。

平日の昼間とあってか、海水浴場は、空いていた。
水着に着替え、一服していたら…
思わぬ、人物と出くわした。

良美だ!!

高級そうなスーツを着こなし、
男性と、大きな地図みたいのを広げ、
仕事(?)の話をしているように見える。

数十分後、男性が先に帰り、
良美に近づき、話かける。
「どうも~。お仕事ですか?」

良美は、露骨に嫌な顔をして言った。
「二度と私に話かけないで!って言ったでしょう!」

「ごめんなさい。」と謝り、良美に背を向けた瞬間、痛烈な一言を浴びせられた。

「あの民宿…とっとと潰れて欲しいの…。」

良美に振り返り、問いかける。
「なぜです?」

「お客さんいたら…気を使うのが、疲れるし…」
「お母さんも…年だから…働いて欲しくないの…。」

「悪いけど…もう…帰ってくれる?お金は返すから。」

ザブーンと、波音も同時に聞こえた。

神崎はショックで、何も言えず、ただ呆然と、立ち尽くしていた…。

「荷物まとめて、明日には、出て行って…。」
そう言い残し、足早に去って行った。

気分が晴れず、ポジティブで明るさだけが、取り柄の神崎だったが、さすがに落ち込み、砂浜に座り込み、
ただボーッと海を眺めているだけだった。

その日の夜_。

良美以外、全員揃っていた。
アヤが、一人、三百グラムのステーキを用意した。
「お兄ちゃん、約束通り、豪勢な晩飯だよ!沢山お食べ。」
下を向いて、まだ落ち込んでいた…。
それを察知して、紗羅子が問いかける。
「どうしたの?」
昼間、良美に言われたことを言うわけには、いかない…。
「ちょっと体調悪くて、すみません…。お先、休ませて頂きます…。」

ガラガラガラ_。
凄い勢いで、引き戸が開き、
良美が、血相を変えてやって来た。
「皆、会社の大事なSDカード落としちゃったみたい…一緒に、探してくれない?」

子供達以外、全員で手分けして探すことになった。

本日、思い当たる行動場所をことかまかく探す。

約三時間、懸命に探すも、見つからなかった。

しかし、四時間後の夜十時になっても、
神崎だけ、帰って来なかった。

良美が、電話をする。
「何処にいるの?もういいから。」

「大事な物なんでしょ?絶対探し出しますから!」

さらに一時間後_。
「もう…本当にいいから!」

「うるさいなぁ…俺の自由でしょ?」

夜中の十二時を回り、良美以外、全員就寝した。
良美も、うとうとして寝ようと、立ち上がった時、
着信音が鳴る。

神崎からだ。
「ありました。」
「本当!?」
「バス停のベンチの下に。」

ガラガラガラ_。
神崎が帰って来た!

一目散に、駆けつけ…
神崎は、手の平に小さなSDカードを見せながら
「これですか?」
無言で、頷き、礼も言わずに去って行った。

神崎は、風呂に入り、びっしょりかいた汗を流した。

入浴後、居間に明かりが点いていた。
頭を拭きながら、確認すると…

良美がビールと枝豆を用意して待っていた!

お酌してもらい、しばらく沈黙した後に言った。
「あのさ…ありがとう…。」

軽く頭をペコりと下げ、神崎は、無言で枝豆を頬ぼっていたら…
「それから…昼間のこと…少し言い過ぎた…ごめん…。ちょっと…仕事上手くいかなくて、君にあたっちゃった…。」
「全然気にしてません。」という素振りを見せた。

良美も、牛乳を用意して、一口飲み、
「勿論、帰らないでね!居ていいからね。」
「どうも。」と相変わらず、喋らず、よそよそしい素振りだけで反応する神崎を見て、
「あのさ…何か喋らないの?…。」

急に、ニヤリと笑みを浮かべ、
「明日休みですよね?一緒に、どこか行きません?」
いつものナンパ口調のお調子者に戻り、
それを聞いた良美は、呆れ顔して、
「地球であなたと二人きりになっても行きません!」
とキッパリ断り、
「お休み!」と怒り口調で、居間を後にした。

何は、ともあれ…
良美と、一歩近いたことが、嬉しかった。

そして、今後「民宿朝里」に様々なドラマが生まれる。

この物語はフィクションです。

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17,076字

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