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【長編小説】冬の民宿

登場人物紹介
【神崎仁雷】
通称ジン、民宿「朝里」の主。
イケメンな風貌だが、性格は、いい加減で、チャラく、お調子者。
【神崎良美】
通称良美、ジンの嫁。
美人で、元キャリアウーマン。一流企業を辞めて、実家の民宿「朝里」を継ぐ。バツイチ。
ジンとは、正反対で、頭が良く、真面目。
また、サバサバした性格と、言い回しが特徴。
【神崎風菜】
通称風菜、良美の連れ子。
中学二年生。素直で優しい娘。
【沙羅子】
良美の姉。バツイチで、元旦那との息子大輝、
今の亭主の隆一郞との子供、マナブの二児の母。
【香代美】
良美の妹。独身、CA勤務。
【アヤ】
良美の母。良美が継ぐ前に、一人で、民宿「朝里」を、経営していた。数年前に他界。

この物語はフィクションです。

「第一話 現実」

今年の夏は、暑かった。
長引く梅雨と不況の中…それでも、盛大に盛り上がった。新潟県は、上越市、鵜の浜海岸、近辺に、
ごく平凡な民宿が、存在する。
婿のジンは、チャラチャラしていて、お客にも、ナンパする有り様…。また、いい加減で、頼りがも、無いが…一応、一国一城兼、民宿の主だ。
そんなダメ亭主を支えるのが、妻の良美。
ジンとは、正反対で、頭が良く、真面目。
サバサバした性格と、言い回しが特徴的だ。
どういうわけか!?能天気なジンに感化され、
一流企業を辞め、元の旦那と離婚して、
裸一貫で、一緒になった。
だが、最近では、「物凄く、後悔している。」と、愚痴を頻繁に溢す。
それはさておき、帳簿や、電話対応、すなわち営業や予約受付等が、彼女の担当だ。
しかし、元キャリアウーマンの器量を持っても、
経営は、傾いていた…。
民宿といえば、夏が一番のメイン。
毎年七月から九月にかけて、一日も、休みを取らず、
働いて、そこそこ蓄えは、まかなえるが…
今年は梅雨が、八月まで明けず…台風の影響もあって、海開きが遅く、キャンセルも相次ぎ…
例年の半分以下の売り上げだった…。
頭を抱え、廃業危機の状況下の中、
ジンは、良美に、こんな台詞を吐いた。
「呑み行くから、お金頂戴。」
「はぁ~?アンタ、馬鹿なの!そんな余裕あるわけないでしょう!ココ、潰れるかも知れないのよ!ちょっとは、何か考えてよ。」
「そんなこと言ったって、秋や冬に、海に来る輩は、少ないし、ましてや、こんなボロっちい民宿泊まる物好きなんか、居ないって。」
「何、開き直っているの…。」
「呑み行ったら、良いアイデア浮かぶかも!」
「ダーメ!」
(はぁ…。)良美が、深いため息をつく。
冷蔵庫から、缶ビールを取り出し、一口飲んで、ジンが、呟く。「もう少し、料金下がれば?薄利多売方針で。」、「ウチは、これでも格安なのよ。これ以上安くしたら、利益なんか…二束三文にしかならないわ。」、「それでも、客が入って、口コミやネットなんかで、知名度上げれば、未来の利益に繋がると、思うけどな…。」
そこへ、娘の風菜が、やって来た。
風呂上がりで、飲み物を取りに来たついでに、
「おやすみ~。」と、呟いて、リビングを後にした。
バタン。と、ドアが閉まる音を確認してから、
良美がそっと、囁く。「あの子だって、来年受験だし…私立の高校行くとなると、お金もかかるし…。」
「良し、わかった!」と言って、ジンは、こんな提案をする。「俺、バイトするよ。」
「えっ!本当に?」、「とりあえず、明日から探してみるよ。」

翌日______。
求人雑誌を漁り、時給が高い夜間警備のバイトを申し込んだ。人手がかなり不足しているらしく、
早速、今夜から働くことになった。
難しい技能や資格も無く、誰にでも出来る仕事だが、肌寒い、秋の深夜に、慣れない立ち仕事で、
初日は、時間が経過するのが、遅く感じ、
足腰も、筋肉痛になった。
早くも、「辞めたい」と、呟いたジンだったが、
一週間もすると、慣れ、職場の人間関係も、良好で、続けることにした。
一方で、良美にも、オファーが来ていた。
それは、前に勤めていた一流企業のライバル会社だ。
有能な良美を、ずっと引き抜きで、狙っていたらしい。しかし、いくら元キャリアウーマンの良美でも、
数年のブランクがあり、誘いに乗りたくても、
自信がなかった。でも、生活と、娘の将来の蓄えのために引き受けることにした。
最初は、久しぶりの現場復帰、特に不慣れなディスクワークに戸惑ったが、すぐに、勘を取り戻した。
数日後には、企画書を作成して、それが採用され、
早速、会社に貢献した。
回りの拍手の渦に、社会に戻って来た実感をした。
「やりがい」を取り戻した良美は、次から次へと、
業務をこなし、営業にも出て、大口契約も取った!
その功績が、認められ、早くもスピード出世した。
しかし、私生活はというと…
昼間務めの良美と、夜出勤のジンは、完全にすれ違い、ほとんど、顔も合わすことがなければ、当然会話もなかった。
そんな、ある日______。
良美の姉、沙羅子が、やって来た。
夜勤明けで、眠たい目を擦りながら、ジンが出迎えた。「どうも、お久しぶりです。」
リビングに案内するなり、コーヒーを煎れている最中、沙羅子が、こんな質問をぶつけてきた。
「ねぇ…アンタ達、このまま、こうして行くつもり?民宿は、どうなってしまうの?」
「まぁ、夏以外は、ほとんど売り上げ無いですから…。」、続けて、今度はジンが問いかける。
「大輝君と、マナブ君、元気ですか?」
「元気よ。話を反らさないで!」
調度、良美が帰って来た。「あら、お姉ちゃん。来てたんだ。いらっしゃい。」の一言に、やや不機嫌な口調で、沙羅子が、指摘する。
「今、ジン君とも話していたんだけど、民宿は、このまま夏以外開けないつもり?」
「そのつもりだけど。」
「アンタも、ジン君も、変わったわね…。最初、あんなに、この民宿を盛り上げようと、意気込んでいたのに…。」
沙羅子に、背を向けて、買って来た惣菜を温めながら、良美が、それに答える。
「お姉ちゃんには、わからないわよ。今年の夏だって、梅雨や台風で、全然、お客さん来なかったし、風菜だって、これから、もっとお金かかるし…民宿経営だけで、現実的には、やっていくのが、厳しいのよ…。」、沙羅子が、さらに指摘する。
「そんな…出来合いの料理なんか、買って、風菜も、ジン君も、栄養偏るじゃない!ちゃんと作りなさいよ。」、良美の表情が険しくなり、反論する。
「ほっといてよ!そんなこと言いに来ただけなら、帰ってくれる!」
「まあまあ。」と、言ってジンが止めに入る。
だが、矛先が、ジンに向けられた。
「あなたも、あなたよ!甘やかすから、この女が、付け上がるのじゃない!大体…お互いに、働く時間、すれ違って、ちゃんと会話出来ているの…?」
「それこそ、余計なお世話よ!もう帰って!」と、良美の罵声が飛ぶ。
沙羅子は、バッグから何かの書類を取り出し、こう言った。「ママ友の知り合いで、京都の中学校の女子バスケ部が、合宿で、この民宿を使いたいって、頼まれたんだけど…。今日は、その用事で来たの。」
続け様に、「考えといて…。」と、言い残し、沙羅子は、家を後にした。
「女子中学生」と、聞いて鼻の下を伸ばし、
「どうする?」と、問いかけるジン。等の本人は、
言うまでもなく、乗り気だ。
「日程的には、役員会議もあるし、次の日は、重大な取引もあるから…。断るしかなさそうね。」
「でも、せっかくの団体客なんだしさぁ…。それに、沙羅子さんの面子だって、あるし…。」
「無理なものは無理ね。」
「それなら、お前は、仕事行っていいから、俺一人で、やっていいかな?」
「あなた一人、何が出来るの?料理も、ベッドメイキングもろくに出来ないじゃない!どうせ、JCと聞いて、イヤらしいこと想像しているだけでしょう…。」
「そ、そんなこと…な、ないよ…。」
「それと…この機会に言わして貰うわね。お母さんには、悪いと思うけど、ここ…畳もうと、ずっと考えていたの。」
「いや、いくらなんでも、それは…反対だ。」
「ついでに言うと、あなたとも離婚を考えているの…。」、「えっ…!…なぜ…?」
「お姉ちゃんの言う通り、私達、ほとんど話さないし、時間も合わないし、夫婦でいる価値あるのかしら?」、「でも、たまに休みが重なって、メシ食いに誘っても、お前が、気乗りしないだけじゃんか!」
二階から、風菜が降りて来て、呟いた。
「うるさい!勉強の邪魔!」
「ごめん…。」、ジンが謝る。
娘を気遣って、小声で、やり取りが始まった。
「心配しないで、慰謝料とか、一切請求しないから、大人しく、離婚に応じて。」
「ちょっと待てよ…。俺の何が気に入らないの?」
「そういうことじゃないの!私、やっぱり、社会復帰して…仕事が生き甲斐だって、思ったの!ハッキリ言って、仕事で疲れて、あなたの料理、洗濯もやりたくないしさぁ…。」
「それなら、やらなくても良いよ。ていうか、家事は、俺が全部やるから。だから、離婚は考え直して、くれない?」
「…。」、良美は、それでも首を縦に振らず、
離婚する方針で、話は勝手に進み、この日から、
ろくに、口も聞いて貰えず、目も合わせなければ、冷めた態度を取り続けていた。
沙羅子を呼び出し、相談した。
すると、血相を変えて、沙羅子が呟いた。
「あの女!自分勝手な…!私が、ガツンと言ってやるよ!」
「無駄だと思いますよ…。今のあいつに、何言っても、聞く耳、持ちませんから…。」
すると、そこへ、「ごめんください。」、玄関から、誰かの声が聞こえて来た。
「はい。」ジンが対応した。
普通の男女の夫婦に、小学生位の姉弟の四人家族だ。
旦那さんが、話かけて来た。「すみません。予約していないのですが、今晩、泊めて頂けますか?」
沙羅子と顔を合わせ、「はい!どうぞ。いらっしゃいませ。」と、良美の許可なく、勝手に了承した。
客室は、綺麗なままだったので、すぐに案内出来る。
沙羅子が、料理を拵えることになり、買い出しから、すぐに作業に、取りかかった。
一方で、ジンは、リビングに招き入れ、お茶を出し、
子供達と、遊びがてら、夫婦と会話した。
「すみません。遊んで頂いて。それにしても、助かりました。行く予定だった旅館が、手違いで、予約取れてませんでしてね…。」
「ああ。天如館さんですか?」
天如館とは、この周辺で、一番格式が高い、旅館だ。
「そうです!奮発して、楽しみにしていたのですが…。」
「申し訳ないですね。それが、こんなボロっちい民宿に泊まるハメに、なってしまって。」
「いえいえ、そんなつもりで、言ったんじゃないんです。」
数時間後_______。
豪華な刺身が、食卓に並ばれていた。
ずわい蟹もある。「すげえ~。」と言って、子供達は、大絶賛した。大人達も、「新鮮で、凄く美味しいです。」と、呟いて頬張っていた。
沙羅子は、地元の漁師に顔が利く。
ジンが、耳元で、(ありがとう。助かった。)と囁いて、礼を言った。塾から、腹を空かせて帰宅した風菜が、やって来た。状況を説明して、すぐに理解してくれた。夕食後は、子供達と、一緒になって遊び、すっかり溶け込んでいた。
そんな中、良美が、帰って来た…。
違う部屋に、呼び出し、同じく、状況を説明するも…
やはり、大反対だった…。
そして、返ってきた言葉は、「すぐに、お引き取り頂いて!」
「何言ってんだよ、そんなの無理に決まっているだろ!今夜、一晩だけ、良いだろう?」
「仕事で疲れているのに…他人がいたら、気を使って、休めないじゃない!だから、早く、ここ閉めたいのよ。」
沙羅子が、一万円札を取り出し、「じゃあ、アンタ、一晩だけ、ビジネスホテルで過ごしてよ。」
「嫌よ。面倒くさい。ここは、私の家なのよ。私が嫌って言ったら、追い出して!」
「ちょっと待てよ!俺だって、この家の婿なんだぜ。」
「あなたとは、離婚だって言っているでしょう!」
喧嘩は、エスカレートして、声が大きくなり…
客室にまで、筒抜けていた…。
ゆっくり、階段を降りて来て、旦那さんが、こんなことを言い始めた。「あのう…。急用、思い出したので、帰ります。」、ジンが、すかさず止めに入る。
「ちょっと待って下さい!今の会話…聞こえちゃいました…?すみません…全然問題ないので、何も気にしないで下さい!」
「でも…。」奥さんも、遠慮がちに、そう呟いた。
(今回だけだから…。)と、顔をひきつって良美は囁いた。「いらっしゃいませ。」と、態度を豹変して、客に、笑顔でそう唱えたが…目が笑っていないのは、一目瞭然だ。

全員、風呂も入り、ジンと旦那で、一杯やっていた。
旦那が気にかける。「本当に大丈夫だったのでしょうか?」、「何がですか?」
「なんか、ウチらのせいで、奥様と、揉めていたみたいでしたから…。」
「あぁ。お恥ずかしい話、少し前から、離婚話になっていて…全然、関係ないですよ。むしろ、ごめんなさいね。嫌な想い、させてしまって。」

翌日。帰る前に、釣りをしたいとのことなので、
海に案内した。子供達と一緒に、ジンも横並びで、楽しむ姿が、そこにあった。
この日、休日だった、良美も、その場に同行した。
奥さんと肩を並べて、コーヒーを啜っている。
奥さんが、チラリと、良美の方を向き、話かけた。
「料理も美味しかったですし、居心地も凄く良かったです。むしろ、天如館よりも、こちらに泊まれて、楽しかったです。子供達も、沢山遊んで頂いて、また来たいです。」
「ありがとうございます。でも、近々、あの民宿閉じる予定です。」
「そうですか…とても、残念です…。」
二人の視界に、遠くで、無邪気にジンと子供達が釣りしている姿が映っている。良美が、突然、ぼそっと呟いた。「この海で…あの人に、プロポーズされました。」、「えっ!そうなんですか…!」
「私には、当時、旦那も居たし、そこそこ名のある会社に勤めておりました。」
「はぁ…。」
「全てを捨てて、あの人についていく決心をしたのに…」、良美は、ハッと我に返り、「あっ、すみません…つい、うっかり、愚痴っちゃいました。」
「間違ってなかったんじゃないですか?」
「えっ?」
奥さんは、自分の子供を見つめながら、こう言った。
「あの子達、人見知りがあって、特に、大人が嫌いみたいなんです。親戚や、旦那の友人が、家に来ても、絶対、自分たちの部屋から出て来ないですし。」
一呼吸して、言葉を続けた。
「そんな、あの子達が、あんなに懐くってことは、何か魅力的で、少なくとも、悪い人では、絶対ないと思います。ほら、子供って、大人に対して、見る目があるって、良く言うじゃありませんか?」
「褒め過ぎですよ。お調子者で、能天気で、いい加減で…何で、あんなのと、一緒になったんだろう…。」
子供達が駆けつけて、自慢気に呟いた。
「ママー見て!お魚さん。釣れたよ。」
「お~凄いね!」
息子も、バケツの中を見せて、「俺なんか、三匹も釣ったんだぜぇー!」、そして、続けざまに、こんなことも呟いた。「このお兄ちゃん、一匹も釣れなかったんだぜ…プププ。」
「コラー、本日は、調子悪かったの。」
旦那が、腕時計を見て、呟いた。
「さて、そろそろ帰るか。」
「えー、もっと居たい!」、息子が駄々をこねる。
すかさず、母親に怒られる。「明日から、学校でしょ?帰るわよ。」
子供達は、渋々、車に乗り込み、最後に、こんなことを言った。「お兄ちゃん、また遊ぼうね。」
「おう!次は、釣り負けないからな!」
「どうも、お世話になりました。」夫婦は、深々頭を下げ、ジンも、良美も、「ありがとうございました。お気をつけて。」と言って、それに応えた。
「また、お越しください。」の一言は、言えなかった。子供達は、最後まで、後部席から、手を振っていた。車が見えなくなるまで、見送り、
良美と、二人だけの気まづい空間になってしまった。
さっき、良美のハンドバッグから、うっすら見えた離婚届が…いつ、出されるか、冷や冷やしていたら…
「あのさ…。話が、あるんだけど…。」
早くも、切り出された。
先手を打って、ジンが、こんな提案をする。
「俺、やっぱり…民宿が好きだ。辞めたくない!バイトも続けるし、家事も全部する。お前に、一切迷惑かけないから…。離婚考え直してください!それと、民宿潰さないでください。」
ジンの願いも虚しく…
無情にも、良美は、バッグに、手をかけた。
そして、「悪いけど、もう決めたことだから…。」と、言って、離婚届を差し出した瞬間!
突風で、舞ってしまった!
「あぁ…」思わず良美の声が洩れる。
遠くまで、飛ばされ、海の中心部まで、落ちる様を、
二人で、見届けていた。
その一部始終を見ていた沙羅子が、やって来て
こんなことを呟いた。
「これは、離婚するな!って、お告げだね。」
ジンが、沙羅子に礼を言う。
「沙羅子さん。ありがとうございました。お客さん達、満足して帰って頂きました。」
(どういたしまして。)と、それに応え、良美に問いかける。「どうするの?また市役所行って、離婚届、取りに行く?それとも、もう少し様子みる?」
フン!と、そっぽを向き、こんな台詞を吐き捨てて、去って行った。
「もう少し様子見てやるわよ。無駄だと思うし…私の意思は、変わんないけど!」
ジンと、沙羅子は、ハイタッチを交わして、
「よっしゃあー!」と、喜び、離婚と民宿「朝里」の存続は、一時的に免れた。

「第二話 JC団体客」

沙羅子のママ友の知人経由で、
東京都の女子中学生バスケ部が、合宿で、泊まりに来ることになった。顧問の先生や、マネージャー等も含めて、総勢二十五名だ。
久しぶりの団体客で、ジンは、緊張していた。
良美は、勿論、手伝わないので、
実質、一人で、請け負うことになる。
しかし、暇を持て余している沙羅子が、「手伝う。」と、言ってくれた。心強い!当然、バイト料を払い、
食事係を担当して貰った。
しかし、疑問が残る。沙羅子だって、再婚したばかりで、その相手との子供も、まだ小さいのに、
一週間も、家を空けて大丈夫なのだろうか?
しれっと、問いかけてみると…
「あぁ…ウチは、大丈夫。むしろ、家に居たくないくらい…。」
再び、疑問をぶつけてみた。
「何で、ですか?」
「…姑…。」
そうだった!「鬼のように、口うるさい姑に、悩まされている」って、良美から、少し聴いたことある。
それ以上は、聞かなかった。

当日__________。
バスが見えた。ジンと、沙羅子で、出迎える。
ジンが、女子生徒ひとりひとりに、「いらっしゃいませ~。」、「君可愛いねぇ~。」等、ナンパ口調で、声をかける。しかし、恐がって、それに答える生徒は、一人も、いなかった。
顧問の先生は、ガッシリした、恐そうな中年男性だった。熱血硬派という感じで、厳しそうな印象だ。
「本日から、一週間、お世話になります。」
「いらっしゃいませ。」
振り向いて、命令口調で、生徒達に呟いた。
「早速、筋トレするから、着替えて、外に集合だ。」
「ハイ!」、合唱部のように、声を揃えて、生徒達は、それに答えた。
そして、恐そうな先生が、ジンと、沙羅子に、こんなことを言った。「食事なんですが、電話でも、伝えた通り、栄養バランス重視で、お願いします。」
沙羅子が、事前に作った献立表を見せて、
「こちらのメニューで、よろしいでしょうか?」
「お手数おかけします。バッチリです。」
「夕食は、七時からになります。」
「わかりました。」
準備が整い、各自ウォーミングアップしている生徒達を遠くから、鼻の下を伸ばして見ているジンに、
沙羅子に叩かれて、突っ込まれた。
「コラ!さっさと、仕事しなさい。」
「だって、ほらぁ~!ブルマに生足!眩しー!」
「そういうこと言っているから、良美に愛想つかされるんでしょう!」
先程、部長から、練習メニュー表を貰ったのを思い出し、見てみると。
四キロマラソン、海岸で、腕立て伏せ、腹筋の基礎トレーニング…「うわぁ…俺なら、この時点で、ギブだね。」と独り言のように、ぶつぶつ呟いた。

夕方五時半______。
汗だくで、へとへとしながら、部員達が、帰って来た。「皆、お疲れ様~。」、「腹減ったねぇ~。メシ沢山食べてね!」、ジンの茶化した呟きが、疲れた彼女達を余計イライラさせ、そそくさと、浴槽に足を運んだ。厨房で、ジンがそわそわしていた。
不思議に思った沙羅子が、問いかける。
「どうしたの?」、「いやぁ~JCが、風呂に入っているって、想像すると…なんかこう~モヤモヤして。」
(はぁ…。)軽くため息をついて、「あほくさ。無駄口叩いてないで、盛り付け急いで!」

数時間後_______。
ジンと、沙羅子と、先生で、寝る前の晩酌をしていた。ジンが本気で、羨ましそうに、呟いた。
「可愛い生徒さん達に、毎日囲まれて、幸せですな。」、とっくりを一気に飲み干し、先生が、それに答える。「物覚えが悪い奴ばかりで、手が、かかりますよ…。」、「バスケのことは、ともかく…目の保養に、なるじゃないですかぁ~。」
「コラー!」沙羅子が、注意する。
そこへ、一人の生徒が、ふらっとやって来た。
「先生…。」
何か、思い詰めた表情と、声のトーンだった…。
「どうした?田崎。もう、就寝時間過ぎているぞ。」
「ちょっと…相談が、ありまして…。」
「明日聴くから、もう寝なさい。」
ジンが、割って入る。「まあまあ。良いじゃありませんか!恋の相談かな?僕で、良ければ聞くよ~。」
相変わらず、茶化した態度で、先生が、睨みながら、こんなことを口にした。「余計なこと言わないで下さい!」、沙羅子が、謝る。「ごめんなさい。」
そして、「バカ!」と言って、ジンを叱った。
「すみません。」と謝りつつ、肩をガックシ落とし、重い足取りで、部屋に戻って行った彼女のことが、気がかりだった。
翌朝。洗面所で、歯を磨いている時、
昨夜の彼女に話かけられた。
「あのう…。すみません。タオルお借り出来ますか?」、「ハイハイ!」と言って、タオルを手渡したら…全身ずぶ濡れの彼女が、そこに居た…。
(いじめられている。)と、すぐに状況を察知した。
しかし、彼女にもプライドがあるため、下手に同情せず、あえて、何も言わなかった。
お昼時には、ひとり、孤立して食べていた。
顔や、腕にアザがある…。
先生が、問いかける。「田崎どうした?その傷?」
「…転んでしまって…。」
「そういえば、お前、昨日、相談あるって言ってたな。今、話してみろ。」
「…いえ、大丈夫になりました…。」
ジンは、沙羅子を別室に呼び出し、
何とか、彼女に救いの手を差し伸べたく、相談した。
「彼女も傷つけず、何か良い解決策、無いですかね?」、「助けてあげたいけど…私達は、あくまでも、従業員なんだから、下手に首を突っ込んじゃダメよ!」、「それは、わかっていますけど…。」

その日の深夜_______。
真っ暗な海を目の前にして、靴を脱ぎ、遺書らしきものも置いて、飛び込もうとする彼女の姿があった。
ゴーゴーと、吹き荒れる風と波に、恐怖心が煽られたのか?なかなか踏み込めないでいた。
深呼吸して、覚悟が決まったのか…ふらっと、無気力な足取りで、一歩…また一歩…進む…。
「ねぇ~ねぇ~。ちょっとお茶しない?」
大声で、ジンが話かける。
驚き過ぎて、彼女は、その場に、腰を抜かしたように、座り込んでしまった。
しばらくして、彼女が呟いた。
「な、何何ですか…?」
「コーヒーブレイクしようよ!」
「…嫌です…。」
「いいから!」と言って、強引に腕を引っ張り、
呼び寄せた。
焚き火をしながら、二人で、ホットコーヒーを啜り、ジンが、信じられないことを口にする。
「悪いんだけど、君のことが、心配で、ずっと、後をつけて来ちゃった。それで…死ぬんなら、ヤラせてくれない?」
「はい?」
「どうせ死ぬなら、エッチさせてって、言っているの!」
「…嫌です…。ていうか、何何ですか!普通、こういう状況で、止めに入りません?」
「さぁ、俺は、本能で生きているからねぇ。」
「でしょうね。かなり変わってますもんね…。」
ジンは、真剣な面持ちで、こんなことも口にした。
「それか…ひとりで死ぬの、怖ければ、一緒に死んでも良いよ。」
「…。」
彼女は、無言になり、焚き火の火をじっと見つめ、
数秒後に、ぼそっと囁いた。
「私なんかと一緒に死ねるなんて…どうして、そんなに軽はずみなことを言えるんですか?」
「本気だけど。」
「初対面で…何で、そんなこと出来るんですか!」
「知らない。さっきも言ったけど、物事深く考えてないから。本能で思ったことを行動するだけだから。」
そう言って、ジンが、海に足を運んだ。
「ちょっと!待って下さい。やめて下さい!」
彼女の制止を振り切って、飛び込んだ。
ザボーン!!
「キャー誰かー!!」彼女が、大声で助けを求める。
しばらくして、ジンがあがってきた。
「ダメだな。」
「えっ?」
「今日は、寒い。明日にしよう!」
再度、焚き火にあたり、ぶるぶる震えているジンを、凝視して、彼女が問いかける。
「あのう…本当に…何者なんですか…?」
「ただの民宿の人間だよ。まぁ、もう、オッサンだけど。」
「いえ、なぜ、赤の他人に、そこまで、するんですか?」
「君だから言うけどさぁ…。あの民宿、経営ヤバいんだ。深夜、警備のアルバイトもして、正直、体もキツイし…妻にも…離婚突きつけられて、生きるのしんどくなってきた…。」
「…そうだったんですか…。」
「でも、君に、話して、少し楽になった。ありがとう。」、「いや、私、何もしていないですよ。」
「ということで、もう少し頑張って俺は、生きようと思う。君は?」
「あっ…何か、私の悩みなんて、ちっぽけに感じました。私も、その…死ぬの止めます。」
ジンが、タバコに火を着けて、真っ暗な海を見つめ、ゆっくり語り出した。
「俺さぁ、ちょうど君の年の頃、いじめ受けてた。
だから、君の気持ち凄く良く分かる。いじめられていること恥ずかしくて、誰にも、同情されたくなかったし…高校に入ると、今度は、いじめる側の人間に、なっていた…。俗に言う、高校デビューってやつ?」
「そうなんですか?」
無言で頷き、話を続ける。
「心が痛かった…。虚しくもあった。だから、いじめを受ける側の気持ちも、いじめる側の気持ちも、両方分かる。」
「どうすれば良いんですか?」
「多分、どんなに高度な科学が進んでも、いじめは、失くならないと思う。ただし、自分のハッキリした意思で、言い返したり、やり返す、最初の一歩を踏み出す勇気が出来れば、解決に繋がると思う!」
「…。」
「そろそろ、帰ろうか?風邪ひくし、起床時間早いし、」
「はい。」、小声で彼女は、そう頷き、
夜の浜辺を、てくてく歩いている道中、
こんなことも呟いた。
「ありがとうございました。」

翌日には、彼女は、笑顔で、輪の中に入っていた。
きっと、大きな一歩を、踏み出したのだろう。
夕食時、それに、感化されたジンは、良美に、突然、こんなことを言った。「良美!やっぱり、お前しかいない。一生ついてきてくれ!」、食事をしていた生徒も、沙羅子も、良美も、一同静まり返り、唖然とした様子で、良美が、それに答える。「あんた、生徒の前で、何言ってんの…?」、しかし、生徒達は、拍手する。彼女と、目が合って、ピースする。
「あほくさ。」と、呟いて、トレイに、食器を乗せ、
洗い場に、運び、そそくさと、立ち去ろうとする良美に対して、生徒達から、ブーイングが飛ぶ。
「お姉さん、ちゃんと答えてあげなよ。」
「そうだよ!」
なかには、「ヒューヒュー。」と、煽る女の子もいた。良美は、生徒達に振り返り、通告した。
「あのね。君達、大人になっても、こういう男、絶対選んじゃ、ダメよ!」
ニヤニヤして、羨ましそうな眼差しで、見ている生徒達を前に、そう言い残し、良美は、その場を後にした。

この日、良美は、オフだった。
合宿中の生徒達も、練習が休みで、自由行動の日だ。
ジンと、沙羅子で、観光がてら、数名を案内した。
と言っても、水族館くらいしか無いが、
それでも、都会暮らしの生徒達は、子供のように、はしゃぎ、楽しんでいた。
一方、宿で、勉強するグループも居た。
国立一期を卒業している、良美が、面倒を見ていた。
彼女達の解らない問題に、丁寧に分かりやすく、教えた。こんな質問も、飛んできた。
「ジンさんのこと、どう思っているのですか?」
「こら~!勉強と関係ないでしょう!野暮なことは、聞かないの!」
お昼を挟んで、休憩中に、先生が、こんなことを呟いた。「すみませんね。せっかくのお休みなのに、勉強の相手して頂いて。」
「いえ、暇ですし、全然構いませんよ。先生も、せっかくなので、どこか、観光に行ってらしたら?」
「そうですね…。じゃあ、ちょっと、出掛けて来ます。生徒達のこと、宜しくお願いします。」
「行ってらっしゃい。」と、見送ったが、
朝から、ずっと携帯をいじっていたのが、何気に、気になった。メールのやり取りをずっと、していたから、「恋人とのやり取り?」
そんな、些細な疑問を抱きながら、勉強は、再開された。午後は、無駄口を叩く者も居なく、黙々と、時間が過ぎていく。
夕方になると、観光組が、帰って来た。
静まりかえっていた民宿が、騒がしくなりそうだ。
案の定、「ただいまー!!」と、元気な大声で、
ジンが呟き、続けて、こんなことも口にした。
「皆、今夜は、バーベキューやるぞ!」
勉強組も、「やったぁ~。」と、喜んで、それに応える。良美と沙羅子と、料理が得意な生徒二名が、調理にかかり、ジンと、数名の生徒が、バーベキューのコンロや、皿等の下準備に取りかかった。
数時間に、「乾杯~。」と、言って、
美味しそうに、焼きあがった肉を皆で、頬張った。
ジンが、素朴な疑問をぶつける。
「あれ、先生は?」
良美が、その問いに答える。「そういえば、出掛けたっきり、帰って来ない…。」
「どこ行ったの?」
「確か、人魚館。」
「そのうち帰って来るでしょう。でも、先、食べたのまずかったかなぁ?」
ひとりの生徒が呟く。「良いんじゃない?」
シメの焼きそばも、平らげ、先生は、一向に帰って来なかった。電話にも、メールにも、応えず…
不安が過る…。「俺、ちょっと見て来る!」と言って、ジンが、足を運ぼうとしたら…
ベロベロに酔っ払った先生が、帰って来た。
顔を真っ赤にして、玄関で、倒れるように、寝っ転がった。ジンが、問いかける。
「先生…生徒達の前ですよ。しっかり、して下さい。」
「フラれましたよ!」
「は?」
「顔も、性格も、暑苦しいってよー!」
ジンは、隣にいる生徒に問いかける。
「キャラ変わり過ぎじゃねぇ?先生、酒癖悪いの?」
ドン引きしながら、その子が答えた「…さぁ…。」
まだ、ギャーギャー騒いでいたが、誰も、聞く耳持たず、部屋に運ばせて、寝かせた。
「頭痛い!」と、呟いて起きて来たのは、深夜一時を回っていた。リビングに居る、ジンと、良美の姿を見て、申し訳なさそうに、謝る。
「すみません…。全然記憶無いのですが…。」
経緯を説明したら、
「申し訳ありませんでした。何か、失礼なこと…言ってませんでしたか…?」
良美がその質問に答えた。「私達、大人はともかく、生徒達の前で、あの態度を、見せるのは、良くないですよ。」
「そうですよね…。」
ジンが、かばう。「でも、先生だって、人間だし、ヤケを起こすことだってありますもんね!」
「婚活アプリで、出逢った女性が、この近辺でして、そんな不純な理由で、この民宿を選んだんです。
本当、最低ですよね。」
「まぁ、でも、今日は、休みだったし、合宿中は、真面目に、取り組んでいたのだから、良いんじゃないですか?」
「きっぱり、フラれたし…明日から、また、頑張ります。」
翌朝、朝食の前に、先生が、生徒達の前で謝った。
「昨夜は…酔っ払って、見苦しい態度をとって、申し訳なかった。合宿も、後半に入り…本日は、練習試合もある。気を引き締めて…」
ひとりの生徒が、突っ込む。「先生が、気を引き締めてよ。」、その一言で、爆笑の渦に、場が和んだ。
「調子に乗るな!」と、先生は、逆キレして、
いつもの厳格な教師に戻った。

親善試合は、敗戦に終わったが…
色々な欠点や改善点等も、見つかり、無駄ではなかった。その日の夜、奮発して、特上寿司を取り、
負けて落ち込んでいる生徒達を励ました。
新潟の採れたの魚とコシヒカリを使用したシャリは、他の何処の寿司屋よりも、美味しく、
コロッと上機嫌になった。

翌日_______。
合宿、最終日だ。
この日は、基礎トレーニングのみの、簡単なメニュー。皆、どこか元気がない…。
沙羅子が、問いかけた。「どうしたの?」
ひとりの生徒が呟く。「今日で、この民宿とも、お別れとなると…なんだか、寂しくて…。」
他の部員達も、ウンウンと、頷く。
ジンが、それに答えた。
「嬉しいこと言ってくれるじゃん!俺も淋しいよ。」
沙羅子も、援護する。
「良かったら、また、冬休みにでも、遊びに、いらっしゃい。」
「はい!絶対来たいです。」
昼食をとってから、別れの時が、やって来た。
「手紙書きます。」、「楽しかったです。」
「色々、お世話になりました。」、生徒達から、沢山、感謝の言葉を頂いた。
ジンと、沙羅子は、見えなくなるギリギリまで、走って、手を降って、見送った。
生徒達も、全員、バスの後部席から、手を降っていた。

後片付けをしている時、ジンが、ふと思ったことを口にした。「あんだけ、賑やかだったのに、寂しいですね。」、山のような洗い物をしながら、沙羅子が、それに答える。「そうだね…。お客さんは、帰るのが憂鬱って言うけど、私達も一緒だよね。」
「民宿やってて、それが、一番辛いですよね。」
その日の晩______。
残業で、遅い夕食を食べている良美に、ジンが、話かけた。「勉強教えた生徒さんが、お姉さんに宜しくお伝えしてってさ。」
良美は、スルーして、黙々と箸を進めている。
「なんか、リアクションしろよ!あと、ひとりの生徒が、将来、良美みたいに、なりたいってさ。」
良美が、やっと口を開く。
「ふーん。」
「それだけかよ?どうして、お前は、そんなにサバサバしているの…?」
「ごちそうさま。」、そう言い残し、そそくさと、自分の部屋に戻って行った。
沙羅子が、ジンに呟く。
「ああ見えて、結構、寂しがっているのよ。」
「そうなんですか?そうには、見えませんけどね。」
「あのさ…。」と言って、沙羅子が、問いかける。
「もう少し、この家に居て、いいかなぁ?」
「ウチは、全然良いし、むしろ、居てくれて助かりますけど…。でも、沙羅子さんの家、大丈夫ですか?」
「…姑が、どうしても、嫌で…別々に住むよう、旦那と、何度も、話合ったんだけど…一人息子で、それは出来ないらしく…話は、平行線のままで…。」
良美も、聞き耳立てて、見守る。
「私よりも…お義母さんを優先したの…。」
「そうなんですか…。」
「それでね…。今朝早くに、旦那と、直接会って、別居することにしたの…。」

つづく。

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