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「前橋市アーバンデザイン」を読解くvol.7 第4章:まちづくりの方向性

前橋市の再開発計画「前橋アーバンデザイン」(以下MUD)を章ごとに読解いていく。前回でイントロ部分は完了し、今回からはいよいよ具体的な内容を解説する「ビジョン・プラン編」に入る。第4章「まちづくりの方向性」はMUDを構成する大きなフレームについてであり、最初に市民に理解して欲しい内容だと思う。市民がこれを見て、直感的に「理解」し「共感」し「協力」したくなる内容かを検証していきたい。

1)方向性の整理

「現状の強みと弱み」の分析とvo.6で触れた一連の「ワークショップでの意見」を集約し、3つの方向性が示されている。

『エコ・ディストリクト』
 都市の便利さと自然と暮らす居心地の良さを兼ね備えたまちづくり
『ミクストユース』
 住・職・商・学といった複数用途の混在したまちづくり
『ローカルファースト』
 地域固有の資源を最大限活用したまちづくり

この3つの方向性は米国オレゴン州ポートランドの街づくりと類似している。というか、一緒。自動車産業が衰退したポートランドの復興を手掛けたZGFが企画に参画しているので、当然といえば、当然だが。では優秀な先行事例をどのように日本の地方都市に落とし込んでいるのかを確認していこう。

2)エコ・ディストリクト

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「エコ」はエコノミー(賑わいや便利さ)とエコロジー(居心地や快適さ、健康)「ディストリクト」は地域をさす言葉。エコノミーとエコロジーの双方が両立し調和をとりながらまちづくりを進めるということ。聞こえは良いが、非常に難しいテーマだと思う。ちなみに、手本となるポートランドでは、人口が年率約3%増加している中で、2040年に向けてエネルギーの消費量を1990年代の数値にまでで落としていくという目標を掲げている(岡山大学経済学会雑誌論文より)。その目標の中で、街を緑化したり、自転車で生活したり、時には生活者に不便を強いてでもみんなで低炭素社会を作り上げていこうという流れがある。これには市民の意識醸成が鍵であり、見た目だけ緑化や公園づくりをマネても意味が無い。

一方、前橋市の具体案を挙げてみると、

1.ICT活用による便利で豊かな生活
2.道路空間の再配分による歩きたくなるまちなか
3.建物1階の工夫による賑わいの漏れ出し
4.オープンスペースのネットワーク化によるまちの魅力向上
5.公共や民間空地の緑化による居心地の良いオープンスペース

何となく、かすっている感じはあるが、意識改革的なものではなさそう。MUDが何年後の前橋を描くものなのかは現時点ではわからないが、2~30年先を見据えるなら「CO2排出ゼロのまち」のような社会目標があって、そのためのまちや暮らしをみんなで作っていくという方向性が必要だと思う。「いろいろ不便もあるけど、次世代のためにみんなで環境保全していこうね。」という意識改革が本質であると思う。本気で「エコ・ディストリクト」に取り組むなら、何となく耳ざわりが良いコトバで濁すのではなく、明確な社会目標の設定が必要である。

3)ミクストユース

解説文として、

「住む」「働く」「商う」「学ぶ」といった単独用途ではまちの活気に寄与しないことから、これら用途をバランスよく配置し、複合化することで日常生活が徒歩圏内で成り立つようになる。このように用途の混在した開発を官民で連携して誘導することで、活気あるまちを目指す。

「何のために?」という疑問があり、別の解説文を見ても「単独利用ではなく複合で」ばっかり書いてあり、「ミクストユース」の用語説明のよう。要は「朝から晩までにぎわう街にしたいので、衣食住働学を全てこの区域で楽しめるようにする」ということだろう。
また「ミクストユース」は、ポートランドでも実践されている事であり、日本の都市開発の中でも標準になりつつある。元々は、米国で1960年代~70年代にかけて、建築雑誌編集者だったジェイン・ジェイコブズが唱えたもので、適度にミクストユース化できれば、昼も夜も人が行き交い、地域経済も回り、活気のある街にすることができるし、そういった街の雰囲気というのが「魅力」となり「住みたい街」になっていく。という考え方。

※ミクストユースの詳しい内容は日建設計のブログがわかりやすいです

MUDに戻ると、「ミクストユース」に関しては明確な目標値が記載されている。「職住比率を【3:1】に近づける」(現在の職住比率は【1.39:1】で周辺中核市と比べても職の比率が著しく低い)働きに来る人が多くないと「賑わっている感」が出ないし、地域にお金も落としていかないんでしょうね。すごく良い、明快な目標値だと思います!

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また、MUD「ミクストユース」の具体施策としてはこのようなモノ↓

1.まちなか居住の推進
2.職住近接の推進
3.学生(若者)居住の推進によるまちの若返り
4.多様な用途、多様な使い方の推進

ホントにこれで3:1になるのかと心配になりますが、移住により全体人口を増やしながら、まずは事業者を呼び込んで働き口の確保をしていくということでしょう。

4)ローカルファースト

ローカルファーストは、地域の資源や資産である「人・モノ・情報」に着目して持続的な地域の魅力をつくりだす考え方。地域経営による小さな経済圏を確立し、地域内循環による持続可能なまちづくりへとつなげる。

MUDではこのような解説ですが、要は「地産地消」して経済を回すという考え方。観光産業や特産品で経済を潤す方法もあるかと思うが、今回は「持続可能」というところがポイントで、大きく儲けなくてもいいから末永く発展してまちの魅力を作り出していくという方向。ポートランドではファーマーズマーケットや地ビールなどが有名で、「生産者の顔が見える安心」と「ジモトだから応援したい」という両方の側面から人気があるのだろう。このようなスモールビジネスが街中に広がることで、街の文化になり、最終的には街の魅力になるのではないか。
一方、MUDとしては、

歴史・文化・芸術・自然といった地域固有の資産を複合的に活用することや、前橋の特産を中心市街地で消費する仕組みをつくることにより、地域で稼ぐことのできる個性的なまちを目指す
1.ローカルコンテンツを生かしたイベントの開催、促進による前橋らしさの追求
2.古い建物をまちの記憶として残すリノベーションの推進
3.ローカルコンテンツを生かした店舗、事業所の出店促進

とあるが、現状をベースにポートランドのようなステキなくらしが作れるとも思わないし、想像ができない。歴史・文化・芸術・自然、古い建物は活用したいが、なにしろネタが少なすぎるので、それだけに頼れない。元々、歴史や文化を残そうという意識が低い地域であったので、良い建築もどんどん壊されたのでほとんど残っていないのが実情。(私の大好きな白井晟一の『煥乎堂』書店も・・・)
それ以上に、ポートランドとの圧倒的な違いは「コミュニティ視点」だと思う。ポートランドでは市民が参加するローカル・コミュニティでの街の活性化を前提としていて、行政もコミュニティ運営の支援をしている。行政や企業が街のハードを整備することはできても、街のソフト(くらし)は市民にしか作れない。市民がこの地に愛着を持つためにも「自ら街づくりに参加する」意識が重要であり、そのためにコミュニティの活性化が必要になる。

MUDのローカルファーストも表層的な印象があり、やはり目標指標が必要だと思う。最近話題の「シビックプライド」は近いかもしれない。

「シビック(市民の/都市の)」には権利と義務を持って活動する主体としての市民性という意味がある。自分自身が関わって地域を良くしていこうとする、ある種の当事者意識に基づく自負心、それがシビックプライドということです。
※[伊藤香織]東京理科大学 教授、シビックプライド研究会 代表

ローカルファーストがもたらしたいものは、ジモトへの愛着心であり、まちを構成するという当事者意識であると思う。シビックプライドは自治体別にランキングされていて、毎年結果が公表される。(2020↓)

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151自治体のうちの30位までに、前橋はない・・・ちなみにこのランキングは「愛着」「誇り」「共感」「継続居住意向」「他社推奨意向」というアンケート項目でポイント化されたものであり、ローカルファーストの指標としては参考になると思う。例えば「総合ランキングベスト10」でもいいし、「北関東No.1」(ちっさ!)でもいい。どうなりたいかという目標指標を示す事が大切なので、前橋市民全員が気にするランキングになるといい。

5)まちづくりの方向性の課題

「エコ・ディストリクト」「ミクストユース」「ローカルファースト」という3つの方向性を検証してきたが、基本ポートランドのトレースなので大きな方向性に間違いはないと思う。不足しているのは
①数値目標
②市民コミュニティ視点

民間企業に在籍する私は、数値目標を全員で共有し達成に動く。数字自体が重要なのではなく「活動の見える化」と「進捗管理」が重要なのである。特に街づくりのような中長期のテーマは、みんなが一生懸命やっているのに手応えがないと、だんだんモチベーションが下がってくる。
もう一つのコミュニティは「当事者意識」。永年沈んだままの前橋でみんなが諦めムードになっているのを「自分達が変えていくんだ!」という意識変革を起こさないと、いくら計画が良くても進まないだろう。
「市民コミュニティ」に関しては、私が住む神戸市では非常に盛んに行われているので、是非前橋に紹介していきたいと思う。

※神戸の「社会課題解決型」ワークショップに取り組むKIITO(神戸デザイン・クリエイティブセンター)の例

次回は、ビジョン・プラン編の続き「第5章:長期プラン」を読解きます。お楽しみに~


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