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【前編】東京から島根へ。耕作放棄地の再生に挑むスパイスの作り手・山田健太郎さん

ふだんの生活の中では、あまり意識することはないけれど、物が生み出され、私たちの家庭に届くまでには、それを生み出す人と想いがあります。「つむぎの時間」は、実際の作り手をゲストに迎え、暮らしや想い、ものづくりの生態系についてゆるっとおしゃべりするラジオです。

第一回のゲストは、スパイスの作り手・山田健太郎さん。
島根県でスパイス栽培とスパイスを使った商品開発を通して、耕作放棄地の再活用をされています。

お金を稼がないと生きていけないことへの違和感、はじめての農業、東京から島根への移住ーーそして、現在のスパイスづくりにいたるまでのをストーリーを伺いました。

東京で働いていたときは、お金がなくなることが怖かった

—— ものづくりをスタートするきっかけはどのようなものだったのですか?

東京にいた時から、ずっとこれからの人生で何をしていこうかな?と、いろいろ考えていて、その中で自分で食べ物を作れるようになりたいなって思ったんです。

当時、僕はお金がなくなることがすごく怖くて。

「なんで俺はこんなにお金に縛られてるんだろう?」って考えた時に「自分で食べ物を作れないからだ!」という結論に至ったんです。自分で生み出せないから、お金に頼らないと生きていけない、だからお金がなくなるのが怖いんだと。

それで、ちょっと農業をやってみようと思って。千葉県の松戸の貸し農園を借りて、一人じゃできないと思ったから、仲間も募って。ミスターツチルドレンって名乗ってね(笑)

東京にいる時に野菜を育てていた時の写真

こんなちっちゃい種から本当に食べ物できるの!?こんなん風吹けば飛ぶよ?大丈夫!?って思っていたのですが、大切に育てていくと、ちゃんと芽が出て大きくなってね。はじめてで何も分からない中、農園長さんからアドバイスをもらいながら育てて。それが楽しいし、嬉しいし。

いろいろやってみて分かることもありました。虫に喰われて全然育たないとか。とうもろこしも二、三十本植えたのに四本くらいしか取れなかったりして...でも、美味いのよそれが!

少しずつ変わっていった、消費のあり方

—— 自分で育ててみて、消費のあり方は変わりましたか?

ありきたりかもだけど、スーパーで並んでる野菜に疑問が湧くようになりましたね。「こんなに綺麗に育つかな?」「何を使ったらこんなでかくなるんだろう?」とか。

作り手のこともすごく考えるようにもなりました。「これは安すぎるだろ」とか。あんなに頑張って、何ヶ月もかけて育てたものを一個何十円とかで、俺は売らねえぞ!ってなったね(笑)

農業をしている今でも、やっぱり全部を自給自足はできないし、他の野菜も買います。でも、その時に生産者の顔が分かってたりとか、無農薬で無化学肥料のものとか、そういうところをなるべく選ぼうかなと。野菜の作り手や、これはどんな風に作られているんだろう?っていうのは気にするようにはなったかな。

縁もゆかりもなかった島根へ。地域の人々の熱い思いに感動

地域の田園風景②

—— そこからなぜ島根に移住されたんですか?

実は島根にはもともと縁もゆかりもなかったんです。旅行で出雲大社に行ったことがあったくらい。

ある時、友人から、島根のお米を使った商品を販売する宮内舎という会社を、一緒にやらないかと誘われたのがきっかけで、島根との関わりが始まりました。

ただ、元々は東京で働いてたので、一気に島根移住というのは勇気が出なくて...。なので、東京にいながら月に一回島根に通うという生活を2年弱ほど続けました。

そこで徐々に地域の人たちとも繋がりもできてきて、島根に移住したのはそれからです。

—— 通ってみて、住みたいなあ、と?

そうですね。
今でも忘れないのが、その友人が島根を案内してくれた時、気を利かせて地域の人たちとの繋がりを作るためのバーベキューを開いてくれたんですね。夜、お酒を飲み交わしながら談笑していて、なんていいところなんだと思っていたら、だんだんお酒が回ってきて、みんな熱くなってきて...「地域とは」みたいなディープな話し合いになって、若者とじいちゃん連中が喧嘩をし始めるという...(笑)みんな本気で生きてるなーって思いました。

—— それだけ土地に対する思いがあるってことですよね

そうなんですよ!
東京でオフィスで働いていて、それだけ真剣に地域のことを考えたことってなかったから...思いの源泉が違うんだなと。

最初からディープなところを見せてもらえて、こうやって本気で生きてる人の側にいたいし、自分も本気で生きたいなあって思いましたね。

耕作放棄地の再活用への挑戦

商品イメージ②

—— 島根では今はどんなことをされているんですか?

今は、出雲SPICE LAB.という団体を立ち上げて、その代表をしています。地域の農家さんと一緒に耕作放棄地を再耕作して、そこで生姜や唐辛子などのスパイスを栽培したり、スパイスを活用した商品開発を行っています。

あとはもう一つ、宮内舎というお米を使った商品を作っている会社にも携わっていて、耕作放棄地の問題については宮内舎に携わりはじめてからずっと考えています。

島根には、仁多という場所があって、東の魚沼・西の仁多、と言われるぐらいの有名な米所なんです。僕らの地域は、仁多のすぐ近くで、本当にびっくりするぐらい美味しいお米ができるんだけど、やっぱりブランドがないからなかなか売れなかったり、棚田だから大規模に収穫もできなくて量も取れないし...高値で買ってくれる人もなかなかいないという現状がありました。

そこで、少しでも高値で取引をさせてもらって、お米に新たに商品価値をつけて世の中に出して行きたいと思って、玄米麺を作ったり、米粉のパンケーキミックスを作ったりしています。

—— 宮内舎さんの方ではお米の加工品を主にやっているんですね

そうですね、これからもやり続けたいなと思っているんだけど、お米を作ってない地域って、日本全国どこにもないというくらいなので、差別化を図るのがすごく大変ですし、歴史のある食物だから、商品の開発アイディアを出す難しさも感じています。

なので、これからも地域のお米を盛り上げる活動を大切にやっていきたいという気持ちが前提で、もう少し幅広く何か手掛けてみたいなと思い始めてきました。それで宮内舎から少し派生して、今度はスパイスを使った耕作放棄地の再活用をやってみよう!という流れです。

全てが繋がって、スパイスづくりへ!

スパイスと健太郎さん

—— なぜスパイスだったんでしょう?

三つ理由があります。

一つ目は、僕は学生の時に世界一周をしていたんですが、旅の中でいろんな国のローカルマーケットでスパイスに出会っていたんですね。その時にすごい心踊った思い出があって。「すごい臭いのに料理に入ったら意外に繊細だな...!」とか...スパイスって面白い!という印象が頭の片隅に残っていました。その経験があったので、自分でも料理する時にスパイスを使ったり、スパイスカレーを作ったりしていました。

二つ目は、スパイスの汎用性ですね。カレーを作る時に使うスパイスと同じスパイスが、チャイやクラフトコーラを作るのにも使えるんです。こんなに幅広く、一つのものからいろんなものが作れるって、魔法みたいだなって。それがすごい驚きで。スパイス一つでいろんな可能性を秘めてるんじゃないかと感じました。

三つ目が、地域でも生姜や唐辛子、パクチーを育てたりしているんですが。意外と身近にスパイスの原料あるんだなって思って。日本には四季があるので、もちろん冬を越せないスパイスもたくさんあるんだけど、日本で育てられるものを育てつつ、海外で買ったスパイスも取り入れながら商品を作っていけば、自分が旅をしていた経験や知識も生きるかなあ、と思いました。

当時はスパイスで何かしようなんてこれっぽちも思ってなかったけど、あの時いろんなもの食べてよかったなあって思いましたね。ストーリーが繋がってきた感覚があります。

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一つ一つの言葉すべてに自身の体験が紐付いていて、リアルで説得力のあるお話をしてくれた健太郎さん。後半では、健太郎さんのものづくりへの想いや移住先での暮らしについてお伺いしたいと思います。

7/28(火)夜には健太郎さんを講師にお招きして、スパイスの基礎知識を学びながら、香りを楽しむオリジナルチャイを作るオンラインワークショップも開催します!

ぜひ、ご参加ください!

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< 山田健太郎さんの活動について >
▼  出雲SPICE LAB. IZUMO SPICE LAB.
https://www.izumospicelab.com

▼ オンラインショップ
https://spicelab.thebase.in
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食卓から善い暮らしを。 Well-being starts from the table. TSUMUGIは自分にも地球にも「善い暮らし」を探求し、 未来へつむぐ、食卓を軸とした「生活共同体」です。
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