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『炎の牛肉教室』 山本謙治

 
 僕の熟成肉への強い憧れは3年前に見た『カンブリア宮殿(テレ東)』のせいなのだと思う。

 もっと具体的に言えば、2017年3月16日放送の『熟成技術で絶品肉を作り出す肉おじさん!田舎の畜産農家を救う牛肉革命』

https://www.tv-tokyo.co.jp/cambria/smp/backnumber/2017/0316/


 この回のせいだ。

 そこに出演していたのは、株式会社門崎の代表取締役千葉祐士である。

 黒い丸眼鏡にハット、キレイめ系のジャケット。まるっきりのTAKEO KIKUCHI。
 口角を上げ、目を細め、笑顔を絶やさないが、やり手のビジネスマン特有のギラツキが感じ取れる。
 彼が代表を務める株式会社門崎は、「格之進」という熟成肉専門店を岩手県に3店舗、六本木を中心とした都内に10店舗(内、六本木に6店舗)、山梨に1店舗展開している。最近ではハンバーグのお取り寄せグルメで全国的にも有名になっている。

 『カンブリア宮殿』は、毎週木曜日の22:00 - 22:54にテレビ東京系列で放映されているトーク番組である。15年以上も続いており、テレビ東京の看板番組の1つだ。番組内容は成功している経営者に密着取材をして、経営手腕や経営者の哲学について、司会の村上龍と小池栄子を聞くというものである。
 本番組のスポンサーであり、かつテレビ東京の筆頭株主でもある日経新聞社の影響が色濃く反映されているビジネスマン向けの番組である。


 そんな番組で、千葉は以下のことについて説明していた。

 ○熟成肉の旨さ
 ○A5ではなく、A3の肉のほうが旨い
 ○肉の繊維を見て、焼き方を決める
 ○最後はアルミホイルに包んで予熱で焼く
 
 熟成肉は全国的に食べられるし、現在は赤身肉ブームであり、必ずしも霜降りが好まれるわけではないし、千葉の紹介した調理方法も広く知られている。
 今となっては、普通なことに聞こえるが、3年前の当時は、すべてが新しかったのだ。
 熟成肉は後述するアメリカ発のステーキハウスでのみ食べられる料理であり、日本発の熟成肉はまだまだ珍しかった。
 この番組や、プロ向けの肉料理教室を精力的に開催してその技術を惜しみなく公開するなど、千葉の功績は大きい。


 テレビに影響の受けやすいミーハーな僕は、東京に住んでいた頃、1度だけ格之進に食べに行った。六本木一丁目駅直結のアークヒルズ サウスタワーある『格之進F』だ。
 まずは、その値段に衝撃を受けた。

 肉100g3,500円!?高い、高過ぎる!?ライスとサラダが付いてるだけなのに!

 
 漠然と高級なイメージはあったが、六本木のことは六本木ヒルズやテレビ朝日くらいしか知らない地方民の僕。
 六本木の洗礼を受けつつ、震えながら注文した。


 小さい……小さいわあ…これ


 量の少なさに残念な気持ちになりながら、熟成肉を口に運ぶ。

 脳天を旨味が貫く。

 たった一口で、値段以上の満足感。
 史上最高に旨い肉が、この値段で食べれるのか。とてもお得じゃないか!
 一口食べただけで価値観を転倒させられてしまった。それくらいの美味しさだった。


 食べ終わった時の満足感を得たのだが、しかし、どこか僕は物悲しさを覚えていた。

 僕は肉のことを全然知らないくせに、こんな良い肉を食べて良いのだろうか。
 ドライエイジングとウェットエイジングの違いも知らないどころか、


 和牛ってなんだ?国産牛と何が違う?
 神戸牛や松坂牛の違いってなんなんだ?
 和牛は、世界一旨いと言われるけど、それは本当なのか?


 こんなことすら知らない。

 より美味しく食べるために、知識を得て、感謝しながら肉を食べたいと思った。

 そこで、そんな過去の自分に今回紹介したい本は『炎の牛肉教室!』著者山本謙治
 
 肉に関係する書籍は何冊も読んだが、これ以上分かりやすくまとまっている本はなかった。読みやすい文体で、2時間もあれば全部読み切れる。また、肉の知識をまとめた新書はこの本以外にはない。
 知らないことだらけの牛肉業界をこの一冊で学べる内容となっている。
 
 単なる牛好きを通り越して、実際に牛を飼うという著者の行動力には驚きを感じた。
 そんな馬主ならぬ『牛主』の体験記は、単なる知識ではなく、現場の生の声がしっかり反映されており、非常に面白かった。


 では、本書に乗っていた知識を3点ほど紹介したい。

 ○和牛と国産牛の違いについて

 そもそも、和牛とはなんなのか。和牛とは、以下の4品種に該当する牛のことである。

 日本を代表する肉用品種の「黒毛和種」
 熊本県や高知県で育てられる「褐毛和種」
 岩手県にルーツを持つ「日本短角種」
 山口県で育てられている「無角和種」

 和牛とは日本古来の品種、血統のことを指しているのである。
 これを日本人に置き換えれば、縄文人、弥生人のように置き換えればわかりやすいと思う。


 一方で、国産牛とは、血統に関係なく、日本国内で生まれ育った牛のことを示す。
 日本で流通している食用牛は、黒毛和種、ホルスタイン種及び交雑種(黒毛とホルスタインのミックス)の3つに分けられる。

 日本で生まれたホルスタイン種及び交雑種は、国産牛ではあるが、和牛ではない。ちなみに、黒毛和種は先程述べたように、和牛である。

 奇妙に感じるかもしれないが、もしオーストラリアで黒毛和種が育てられたならば、それは国産牛ではないが、和牛なのだ。
 実際外国産の和牛は、『WAGYU』として流通している。
 

 ここから分かるように、国産牛=必ず美味しいというわけではないのだ。
 黒毛和種はもちろん、アンガス牛だって、交雑種だって乳用牛のホルスタイン種より美味しい。
 肉の旨さを決めるのは品種、血統である。
 つまり、スーパーで国産牛よりも、オーストラリア産の牛肉を選んだ方が美味しい場合も当然あるのである。
 スーパーで肉を購入する場合は、可能ならば品種で選んで購入するほうが良いようだ。


○松坂牛や神戸牛等の各ブランド牛の違いは何か

 松坂牛や神戸牛等の各ブランド牛の違いは、なんなのか?
 結論から先に言うと、各ブランドに明確な違いはない。
 松坂牛や神戸牛、飛騨牛、近江牛等は、全て「田尻号」という但馬牛をルーツとした黒毛和種であり、全て霜降り系の肉質なので、基本的に味に大きな違いない。
 松坂牛や神戸牛や飛騨牛のどれを選ぶべきか、ということを考えるのはあまり意味はない。
 似たような血統であるならば、味を決めるのは、餌や牛舎の環境。生産者の腕なのである。
 生産者は誰なのか、優秀な生産者と繋がっている精肉店はどこなのか、という観点のほうが大事なのである。

 
 そもそも松坂牛や神戸牛等の『ブランド牛』とは何かを説明したい。
 ブランド牛とは、兵庫県や三重県等の各地でそれぞれが設けている品質基準を満たしたものを示す食用牛である。

 具体的にはどんな基準なのか。
 僕の大好きな淡路ビーフ、淡路和牛、淡路牛の基準を紹介したい。


【淡路ビーフ】
 兵庫県産黒毛和牛の但馬牛で、以下の基準を満たしたものである。
 ○淡路家畜市場において、上場取引及び自家保留されたもの
 ○兵庫県内で肥育されているもの
 ○系統組織が主催する肉牛せり及び枝肉共励会並びに兵庫県内の食肉センターにおいて出荷処理されたもの
 ○BMS(霜降り度)がNo.4以上
 ○歩留等級(可食部分の割合)がA・B等級
 ○枝肉重量が去勢330㎏以上、雌280㎏以上(未経産)
 ○月齢が25ヶ月以上
 ○上記以外で本会が『淡路ビーフ』と認定した場合

【兵庫県産淡路和牛】
兵庫県産黒毛和牛の但馬牛で、淡路ビーフの品質規格に満たないもの及び3歳~5歳の牛のことを言います。

【淡路和牛】
 淡路島等で生まれ育つ、または淡路島での飼育期間が他の場所より長い和牛のことを言います。
 
【淡路牛】
 淡路島等で生まれ育つ、または淡路島での飼育期間が他の場所より長い牛(ホルス牛・交雑牛・和牛等)を淡路牛と言います。

http://awaji-katikuitiba.or.jp/kanketu.html



 
 ブランド物の黒毛和種は、以上のような細かい品質基準がある。だからこそ美味しさが担保されているのである。
 しかし、どこのブランド牛も上述した淡路ビーフのような似たような基準なのだ。
 ブランド牛は品質を担保するものではあるが、『肉の個性』を示すものではないのである。



 ○A5が一番美味いわけではない。

 「A5」の肉は一番旨い肉と思われているが、それは誤解なのである。


 『A5という規格は美味しさを保証するものではない。牛肉を専門とする流通業者の口から、「自分が食べるとしたら、A5の牛肉は選ばない」という言葉をこれまで何度聞いてきただろうか』Kindle版19頁


「A5」というのは、歩留まりがAで、肉質が5という牛肉の格付けを示している。
 


 『「歩留まり肉がたくさんとれたかどうか」ということだ。たくさんとれた順からA・B・Cで表す。一般的に肉専用種はAになることが多く、乳用種はBからCとなる』Kindle版302頁


 『「肉質」とは、肉の総合的な質の判断で、5段階で表し、5が最上の評価となる。肉質で最も重要視されるのが脂肪交雑だ。日本食肉格付協会が定めている脂肪交雑の基準をBMS(Beef Marbling Standard)といい、ナンバー1からナンバー12までの12段階に評価される。これに加えて肉のきめがよいか、締まりがあるかといった部分や、肉や脂の色などを総合的に判断し、5段階評価をしたものが肉質等級である』Kindle版310頁


 では、肉の旨さを決めるのは本当の基準はなんなのなのか?

 『アミノ酸と脂肪酸』である。これらの量がバランス良くあることが重要なのである。

 さて、分かるように、A、B、Cというアルファベットの評価は、1頭あたりにどれくらい肉が取れるか、というコスパの基準に過ぎず、全美味しさに全く関係ない。


 肉質等級については、味に関係ある。サシの多さ、つまり脂肪酸の量は旨さに大きく関わってくる。
 しかし、このサシ多ければ多いほど良いというわけではない。
 サシが多ければ多いほどアミノ酸が減ってくるのである。そうなると逆に肉の旨味を感じなくなってくる。
 サシの少ない赤身肉は、アミノ酸が豊富なため、肉の旨味が凝縮されている。

 しかし、「A5」を最上位とする現在の評価軸では、残念ながら赤身肉の評価は低くなる。
 歩留まりやサシを評価する方式は、黒毛和種のために作られたものである。
 
 さて、そのような霜降りのみが評価される事態を、変えようとする興味深い活動を紹介したい。
 著者もこの活動に関わり、現在の牛肉業界を変えようと奮闘している。

『「ガイアの夜明け」牛肉 新時代
~目指すは美味くて安い!~』
https://www.tv-tokyo.co.jp/gaia/smp/backnumber4/preview_20200929.html
 

 それは高知県で行われていた新しい格付け制度である。従来の基準では高い評価を得られない「赤身」肉を、独自の格付けで評価する取り組みが行われていたのだ。
 朝日新聞の記事を引用しよう。

 格付けは、JA高知県(高知市)が4月から導入している「TRB(Tosa Rouge Beef)格付(かくづけ)」。出荷時の月齢が29カ月以上の牛を対象としている。
 高知県は熊本県と並んで赤身肉が特徴の褐毛(あかげ)和牛の産地だ。「土佐あかうし」のブランドで全国展開しているが、和牛の世界では、「霜降り」で知られる黒毛和牛に比べ、需要も知名度も水をあけられている。高知県独自の格付けで、肉の品質をアピールし、ブランド力を高める狙いがある。


『土佐あかうし最高水準に 赤身肉人気、高知で独自格付け』(朝日新聞)
https://www-asahi-com.cdn.ampproject.org/v/s/www.asahi.com/amp/articles/ASN5M43YBN4RPTLC00J.html?amp_js_v=a6&amp_gsa=1&usqp=mq331AQFKAGwASA%3D#aoh=16030078010205&referrer=https%3A%2F%2Fwww.google.com&amp_tf=%E3%82%BD%E3%83%BC%E3%82%B9%3A%20%251%24s&ampshare=https%3A%2F%2Fwww.asahi.com%2Farticles%2FASN5M43YBN4RPTLC00J.html


 高知の格付けはまだローカルなものに過ぎないが、現在の赤身ブームにのっとってこれが全国に広がれば、また変わってくるだろう。
 これから牛肉業界が、どう変化するかとても楽しみです。
  

 あと、余談ですが、アメリカの熟成肉ステーキで最も有名といわれる、『ウルフギャング』にも食べに行きました!
 行ったのはマンハッタンにある本店ではなく、大阪駅に隣接してあるルクア・イーレですが笑

 
 



 
 店の雰囲気は高級感あってよかったですね。
 ステーキをお皿ごと入れてグリル焼き上げるという独特の焼き方が非常に面白かったです。
 Tボーンステーキはめちゃくちゃうまかったです。


 




 サイドメニューのウルフギャングサラダ
も美味しくてオススメです。
 
 個人的には、格之進の方が好みだったなあ、と思いました。和牛熟成肉の旨さを改めて認識しました。


 ちなみに、大阪の熟成肉が食べられる店で、有名なのは大阪市住吉区にある『又三郎』らしいですね。
 まだ食べたことありませんので、機会があったら行きたいなあ、と思います。

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