見出し画像

VRの牢獄【掌編】1,624字

汚い、臭い、冷たい、暗い。
そんな牢獄の中。
とはいえ、実際に感じるのは暗さだけ。
頭に付けたゴーグルを外せばいつもの日常。
しかし、ゴーグルを付けると……。
バーチャルの俺は牢獄から出られないのだ。
ゴーグルを付けなければ、自由を謳歌している自分でいられる。
だったら、ゴーグル付けなきゃいいだろと思うかもしれない。
でも、このゴーグル数万円したんだぜ?
安い買い物じゃない。
状況が変わって解放されていないかなと思い、たまに向こうの世界を覗いてみるのだ。
分かっている。5年は釈放されないってことは。

初めてのVR世界。
俺は浮かれていた。
そりゃそうだろう?
ゲームやアニメの世界に入ったかのような臨場感。
VR直後、俺はまだ体の動かし方がいまいち分かっていなかった。
めちゃくちゃに操作する。
でも、問題ないはずだろ?
だって、現実に転んで怪我するわけじゃない。誰かを誤って殴ってしまうこともない。
現実世界で十分スペースを確保さえしておけば、バーチャルでは好き勝手していいと思ってたんだ。
とはいえ、俺だって何とかリテラシーのようなものは持ち合わせているつもりだ。
マナーに反することはしないよ。
だから、あれはわざとじゃなかったんだ。

美少女アバターが近くにいた。
俺は話しかけてみようと思い近づく。
操作ミスで、あくまでもアクシデントで、俺はその美少女に覆い被さる形となった。
立ち上がろうとするが、慣れていないのでうまくいかない。
逆に彼女の上でジタバタする形となった。
それはさながら……。

バツの悪さを感じて、俺はゴーグルを外した。
数日後、再度VR世界に入った時にはすでに檻の中にいたよ。
でも、まだ刑は確定していなかったんだ。
取り調べが始まった。
俺は心底バカらしいと思ったよ。
早く解放しろ、ゲームやらせろと暴れたよ。
それでも、奴ら言うことを聞かないもんだから、腹が立って言ってやったよ。
開き直ったんだ。
あることないこと、実際にはまったくそんなつもりはないが、これからもどんどんやるつもりだとね。
その結果がこれさ。
5年間は牢獄から出られないらしい。
納得はできない。
だから、俺はゴーグルのメーカーやゲームの責任者に問い合わせたさ。
しかし、罰を受けてくださいというばかり。
らちがあかないから、消費者センターや警察に相談した。
すると、どうだ?
笑われたよ。
本気にしてくれない。
ゲームと現実をごっちゃにしないでくださいだとよ。
そりゃ、俺だってしたくはないさ。
あまりしつこくすると現実でも捕まりそうだったから、俺は諦めた。

その後、自分で調べてみたよ。
確かに俺にも非はあったようだ。
VR上であっても、現実で触られたように感じる人もいるらしい。
被害者もそうだったのかな。
美少女アバターの被害者は中身は男だった。
いや、だからといってこれに対して文句があるわけじゃない。
いろんな性別がある時代だ。
それは理解しているよ。
でも、被害者は現実では、セックスもジェンダーも男性だ。
恋愛対象も女性。
VRの中でのみ美少女アイコンを使っている。
つまりは、なんだろうね。
でも、性別は関係ないかな。
俺だって、見知らぬ人間からいきなりそんなことをされたら不快でしかないから。
そいつが男だろうが女だろうが関係ないよね。
まあ、俺の場合は現実に限る話ではあるけれど。

反省もしているんだよ。
こうやって、汚い、臭い、冷たい、暗い牢獄をたまに訪れるのは罪の意識があるからでもあるんだ。
VRを通して被害者を傷付けてしまったのは事実。
もしも、被害者が事件を理由にアバターを廃棄してしまったら、罪は加増されると言われた。
被害アバターを死に追いやったということになるのかな。

偶然だけど、被害者は俺の近所のおじさんだった。
だから、相手の事情に詳しいんだよ。
おじさん、飽きたから新しいアバターにしようかな、なんて言っている。
俺は変えないでくださいと、たまに土産を持っておじさんに頭を下げに行っているんだ。
こういうのが現実とバーチャルの融合っていうのかな?

爪に火を灯すような生活をしております。いよいよ毛に火を灯さなくてはいけないかもしれません。いえ、先祖代々フサの家系ではあるのですが……。え? 私めにサポートいただけるんで? 「瓜に爪あり爪に爪なし」とはこのことですね!