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絵を描こうと思った。【掌編】1,113字

絵を描こうと思った。
まっさらのキャンパスと絵の具やらクレヨンやら。
僕はまず真ん中にどでかい穴を開けてやろうと思いっきり力任せに憎いあいつの顔だと思ってキャンバスを殴った。
バリっと音を立てて僕の拳が貫通している。そういうイメージで殴ったが僕の手は間抜けに布に跳ね返って戻ってきた。
思い通りにならなかった癇癪でキャンバスを持ち上げて部屋の隅に放り投げた。丈夫な割に軽いキャンバスを頭上に持ち上げた時には、いくぶんかこのまま投げてしまうのが可哀そうな気がしたが、気持ちも手も止めることができなかった。
何もない部屋の隅に大げさな音を立てて衝突して落下した僕のキャンパス。近寄ってみると音の割に何も変わっていなかった。
それを見てますます腹が立った僕はスリッパを履いたままの足でがむしゃらに踏みつけた。どんなに踏んでも布は破れなかった。そりゃそうだ。キャンパスはひっくり返って布と床が接してしまっている。だがそれを足で、または手でわざわざひっくり返すのは馬鹿みたいな気がした。
だから裏返って破れようのないキャンパスをそのまま踏み続けた。キャンバスの裏には木の枠が付いている。しかし、この部分を足で踏むのは少し怖かった。木枠は見ないようにして布の部分だけを意味がないと知りつつも踏み続けた。
木枠に足がぶつかってキャンパスがひっくり返った。僕は少し躊躇した。木枠を見てしまって怖くなったからだ。思いっきり踏みつけたら布は破れるかもしれない。しかし、その拍子に木の部分も割れて足を傷つけるかもしれない。
僕は最初の半分ほどの勢いで、しかし、傍から見たら同じような勢いに見えるように大げさに振る舞って、部屋には僕しかいなかったわけだが、キャンバスを踏みつけた。
足を持ち上げた時にあった勢いは、下ろす時に的を絞り切れない弓矢のように無様にふらふらと空中停止することで完全に失われていた。しかし、ここだと思う場所に目星を付けてふんと完全に切れていた勢いが続いているようなフリをして踏みつけた。
当然、布は破れなかった。また目星を付けていたので足を傷つけることもなかった。それから小刻みに目星を付けたところを何度か踏みつけた。少し布が伸びたような気はする。僕はほら見たことかという目つきをキャンバスに向けた。
キャンバスは何も言わずに天井を見ていた。僕は呻きを上げた。呻きながら頭の中でキャンバスの布をめちゃくちゃに破り壁にぶん投げ木枠さえもぶち壊す想像をした。
全く気持ちは晴れなかった。それが想像だからなのか、実際にそうやったところで同じなのかわからなかった。
「はさみ」と呻きに紛れて呟きが漏れた。はさみを持ってきて切り刻んでやろうか。その発想になった時にますます惨めな気持ちになって両目から涙が流れた。


2022年6月

爪に火を灯すような生活をしております。いよいよ毛に火を灯さなくてはいけないかもしれません。いえ、先祖代々フサの家系ではあるのですが……。え? 私めにサポートいただけるんで? 「瓜に爪あり爪に爪なし」とはこのことですね!