【訳ありボツ話2本】『ちょっとした家出』『成功した男』
今回も初期に書いてボツにした二話を読んでいただきたいと思います。
一本目はおふざけなし、物語形式で書いた初めてと記憶しています。
ちょっとした家出(1,018字)
うっわ雨降ってきた……。
あるのは財布と通帳一式、少しの着替えを詰めたカバンだけ。夏だからと薄着で来たため雨粒が肌に当たる。
公衆電話を見つけて家に電話しようかと一瞬思ってしまった。
ダメだ、ダメだ……。あのババアは許せねぇ。母子家庭だからか何なのか知らないが、ババアは「家族の繋がりだ」なんだといつも口にする。
そのくせ、家族以外には冷たい。ババアが俺の彼女にキツイ言葉を投げかけてそれが原因で別れることになった。
もう二度と家には戻らねぇ……。一応高校は卒業してるし住み込みで働ける場所なんていくらでもあるだろう。
でも、妹は心配だな……。俺に懐いていつも「お兄ちゃん、お兄ちゃん」って付きまとってくる小学3年生。金貯まったら妹だけにはこっそり何か買ってやろう……。
本格的に降ってきたので屋根付きのバス停で雨宿りする。汚いベンチに腰掛け缶コーヒーでも飲もうかと財布を取り出す。
中には千円札が3枚といくらかの小銭。無言で見つめてくる3人の漱石を見ながら考える。
果たしてやっていけるだろうか。貯金は確か10万もないはず。住み込みで仕事が見つかったら問題ないが、もし見つからなかったら?この不況の中……。
夢も諦めないとな……。芸術系の専門学校に行きたかった。ババアに相談しようかどうか迷ってたんだっけ。
どうするべきか……。
しばし考え込んだ後、男は決意したように立ち上がり自販機で缶コーヒーを買った。吹っ切れた顔を空に向けると雨はいつしか止んで虹がかかっていた。
ぬかるんだ道を男は歩いていた。雨の後、今度は風が吹いてきたので男は上着の襟を立てた。
家が近くなるにつれ自然と足早になる。
この角を曲がるともう家だ。鼓動が激しくなったのは速足から小走りになったからだけではない。
俺が悪かった! ババアは悪くない。彼女が俺のいないところで妹をいじめていたのは知っていた。ババアはそれを注意しただけだったのに。
家の前の通りで、家から出てきたババアと鉢合わせた。俺の顔を見ると驚いて言葉が出ない様子だった。
「母ちゃん……ごめん」思わず口に出る。
「母はだいぶ前に亡くなりましたよ」だいぶ年をとった妹はそう冷たく答えた。
俺は30年帰らなかった。
「ちょっと家族と相談しますから」そう言って妹は家の中に戻っていった。
雨がまた降り出す。足元に目をやると、ぬかるみを走ってきたせいで作業着のズボンの裾が汚れている。でもそれは泥の黒さだけではなかった。
妹はそれっきり出てこなかった。
2020年9月
叙述トリックってやつですね。話としては悪くないと思っているのですが、一人称と三人称の視点が混ざっています。
成功した男(1,492字)
目の前には冴えないスーツの男。会社勤めの傍らマルチの活動をしている。
俺? 別に勧誘を受けてるわけじゃないよww 逆逆。
数年前まで俺はニートだった。でもただのニートじゃない。絶対成功してやるという強い意思を持ったニートだ。
成功するためには、成功者の話を聞くのが一番だと思って西から東まで俺はどこへでもいった。まあ都内に限りだけどw
でも、金はないのでなるべく徒歩で向かった。時には電車で数百円の場所に2時間かけて行き30分話して、また2時間かけて帰ってくるってこともあった。
成功者で会ってくれる人がいればそれこそマルチだろうがオフホワイトな人たちだろうが誰とでも会った。
金欠だった俺は成功者の言うことなら何でも聞いて吸収しようとした。真面目なアドバイスをくれる人もいれば、よく分からない精神論やふざけたことを言う奴もいたけど。
ちょっと言いにくいんだけどケツを差し出したこともあった。そいつはそっちのけがあったらしい。そうやって金をもらうこともあった。
そんな活動をしている最中に同じぐらいの年なのに尊敬できる奴に出会った。そいつは仲間を集めてコンサル的なやつをやろうとしていた。
そいつに俺の話をしたら面白がられて今に繋がるってわけ。
今の俺?
黒いスキニーに衝動買いした十数万のジャケット。頭は天パ。こないだ会社の皆でハワイに行ったから超黒い。
冗談よ♡ 冗談。仕事はね、こんな風にカフェで座って入れ替わり入れ替わり来る奴らの話を聞いてアドバイスしてるの。
マルチの人や営業の人が多いかな。後は自営業の人もいる。20代が多いけど30代、40代もいるよ。20半ばの俺が何をアドバイスできるって思うかもしれないけど、そこんとこはさっき話した代表が優秀だからね。マニュアルみたいのがあるわけ。
彼らは30万払って週一半年のコンサルを受けてる。30万って高すぎでしょ。でも、金がない奴ほど話に乗ってくるんだよなぁ。
まあ勧誘してその気にさせるのは俺の仕事じゃないんだけどね。
自分で言うのもなんだけど、俺の話に30万の価値なんてないよ。ケツ差し出した時でさえ10万しかもらえなかったんだから……。まあそれはいいや。
会員を集めて講演をやることもある。だいたい別のメンバーが話をするんだけど、俺の苦労話を面白おかしく話したがるんだよね。それで紹介されて壇上に上がったことがある。
そん時に自分で話して爆笑しちゃってウンチ漏らしちゃったんだよね。緩くなってんのかな……。
ちなみにケツ差し出した話は会社のメンバーにしかしてない。俺のどんな話をしてもいいけどこの話だけは絶対すんなって言ってる。言ったらブチ切れるからなって。
話は戻るけど、こうやってカフェで話を聞いてアドバイスしてるの。その時に俺のニートからの成功ストーリーが効くみたい。キラキラした目で話を聞いてくる。ケツ差し出したのも無駄じゃなかったなって思える。この話はぜってーしねーけど。
高いジャケットや時計してんのも別に趣味だけじゃないからね。なるべく成功したような恰好が重要だって代表が言うから。ぶっちゃけまだまだそんなに余裕はないからね。見せてるだけ。もっと頑張って会社を大きくしなきゃ。
何で今こんなに長々と話ができるかっていうと、この目の前の彼が悩んじゃってずっと黙ってんだもん。
勧誘で声かけられないんだって。やるっきゃないって言ってんのに。やって失敗したらアドバイスはできるけど、やる前だったらやれとしか言えないよ。
もう毎週こうなわけ。30万もったいないよ。いい大学出て俺よりも頭いいはずなのにね。
そうこうしてる間にもう時間だわ。彼の次がもう来るからまた今度ね。
2020年9月
ボツ理由:ケツ出しすぎ
爪に火を灯すような生活をしております。いよいよ毛に火を灯さなくてはいけないかもしれません。いえ、先祖代々フサの家系ではあるのですが……。え? 私めにサポートいただけるんで? 「瓜に爪あり爪に爪なし」とはこのことですね!