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『天冥の標』読了後の二次創作

注意)この話には、天冥の標の二次創作が含まれます。
   最終巻までのネタバレを含みます。


再会(二次創作小説)


「すみません。セアキ・カドムさん病室はどちらですか?」
病院の受付をしている女は事務作業の手を止め、ふと顔を上げる。ああ、彼女もまたセアキ氏の面会希望者なのだろう。
なんといっても、彼は60年程前、西暦2804年のふたご座ミュー星域の戦いでの立役者である。今や地球中のどの種族もその名前を知っているだろうし、教科書をめくれば歴史のページに使者(リエゾン)としての活躍が記されている。
その彼が、入院したとあれば来る日も来る日も多くの人(人間以外も)が面会に訪れた。
受付の女は、医者でも看護師でもないので医療についての知識は乏しいが、誰に言われたではないが彼はもうこの病院から退院する事はないのだろうと悟っていた。世界中の人がそれを悟っていた。老いから人間は逃れられない。
ただここの所、面会者の数も少なくなってきており、数日おきにまばらに来るようになった。彼女は空いた時期を見計らって来たのであろう。
「ご面会の方ですね。セアキ・カドムさんの病室は64階A-3号室の個室です」
いやそれにしても、彼女の様相はなんというものだろうか。一度見たら目が離せない。
純白シャツに光る金のボタン、華奢な首元に絞められた真紅のタイ、臙脂と鮮緑のタータンチェックのキルトスカートに、真っ白なレザーブーツを履いている。そしてなんといってもその整った顔。長いまつげの奥にあるエメラルドのきれいな瞳がこちらを見据えている。
「32階だね。ありがとう」
見とれるような笑顔で言い、身を翻す彼に慌てて声をかける。彼?いや彼女か?
「すみません!ご記帳を!面会の!」
焦って大きな声が出る。
「あ、そうかごめんごめん…っと、はい」
電子端末にサラサラと名前を書き、そのまま流れるようにエレベーターへ向かう。
コツコツとブーツの音を響かせながら、金色の髪が上品に揺れるのを見送りながら、ふと端末に目を落とす。
受付の女はこんな所で英雄の名前を目にするとは思ってもみなかった。
驚きのあまり声が出ない。慌ててエレベーターに目をやるがその姿はもうなかった。



うたた寝をしていたセアキ・カドムは病室のドアが開く音で目を覚ます。
面会者の数を数えるのは30人目あたりでもう諦めていた。今日の客は誰だろうか。薄目を開け扉を見る。
「うわー、おじいちゃんになったね!」
カドムは歳を取った。多くの苦難も乗り越えてきた。ちょっとやそっとでは驚かない年寄りになっていた。
だが、この光景に驚かずしてなんとすればよい。
視覚から得た情報を脳に送っている途中で、それは何かの間違えではないのかと脳が危険信号を送る。
いや、自分は何度この笑顔を見たかっただろうか。この輝く笑顔を。
カドムはもう驚きを行動に移せるほどの体力を残していない。
一度目を瞑り、息を吐き、もう一度目を開け話しかける決心をする。
「あの後連絡がないから心配したんだぞ。どうだ?元気にやっていたか?」
「うん、まあね」
ベッド横のスツールに腰を下ろしながら少年は笑う。
「何の用だ?俺が歳を取ったのを笑いに来たのか?」
「まあそんなとこ」
60年ぶりの再会とは思えないありきたりの会話をする。
陽の光に照らされて、エメラルドグリーンの瞳が輝く。金色の髪はきらきらと光を帯びる。見上げる顔は美しい。目も鼻も口も髪も。
そうだ、彼は、大好きだった唯一の幼馴染。
「アクリラ…」
「びっくりしたでしょ?驚かせようと思って」
「驚いたさ、来るなら電話の一本でもしてくれよ」
とりとめのない冗談を紡いでいく。
「もしかしてお前、俺の死神か何かか?魂とやらを回収しに来たんだろう」
ただ、その姿は死神というより天使に近い。
「カドム!」
天使がこちらを見つめている。手を握られる。暖かく柔らかい手。
「挨拶をしに来たんだよカドム。ずっと会いに来られなくてごめん。被展開体としての役割があったし、個人的な用事で会いに来られる存在でもなくなってしまったし。でもずっとそばに、そばにはいたんだよ!」
矢継ぎ早に話してくる。
「でも今日だけは、今日だけはわがままを言ってもいいかなと思って……」
手を握り、顔を寄せてくる。美しい潤んだ瞳。そういえば、このボディはどうやって作ったのだろうか。服装もだ。≪酸素いらず≫の正装であるキルトスカートを着ている。わざわざ今日のために正装を用意したのか。アクリラらしい。いや、体のことなんで今はどうでもいい。

その後2人はいろいろな話に花を咲かせた。
60年前の思い出話、その後の世界の復興の話、イサリとの新婚生活の話…
何十分話しただろうか。久々の長話でどっと疲れが湧いてきて、眠気を催した。
カドムは今日の話を思い出す。今日だけ、といったアクリラの言葉を。
やっぱりお前は死神じゃないか。
「今日はもう疲れた。少しひと休みするよ。続きはまた明日にしてくれ。と言っても今日存分に話したがな」
「うん、そうする。ありがとう。大好きだよカドム。またね」
額にキスをして微笑む。そうだまだやらなければいけない事がある。
「アクリラ、最後のお願いだ。家族みんなに伝えてくれ。今晩病室に集まるようにと」
「わかった。任せておいて!みんなに伝える。カドムおじいちゃんからのありがたいお言葉がもらえるって!」
扉に歩きながら言い、後半は病室から出た後に発せられた言葉で、廊下に声が響きわたる。
動物は自分の死期を悟るそうだが、人間も同じように知る場合もあるのだろう。まさか自分は幼馴染から知らされるとは思ってもいなかった。

その夜、ふたご座ミュー星域の戦いの英雄セアキ・カドムが老衰で逝去したと世界中に速報が走り抜けた。親族全員に見守られながら静かに息を引き取ったそうだ。彼は戦いの後の復興にも尽力し、彼の持つ医療スキルと、温厚篤実なその精神で人々を魅了し、世界中からも愛された存在だった。葬儀は国葬級で執り行われ、イサリを含む残された家族らが弔辞を述べる姿が国営放送で放映された。



「私、本当に見たんだって!アクリラ・アウレーリア!」
病院の休憩室に声が響く。
「あのアクリラ・アウレーリア?あの戦いで提督?として指揮を執ってた?確か、あの戦いで亡くなったって話だったでしょ?」
「面会に来たの、セアキさんの。金髪翠眼の美青年が!署名ももらったし証明してあげる」
そういいながら、女は手元の端末で該当日時の署名をさかのぼる。
「あっれ、おかしな。休憩終わりすぐだったからこのくらいの時間だったんだけど」
同僚が昼食用の栄養バー片手に端末をのぞき込む。
「えーそんな美青年なら見たかったな。てか、監視カメラがあるじゃん。それさかのぼってみたら?」
同僚に言われ、その手があったかと先日の休憩終わりの時間帯の録画を探る。しかし、その映像はどこにもない。時間経過として欠落はないが、女の記憶する時間帯の映像は、机に向かって事務作業をする女の姿だけだった。
「夢でも見てたんじゃないの?それか亡霊か」
「亡霊!?アクリラ・アウレーリアの?」
まごうことなき証明となる監視カメラに何も映っていないとなれば、それ以上返す言葉も見つからず黙り込んでしまう。
「亡霊か……」
そう呟きながら時計を見る。もう間もなく休憩終了の時間だ。最近は静かになってしまった病院の受付に戻る準備をし始めた。



感想 天冥の標を読了しました

物語が終わっても、登場人物たちはあなたの心の中で生き続けるでしょう。


じゃあないんだよ!作者様の描く物語がもっと読みたいんだよ!!!
スピンオフを出してくれ!公式二次創作でもいい!!!
私は、読んだ後の興奮を抑えきれず、ずっとSNSを徘徊する魔物になっている。誰か私を止めてくれ。
いや己を止めるのは己自身だ。
書けば少しは楽になるかと初めて小説?を書いたわ!!!


まだ自分が不死であることを理解してないし、不死だと何ができないかを理解してないし
小川 一水. 《天冥の標》合本版 (Kindle の位置No.82368-82369). 株式会社 早川書房. Kindle 版.

天冥の標Ⅹ 青葉よ、豊かなれ PART3
第十一章 控えめに魅力的な種
で、ノルルスカインがアクリラに向かってこのような発言をしています。
(Kindleの出典記載方法だととても分かりづらいですね)

短命な人間と不死の者が恋に落ちると必ず一方的な別れの時が来ます。
ふたご座ミュー星域での戦い後、ダダーであるアクリラは人類(とその他生命体)に対して口を閉ざしてしまったようでした。
このあと、カドムは人類の復興に尽力するのでしょうが、その間もカドムはアクリラの存在を身近に感じつつも会話が出来ない間柄になってしまったのではないでしょうか。
そんなアクリラもカドムの最期の時には顔を出してくるんじゃないでしょうか。
勝手に最期の想像をしてすみません。
でもきっと彼はみんなに看取られながら幸せに息を引き取るのだろうなと思います。
そこで生まれた悲しみから、やっとダダーのアクリラは「不死であることを理解」するのではないでしょうか。

ダダーのアクリラの旅路に実りがありますように。

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