医療現場のITはプロの自律的な動きを支えるためにある

pepperくん

看護師1人が1日で250人の採血

左足首の先天的欠陥の治療、内臓の精密検査で地域の中核医療機関である総合病院に通院するうち、医療現場の事情にそこそこ詳しくなった。"社風"(院風?)かもしれないが、対応してくれた医師や看護師、事務員は、「素朴な疑問」にも笑顔で答えてくれる。

例えば採血室の看護師は平均して1日250人の採血をする。窓口が8つあるのでざっくり1千人、入院病床やCT撮影室から回ってくる検体を合わせると優に2千件はあるだろう。1件当たり最短30分、平均1時間以内に検査結果を出す。そのリズムで問診、検査、診断が行われていく。

その管理にはIT/ICTがフルに活用されている。だけでなくレントゲン、CT、MRIの画像もデジタルだし、内視鏡検査もIVR(Interventional Radiology:透視手術)もITがなければ成り立たない。エンベデッド系ソフトウェア工学の研究者や実践者が品質を最重視するのは、人の命にかかわっているためだ。

流れ作業でもなぜか不快感がない

オーダリングシステムと電子カルテが連携して、ヒューマン・エラーが激減した。院内に敷設されたWi-Fiの無線LANが医療チームの連絡を密にする。医療データはITで共有し、医療チームと患者はヒューマン・インターフェースで、というわけだ。実際、筆者が通った総合病院は、ぎこちなさが少しもない。

 機械的な流れ作業なのに、なぜ不快感がないのだろうーーと考えたとき思い当たるのは、医療品質への信頼感があるからだろう、ということだった。突き詰めると窓口の事務、フロアや病室の清掃、食事の配膳を担当する人たちを含めて、関係者全員が自分の役割を理解しており、資格の有無とは関係なく、それぞれがプロとして「命を守る」の価値観を共有している、ということだ。

「生産性向上」「働き方改革」にIT/ICTの利活用は不可欠なのは今さらだし、IT企業に勤める人からすれば「トの当然」だろう。しかしIT/ICTを利活用すれば品質と生産性が向上し、ひいては働き方改革につながるというのは、目的と手段を取り違えた迷信に近い。

エビデンスを共有することの価値

IT/ICTの利活用が「管理」(してはいけない)を強化することにつながり、「品質」(患者対応、医療サービス)の劣化につながっていいはずがない。プロジェクトにかかわる全員が、プロとして自律的に動く。

自律的に動くとはどういうことか。例えばサッカーやバスケットボール、ラグビーの試合を思い起こせばいい。チーム全員が目指すゴールに向かって、夫々が夫々のポジションで各々の役割を果たす。経験と勘で動いているように見えても、選手の頭の中では繰り返しの練習で鍛えられた方程式が動いている。

医療の現場でも、経験と勘のウエイトは小さくない。しかしそれを多くの関係者が納得するには、裏付けるエビデンスが要る。エビデンスは共有されなければ価値を持たない。IT/ICTの役割はまさにそこにある。 

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