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一旦立ち止まります

もう、無理です・・・。
琴乃は上司にそう一言伝えた。

琴乃は社会人5年目の営業職で、真面目に日々働いていた。
最近、結婚間近の彼氏に振られ、身内に不幸が起きるなど、悪いことが重なっており、感情を消し去るようがむしゃらに仕事に向き合っていた。
琴乃は自身でも気が付かない位に追い込み、気づけば食欲も失せ体重も落ちて頭が働くなっていた。

”きっと、大丈夫”、そう自分に言い聞かせていた琴乃だったがいつものように夜遅くまで仕事をして電車に乗ると、意図もせず涙が頬をつたった。

さすが東京。泣いていても誰もジロジロみてこない。逆に助かった、と琴乃は思った。

それから毎日、電車に乗るたびに意図しない涙が流れるようになった。止めることは不可能で、頭には一番よぎってはならない考えまでよぎってしまった。

”もう、限界かも・・・”

琴乃はこのままがむしゃらに頑張る結末には誰も望まない選択しかないと空っぽの頭で考えていた。

いよいよ食事も喉が通らなくなり、琴乃は上司に「もう、無理です・・・。」と一言呟き、一旦会社を長期間休むことにした。

琴乃はこの先の事が色々不安に感じていた。
会社辞めるのかな。体調は戻るのかな。一生働けなくなったらどうしよう。私は一生ここで働くのかな。そしたらまた体調崩すかな。。

不安は付きまとってきたが、琴乃には相談に乗ってもらえる友人、昔から相談に乗ってもらっていたカウンセラー、家族がいた。
生きる事に頑張りすぎていた琴乃。話をいろんな人に聞いてもらい、一旦立ち止まるという前向きな気持ちになった。

休職1日目。

琴乃は病院へ通い始めていたので、病院に向かった。
診察を終え、帰りには美術館に向かった。ずっと行ってみたかったところだ。

今は平日の昼間。私は会社に行かず、美術館にいる。・・・なんて清々しい!そういえば、小学生の頃熱を出して学校を休んだ時日中のテレビを見られて優越感に浸っていたな、と琴乃は居心地が悪くないあの感覚を思い出した。

美術館をゆっくり回り、帰りの電車に乗った。

”空いてる”

普段はぎゅうぎゅうの電車。日中はこんなに空いてるんだ。

東京で見る夕日もこんなにきれいだったっけ。
いつも乗っている電車なのに、なんだか違う土地に来たような感覚になった。

電車を降り、いつもはぼーっと歩いてたいつもの道。今日はゆっくり観察することにしてみた。

”こんなところに木なんてあったんだ””あそこの家、建て直すんだ””子どもも結構多かったんだな””風も心地よいや”

普段、何にも気にしていなかった道も今日は琴乃にとっては特別な道になっていた。

マンションに着くと、お隣さんと出くわした。

「あら、お久しぶりだねぇ。元気かい?」
隣に住んでいるおばあさんだった。
全然元気じゃないんです!とは言わずに、
「元気ですよ!中々お目にかかれませんでしたね」
「私の孫と同じような年だからずぅっと気にかけていたんだよ。あ、ちょっとまってね」
そういって、おばあさんは自宅へ帰った。少し待っていると、おいしそうな料理が盛り付けられたお皿を持ってきた。
「これねえ、作りすぎちゃったの。よかったら食べてね」
「いいんですか?ありがとうございます」
琴乃はかぼちゃの煮つけをおばあさんからもらった。

家に帰り一口食べ、電車で意図せず泣いた涙とは違う涙が頬をつたった。
一旦、実家でも帰って療養するか・・・。

琴乃はとりあえず休むことだけを考え、労ることを決意した。

”きっと、大丈夫”

自分をだますように言い聞かせていた言葉と同じなのに、今はこの言葉が心地よかった。

【終】


~あとがき~
自分が休職した時の事を交えながら書きました。
今はむちゃくちゃ元気になって、休職時の事は良い経験だったと思えるようになれました。琴乃もきっとこれからちゃんと休んで、友達と会ってまた素敵な人生歩んでいくのだろうな、と思いながら書きました。

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