美人画の世界2  初秋の朝、築地明石町で──没後50年 鏑木清方展 雑感

5/8まで東京国立近代美術館、5/27から7/10まで京都国立近代美術館で開かれている鏑木清方展を見てきた。所在が謎に包まれていた名作「築地明石町」にあえた。半世紀近く公開されていなかったのが、近代美術館の収蔵作品として近年公開されたものだ。

所在不明だったこともあるが、謎の多い作品だ。着物の着付けが変なのだ。
先月取り上げた上村松園の隙のない描き方と対照的だ(先月のほっとトークはこちら→ https://note.com/tsukiji01/n/n298b179df469)。

描かれた場所は、木製の洋柵が見えるので、明石町にあったホテル・メトロポールの庭の前。朝顔が咲いているので、朝。枯草も見えるので、盛夏ではない。初秋だろうか。髪の結い方は、イギリス巻とか夜会巻と呼ばれるハイカラな洋髪だ。色気漂うほつれ毛までていねいに描いてある。下着(襦袢)をつけずに、いきなり江戸小紋の着物を着ている。しかも袷(あわせ)の冬の羽織。わけがわからない。もっとわからないのは、二枚柏の紋付姿に素足である。足袋をはいていない。指輪をしているので既婚者だ。

モデルになったのは、高級官僚の妻で清方の絵の弟子でもあった女性だ。1927(昭和2)年制作だが、時代設定は明治後期だろうか。清方にとっては、関東大震災で消えてしまった懐かしい江戸東京の風情を描きたかったのだろう。一見、セオリーから大きく逸脱した着付けも、清方のセンスの中では、粋な着こなしとして、ありえるものだった。

この展覧会では、美人画だけではなく、出版物の挿絵、江戸東京の駄菓子屋や物売り、市井の生活ぶりを描いた作品も見ることができる。美人画の巨匠といわれる清方だが、初秋の朝、築地明石町にたたずむ一人の女性の血の通った逸脱ぶりが、下町の生活情景を描いたもう一人の清方の絵と響きあう。

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