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コロナ後の食と農―まえがき

「新型コロナウイルス禍は(中略)グローバル経済のもろさを露呈。(中略)食料やエネルギー、労働力を他国に依存する日本の病巣もあらわになった。(中略)経済学者で思想家のジャック・アタリ氏は(中略)『利他的な共感のサービス』こそが、より良い社会に導くと説く。(中略)『巣ごもり自粛』は、市場経済では測れない豊かな価値の存在に気付かせてくれた。この未曽有の災禍を奇貨として、私たちの暮らし方、働き方、生き方を見直してみたい。この試練を糧に、ウイルスと共存する新たな文明を創出できるかが試されている」

2020年6月に日本農業新聞に掲載された論説「コロナ危機と文明生命産業へかじを切れ」の抜粋だが、なかなか秀逸と思われまいか。同新聞の連載「新型コロナ、届け!エール」で経済アナリスト森永卓郎氏も「世界経済がグローバル資本主義に向かって邁進してきた結果、とてつもない格差が生まれ、地球環境も破壊された。これからは、近くの人が作ったものを食べる原理で動く小さな町が無数に生まれる。そうした新たな経済の中心は農業だ」と主張する。

早くも経済や株価のV字回復ばかりが心配される日本ではマイナーな意見に思える。2019年東日本台風でその必要性を痛感させた地球温暖化対策も食の安全もどこかに吹き飛んでしまい、やはり経済だ。国際競争力のある日本経済をいち早く取り戻せ。あるいは、コロナがあったればこそ、人に頼らなくても安定的に食料を提供できる「ハイテク化」や「ロボット化」が必要だし、これこそが「強靭化(レジリアンス)」だとの主張がマスコミの紙面も飾る。けれども、世界に目を転じてみると、まったく論調が異なることに気づかされる。

「コロナは自然生態系から人類に向けて発せられた目覚まし時計だ」「いまこそ、医と食とを連携させ、今後、さらに襲来する第二、第三波のパンデミックに備えよ」「地球温暖化による異常気象や生物多様性喪失のリスクを回避するには小規模家族農業によるアグロエコロジー(有機農業)しかない」といった論が展開されている。

2018年の拙著『タネと内臓』(築地書館)では、タネの多様性や有機農業、それによる腸活が世界では潮流となっており、日本だけがその流れと逆行していることを書いたが、今回のコロナ禍を受けてそのギャップがさらに開いた感がある。本書の題名を『コロナ後の食と農』とし、日本ではあまり話題にならないが、もしかしたら、こちらの方が「グローバル・スタンダード」として重要であるかもしれない「トピック」を紹介してみたいと思ったのはそのためだ。

いくつかのキーワードに的を絞れば、ズレはいっそう際立つ。三密の回避や、マスク着用、手洗いが推奨されていることは同じだが、それを前提にしながらも、海外、とりわけ、欧米では、食生活の改善と免疫力が話題になっている。『タネと内臓』では、裏庭の畑でミミズをついばむ鶏は鳥インフルエンザに罹患せず、発病するのは遺伝子組み換え(GMO)飼料を給餌された家禽工場だけだとの警告を紹介したが(前掲書 44頁)、同じことが人間にも言えそうなのだ。

肥満症患者は免疫力が低く感染や重症化のリスクが高いが、感染者も死者も世界最多となった米国も超肥満大国だ。高カロリー・低栄養のジャンクフードを食べている貧困世帯ほど被害が大きいこともあって、「いまこそ、健全な食生活を国家目標に掲げることで社会全体としての免疫力を高めよ」との主張が公衆衛生サイドから発信されている。つまり、罹患は自己責任ではなく、社会的格差やジャンクフードをまきちらしている社会的責任であることをコロナが教えてくれたというわけだ。

まったく異なる情報が飛び交えば、消費者の行動パターンも当然のことながら違ってくる。添加物が入った加工食品を避け、新鮮な野菜や果物、発酵食品を摂取することへの関心も高まる。現実の消費行動でも欧米やインドでは自然食品やオーガニック農産物の売り上げに拍車がかかっている。

感染爆発の第二波、第三波の襲来回避に向けた考え方も違う。日本ではワクチン開発や自粛が筆頭にあがるが、海外で発生の原因としてやり玉にあげられているのは、無理な農地拡大による自然生態系の破壊と工業型農業、とりわけ、ファクトリー(工場型)畜産業だ。

潜在的なウイルス製造につながるとして廉価な肉消費の見直しが図られ、「効率が良い」ものとして追求されてきた「ジャストインタイム」の流通や大規模モノカルチャーによる低コスト化も「単なるコストの外部化だったのではないか」と、根底から問い直されている。外部からの投入資材や燃料に加え、収穫作業で低賃金の移民労働者に依存していた大規模農業の生産がロックダウンで麻痺し、売り先も失う一方で、農場内で肥料が循環し、労働者も家族に限られる小規模な家族有機農業の方が、有事の際には強靭なことも判明する。

2018年には「小農と農村で働く人びとの権利に関する国連宣言」が採択され、2019年からは「家族農業の10年」が始まっているが、今回のパンデミックの中で活躍したのも、小規模家族農家だった。

大手スーパーの棚が空っぽとなった欧米では、缶詰を買い込むよりも恒久的な自衛策は家庭菜園であるとして、CSA(地域支援型農業)への加入や家庭菜園での市民たちの自給も始まっている。種子法の廃止に加え、種子の知的財産権を守るための種苗法改定が進められている日本とは逆に、ルーマニアでは、栄養価がある食料生産のために野菜のタネが配布されたし、タイでも、タネの配布を行い、生鮮食料の生産消費を推進する政策が講じられている。菜園ブームでタネや苗が不足する中、オーストラリアでは図書館から「タネ」を貸し出し、市民に増やしてもらって後から「返却」するシードライブラリーも登場した(第4章コラム参照)。

オーガニックや食の見直しは、具体的な政策としても出現しつつある。例えば、欧州連合(EU)の政策執行機関、欧州委員会は2030年までに農薬と家畜用の抗生物質を半減し、有機農業の面積を現在の3倍の25%に拡大し、生物多様性を保護するため域内の30%を自然保護地域とし、農地の10%を生け垣や野草の生息地へと戻す「農場から食卓まで戦略」(Farm to Fork Strategy、以下、F2F戦略と表記)を発表した。

健全な栄養のあるまっとうな食べ物を確保することで慢性病を予防し免疫力を高められるように、店頭で販売される全食品に栄養表示を義務化することも決まった。有機農業団体やスローフード協会、グレタ・トゥーンベリさんで有名となった若者たちの気候変動問題を懸念する「フライデーズ・フォー・フューチャー」も議論に加わり、多いに話題を呼んでいる。計画は2019年末から検討されてきたが、これまでの生き方や食べ方を大きく見直すうえでコロナの危機が後ろ盾となったことは間違いない。

冒頭の話に戻ろう。今回のコロナ禍をめぐる海外の研究者や論壇はまことに冷静だ。コロナ禍をグローバルなフードシステムの脆弱性をあからさまにした人類に対する目覚まし(覚醒)時計と見なし、いまこそ、レジリアンスのあるフードシステムへシフトせよと提言する。なんとなれば、コロナ禍は、第六の大絶滅に瀕する人類に向けて神が遣わしたもうた「使徒」ともいえるだろう。そして、生物多様性の破壊が続けば第二、第三の使徒が訪れることも避けられない。

とりわけ、危険なのが地球温暖化だ。そこで、アグロエコロジー、地産地消、在来種保全、栄養の表示義務化、そして、免疫力をキーワードにさらなる使徒襲来に際して、人類に福音(エヴァンゲリオン)をもたらすため、少なくとも欧州においては「フード補完計画」が発動している。

コロナの危機対応にはコミュニティが助け合う連帯経済や地方自治と食料主権がなによりも鍵となる。今後のあるべき理想像のひとつとして、コペンハーゲンの有機給食や公共調達がモデルとして推奨されている(第3章コラム参照)。

前半は憂鬱な話が続く。海外の先駆的な事例とこの国の現状とのあまりの落差に気分が滅入ってくるはずだ。けれども、ご安心いただきたい。第3章で記述するように有機給食は国内の先駆的な自治体で始まっているし、最初に有機農産物を給食に取り入れた「大地を守る会(現在、オイシックス・ラ・大地)」の藤田和芳会長からも、「未来に希望を抱いている」との力強いメッセージをいただいている(第3章コラム参照)。いま、本書を手に取られ、ここまでお読みになられたのも何かの「ご縁」である。ぜひ、最後まで筆者の「学び」を追体験していただきたい。

ともすれば、世界の誰からも引き取り手がないグローバル多国籍企業の毒漬け食品の最後のマーケットと化しつつあるこの国の食を健全化するために、まずは地域の給食から、そして、家庭の食卓から、そして、あなたの住む街角の食品店の棚からまともな食材を少しずつ取り戻していくとき、この国の悲惨な現状も救われていくに違いない。少なくとも、そう筆者は信じたい。ただそのためには、「ビックピクチャー」を描いて行動の意味をマップ化して示すことが必要だ。では、その物語を始めてみよう。

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