直感の不思議

「直感だけで生きてるよね。」
とよく言われる。
確かにそういったところある。
大きな人生の決断も、
根拠なくフィーリングで決めたりする。
「多分、こうだな」
という考えがよぎった時は大体それを信じる。
信じると言うより疑う気持ちが起きない。
なので間違いない気がして
確信めいた態度で挑む。
ただ論理的に理解したい人には
根拠をうまく説明できないし、
喋ると急にゆらぎが起こりだすので、
自分の中に留めて直感的に感じた事を
遂行する様にしている。
不言実行になりがちだ。
そしてなんらかを成し遂げたあと、
「直感的にやりたかったからやってみた」
という事後報告をすることが多い。
なので周りにサプライズ感がついて回る。
そして、直感が鋭い人と
勘違いされることもある。
でも、直感的に動く人ではあるが、
直感が鋭いわけではない。
友達は、芸能人の結婚会見で
「この二人絶対離婚するわ!よな?」と
預言者の様な直感力を発揮し、
共感を求めてくるが、
そんな力、皆目ない。
「わからん」としか言いようがない。

私の直感は、世間の正解とは、解離している。これは、幼少の頃に検証済みだ。
かつては私ももしかしたら自分は直感が
冴えてる人間なのではないかと、
自分を思った事がある。
しかしそれは大きな間違いだった。

例えば、2、3歳の頃、
兄の部屋に貼ってあった世界地図を見て
自分なら教えて貰わなくてもアメリカの位置を
直感で見つけられるんじゃないかと
ふと思った。
そして、モンゴルからロシア辺りを
アメリカだと思い込み
その後記憶の入れ替えをするのに苦労した。
あの砂時計の形した大陸にある方が
アメリカだという事実が
しっくりこない違和感に悩まされた。
宇宙人の侵略により、自分以外の人間の
アメリカに対する記憶が操作されたのではと
いう仮説もたてて自分の違和感を正当化させようともした。
直感を使わず、素直に教えてもらっていれば、
こんな目には合わずにすんだにも関わらず、
直感を使いたかった。

こんな事を無駄に色々した。

自分で自分の直感をテストし、
尽く外した。
そして、直感を使うのが好きだが、
結構直感が当たらず外してしまうのが
自分だという事を受け入れた。
でも直感を使うのはやめられない。
好きなんだから仕方ない。

ただありがたい事に、人生には不正解がない。
なので、堂々とさえしてれば、直感が鋭くない人間が直感に従って生きていても、人の道さえはずさなければ、大体正解っぽく見える。

これが直感の不思議なところだ。

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