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上司「明日から長期休暇?満喫しておいで!」

日本人の有給取得率が世界でワーストだという、もはや恒例すぎて耳も痛くなりにくなったニュースが、今年も出てきました。

世界一休まない日本人、有休取得率が3年連続で最下位に
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181210-00010002-bfj-bus_all

世の中ではたくさんの国別ランキングが発表されていますが、毎回ブラジルが首位に輝き、そして日本が最下位になるものと言えば、私の知る限りではこのくらい思いつきません。せっかくですので、日本とブラジル両方の企業で実際に働いた経験から、このニュースを深掘りしてみようと思います。

試される経営者や上司の度量

ブラジルがこのランキングで必ず上位に入ってくるのは、労働法により労働者に休暇の権利が保障されるからです。

当地では、ある会社に1年間勤めると、従業員はその都度30日間の休暇の権利を得るようになります。雇用主から見ると、これは休暇を与える義務となりますから、企業が意図的に違法行為を犯して休みを与えない限り、休暇取得率が100%でとなるのです。

仮に企業がこれを守らなかったらどうなるか?従業員に訴えられる可能性が高まります。ブラジルは、労働訴訟大国です。地球上の労働訴訟件数の98%がブラジルにあるとまで言われています。それはなぜか?そもそも、企業が労働法や労組との協定に含まれる規定が複雑過ぎて、遵守するのが大変だということもあります。また一定の所得以下の労働者は訴訟費用も払わずに済むほか、労働裁判所も労働者寄りの判決を出すことが多いため、労働訴訟が「市場化」している側面もあるからです。

ということで、経営者や中間管理職からすると、いかなる事情があっても従業員に定められた休暇を与えなければならないということになります。ジタバタしても仕方ないのです。

従って、明日から30日間の休暇に入ろうとする部下に、「バッチリ楽しんでおいで!」といかに笑顔で送り出せるか?ここで、上司や経営者の人間としての度量が分かってしまう、それがブラジルなのです。

休暇手当

一方で、30日もまとめて休暇を取られては困ってしまうという企業に配慮した、こんなフレキシブルな制度もあります。

例えば従業員が合意すれば、この30日間は分割も可能です。3分割まで認められており、その場合は、少なくともそれぞれの分割単位が連続14日間以上・5日間以上・5日間以上ではなくてはならないという規定があります。これと年末年始の一斉休暇(連続10日間以上)と組み合わせる企業もあります。

あるいは、従業員からの申し出があった場合には、休暇の買上げも可能です。休暇権利日数の3分の1の買上げが認められており、もしその通り雇用主が買い上げ、従業員がその日数を出勤したとしたら、元々有給休暇で1ヶ月分フルの給与が出るうえに、月給の3分の1を上乗せで貰えることになります。

労働者にとってのさらなるメリットとして、休暇手当というものがあります。これは、休暇が始まる2日前までに月給の3分の1を従業員に支払わなければならないというもの。この労働者の権利は、個別の労働法でなくその上位の憲法に規定されています。企業は従業員を雇用する際に、こうしたコストを織り込んでおかなければなりません。

なおこの休暇手当は、地方から都市部に出稼ぎに来ている労働者の里帰りを支援するために盛り込まれたものだと聞きます。やはり休みには、家族とゆっくり過ごしたい。服役囚にすら、母の日やクリスマスなどに年に何度か家に帰る権利が認められる、ブラジルらしい制度だと言えます。

しかし、必ずしもいいことばかりではない

実はこの休暇手当だけでなく、1日・1週間の勤務時間、120日間の産休、組合との合意のない給与の引下げ、超過勤務の手当ての割増率なども、労働者の権利として憲法で規定されています。これらを変更するには憲法改正が必要で、それは連邦議会で5分の3の賛成が必要という、大掛かりなものとなります。

またその下位に置かれる労働法にはもっと細かな規定がされていますが、1943年に制定されたものがベースとなっています。これは当時イタリアで導入されたムッソリーニ労働法を手本としたと言われており、労働者階級の支持を得るために練られた法律の性格が、今でも色濃く残ってしまっているのです。それが現代の工業化や都市化が進んだ社会に次第にそぐわなくなっている点も否めません。2017年になってようやく、この労働法の規定の一部が改正されたところです。

というわけで、休暇取得率の世界ランキングで1位に輝いているのは、ブラジル人が何が何でも休暇を得て遊びたい人たちだからというわけではなく、そのような歴史背景によるものなのです。もちろん、休むときは休むという習慣があることで、彼らの遊び方が上手だという点は否めませんが。

しかし、この数年間景気が低迷しているブラジルでは、こうした労働者の権利が保護される制度下で従業員を雇用することに企業がリスクを感じてしまい、雇用創出の観点ではマイナス効果となってしまっている面もあります

働く人にしっかりと休みが与えられる制度があるからと言って、それが必ずしも手放しにありがたいものなのかと言えば、そうも一概には言えないのものなのです。

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