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年下の男の子

「彼に美味しいごはんを食べさせてあげたくて」
 こんな気持ちになったのは、はじめて。

 それがお料理教室に通い始めた理由だった。

 包丁もろくに握ったことのなかった私が、そんな風に思うようになるなんて、恋って不思議。
 一体どうしてなんだろう。
 彼が年下だから?
 可愛い顔をしているから?
 あまりごはんを食べていなそうな細い身体をしているから?

 後付けの理由ならいくつか考えつくけれど、私が彼をはじめて見た瞬間に脳裏に浮かべたのは、相手を食卓の前の椅子に縛り付け、身動きがとれないようにして、私の箸でごはんを食べさせてあげる、そんなイメージだった。

 「彼に美味しいごはんを食べさせてあげたい!」
 願いは鼓動を高まらせた。

 拘束されたまま、食卓の前に座らされた彼の目が、主菜と副菜を行き来する。
 そこには今まで彼が食品に向けたことのない嫌悪と困惑の色があるはずだ。
 その目は私にも向けられる。
 たまらない。

 薄い唇を歪めるようにして固く結んだ彼の口元に、箸でつまんだごはんを近づけたい。
 まずは、白米だろうか。
 洋食よりも和食というのが彼のイメージには合う。
 白米は炊きたてではなく、少しだけ時間の経ったものを。
 これは、彼がもしも猫舌だった場合にやけどをさせないための配慮。

 彼はきっと私が口元に運んだ米を拒む。
 最初からこちらに従うような態度を見せる男の子じゃない。
 だからこそ、こちらは食べさせがいを覚えるわけだ。

 しかしそうなると、食事の序盤にして彼の口元にはたくさんの米粒が付着してしまう可能性が高かった。
 美観が損なわれる一大事だ。
 それに、あんまり嫌がられると米粒が飛び散ったり、攻防の末に箸を相手の口内に無理矢理突っ込んで怪我をさせてしまったりするかもしれない。
 なにせ最初は抵抗するにも勢いがあるだろうから、ヤワな食品から入ったのではこちらが苦戦することになる。慎重にいかなくては。

 白米よりも前に口に運ぶのは、根菜が良さそうだ。
 根菜の煮物がいい。蓮根なんてどうだろう。鶏やこんにゃくと一緒に甘辛く煮付けた蓮根を、グッと一気に押し付ければ、勢いで食品を口内に侵入させられるかもしれない。

 吐き出すだろうか。
 彼なら、自分の意思ではなく他人によって無理矢理口内に食品を入れられたら、吐き出しそうだ。
 それもまた面白い。その鼻っ柱の強そうなところがいい。
 私は彼が疲れてぐったりとなるまで、延々と蓮根を口に運び続ける。
 時には人参なども交え、彩りを意識しながら......。

 「彼に美味しいごはんを食べさせてあげたい!!」
 そんな風に思ったのははじめてだった。

 人を好きになるたび、新しい欲望が湧き上がる。
 それとも、新しい欲望を湧き上がらせるから、恋をしてしまうことになるのだろうか。
 年下の男の子を好きになったのははじめてだった。

 「しあわせ者ですね、彼は」
 お料理教室の先生は私の答えに、柔らかく目を細める。
 「そうでしょうか」
 この欲望はそんなに上品なものではない気がして、私はうつむき、エプロンの裾を握る。


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