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好きな話、フラワーパークに坊主が二人。

まだ二十歳になる前の話。

地元でやっていた派遣のアルバイトで、毎日のように「浜松フラワーパーク」に通い、パーク内にあるビアガーデンでウェイター業務をしておりました。

浜松フラワーパークは、見渡す限り花が咲き誇り、景色もよければ香りもよく、自宅から遠く離れたそのバイト先まで送迎ワゴンで1時間半ほどかけて通っておりました。それはそれは今では考えられない遠さのバイト先。なのに、どうして通っていたのか。ウェイターならもっと近場でできるのではないか。これは、「そうなんだよね、実はお花が大好きなんだよねー」という話ではまるでありません。まったく別の理由があって、心を弾ませながら通っていたのです。

そのバイト先には、一人の坊主頭の女性がいました。年は25くらいで、キレイな頭の形をした金髪の坊主。それはベリーショートよりも坊主に近い、パンキッシュな気合いを感じさせるもので、これが本当に似合っていてカッコよくて。黒い坊主は憧れの眼差しで眺めていました。とあるバイトの休憩時間、お姉さんが「それ何ミリなの?」と声をかけてきました。「来た…」黒い坊主はそう思いました。これは坊主あるあるの会話、この場合の「何ミリ」とは「その頭髪は何ミリで切っているんですか?」の「何ミリ」なんです。僕はヘラつく気持ちを抑えながら「6ミリくらいですかねぇ」と答えました。男女が仲良くなる最初のステップ「共通の話題を持つ」という項目が埋まった瞬間でした。僕は「坊主」という一本槍を武器に、お姉さんと仲良くなりました。「もしうまくいっても、坊主同士のカップルになるんだぞ?」というイビツさには目もくれず、早い段階から一方的に好意を寄せていくようになりました。

それ以降、休憩時間になると坊主二人で話すようになりました。周りから見たら不思議な光景でしょう。でもそれで言ったら、そもそも同じビアガーデンに男女の坊主が二人配置され、そのどちらもが接客業務をこなしていたことの方が、今考えると不思議なことでした。昼間の空いている時間なんかは二人だけで回すこともありました。「え、ココはそういうお店なの?…え、それってどういうお店なの??」といった感想のお客様もいたかもしれません。時を越えてお詫びします。あの時の黒い方の坊主ですが、その節は驚かせてすみませんでした…。話を戻します。お姉さんは別の派遣会社から来ているとのことで、「他の人はみんな友達同士とかで来てるんだけど、私は違うし、怖がられてるから馴染んでないんだよねー」と、細くて長いタバコを吸いながら教えてくれました。僕はというと、友達同士では来ておらず、同じ派遣元の人は怖い系の兄さん達ばかりだったので、「結果的に一人」な環境だったわけですが、脳が魔法的な変換をしまして、「あぁ、じゃあほとんど一緒ですねぇ」とか相づちを打っておりました。「花は別に好きじゃないんだけど、これだけ咲いてたらなんか、凄すぎて笑っちゃうよねー」と話すお姉さん。「なんでこのバイトをしてるんですか?」と尋ねると、「お金を貯めたくてさ…」と言った後、さらにお姉さんは大した用件でもない様子で教えてくれました。


「私ね、イルカの調教師になりたいの」


完全にココロオドった瞬間でした。そんなバカな。イ、イルカの調教師だと?あなたが?そのために一人で黙々とバイトを?人から聞いた「一言」の中で、こんなに胸に来るパンチラインは経験したことがありませんでした。「わたしね、いるかのちょうきょうしになりたいの」「わたしねいるかのちょうきょうしになりたいの」「わたしねいるかのちょうきょう…」どれだけ反芻しても飲み込めない、マンガよりもマンガな一言。冷静さを保とうと必死な僕に、お姉さんはもう一発トドメのパンチを打ち込んできました。それは言葉ではなく、視覚にストンと撃ち込まれた一撃でした。お姉さんは、ズボンを少しだけずらして、腰に入った「イルカのタトゥー」を見せてくれたのです。


「おわーーー。イルカさんですねーーーーー」


ズボンの中から飛び跳ねる形でジャンプしているイルカのタトゥー。そのイルカと目が合う僕。「イルカ、イルカ、調教師、タトゥー、イルカ、調教師、タトゥー、イルカ…」頭の中を知っている単語が並んでいるけど、まったく処理できない状況。オーバーキルにも程があります。イルカが好き過ぎて腰にイルカのタトゥ―を入れている金髪坊主のその女性は、「イルカの調教師になる」という夢のために、花々が咲き誇るフラワーパークでお金を貯めていたわけです。「愛知にある専門学校に通うために貯めてるんだ…」そう話すお姉さんの横顔を見て、僕はすっかり完堕ちし、好きになっていました。というか、ならない選択肢の方が完全に消えていた感覚。だってこんな、キラキラマンガのド真ん中みたいな眩しい人、義務教育の中では出会わなかったから。高校卒業したての僕には劇薬過ぎました。もっとこの人のことが知りたい…。そんな気持ちが芽生えていました。しかし、我々はあくまで派遣バイト。派遣ということは、期間が決まっています。こちらの期間は二週間。初日からいたお姉さんはもしかしたら、もっと早いかもしれない。これはまず、とりあえず連絡先を交換しなければ…これは絶対、絶対にしないといけない…。


翌日、同じ派遣元のお兄さん達が「お花畑で大暴れする」という奇行に起こし、派遣元ごとクビになりました。


クビの電話連絡を受けた時に、体内を駆け巡った感情がたぶん、俗に言う「殺意」というものだったんだと思います。えーっと、マジで何してんの?いやマジでマジでマジで。え、理由はなあに?人がお花畑で大暴れしなくちゃいけない理由ってなあに?なあになあに???


それ以来、それきりのお話です。
あの時のお姉さんは無事、イルカの調教師になれたのでしょうか。
どこかで金髪坊主の女性がイルカの調教をしてましたら教えてください。
向こうが未だに坊主かは分かりませんが、もしお会いできた時には、「今は4ミリです」と伝えようと思います。


#ラブレターズ #フラワーパーク #後悔

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