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季節外れの読書の季節、書評全文掲載

「つんどく」「積ん読」「積読」、読まずに積まれた未読本たち。そんな言葉さえ挟み込む形で積まれた本たちを少しずつ消化しております。秋じゃないけど、半強制的に読書の季節がやって参りました。かつての朝読書のように、時間を決めて読んでみるのはどうでしょう。積んでる方も積んでない方も、この機会に。

以下、2020年3月号のテレビブロス・ブロスの本棚に寄稿した書評になります。正確な情報の取捨選択が難しくなっている今とも少しだけリンクする事件の話です。重たい内容ですので、気分に合わせて控えて下さいませ。他にも「全文掲載」のまとめに過去の書評が数本ありますので、合わせてどうぞ。


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書評「つけびの村」 高橋ユキ

ブロス編集のおぐらさんから「こちらの本で書評どうでしょうか?」と聞かれた時、正直、というか、だいぶ戸惑った。この事件自体はニュースで知っていたからである。2013年に起きた山口連続殺人放火事件…限界集落の中で、一晩に5人が殺害されるというあまりにもショッキングな事件であり、犯人宅の窓には犯行予告とされた謎の貼り紙「つけびして 煙り喜ぶ 田舎者」という川柳…いや、一介の芸人がどうのこうの言えるお話ではない。というか、怖すぎる。なんていう惨劇なんだ…というのが、本書を読むまでの率直な気持ちでした。ただ、読み終えて書評を受けようと思ったのは、何よりも「噂」という見えない恐怖についてと、それを推し量る「想像」について、真剣に考えてみたくなったからである。

真意はさておき、情報の正しさよりも、その面白さが先立って広まってしまうもの、それが「噂」の持つ怖い側面である。人づてに聞いた話に尾ひれが付いて伝わり、気付けば、ことの真意よりもその派生した驚くべき情報に、人は興奮し、さらに濃い情報を求めたくなる。「いや、実はその話って本当は…」なんて答え合わせをしたら、その瞬間に魔法は解けて甘美さが損なわれる不思議な存在…本書は、そんな「噂」によってバランスを崩した村に筆者が直接出向き、真摯に取材した日々の記録である。どうして僅か8世帯・12人しかいない限界集落の中で、一晩で5人もの人間が殺されたのか。犯行予告の意味とは。筆者が動き出すきっかけになったのもまた、「実は犯人はこの村で、いじめられていたのではないか?」という一つの「噂」からだった…。

本書は、この村に飛び交う無数の噂を整理するところから始まる。その中で、たびたび報道に出ていた謎の川柳も、実は犯行を予告するためのモノではなかったことが明らかになり、さらに、当時週刊誌で取り沙汰されていた、村八分になっていたという噂についても、実際にはどういった状況にあったのか、筆者の丁寧な取材によって見事に紐解かれていく。そうして、私たちの元に届いていた情報だって、ただの噂に過ぎなかったことを突き付けられるのである。知った気でいた自分が恥ずかしくなった。普段、見聞きしている情報の中に、一体どのくらい「本当」があるのか、改めて考えた方がいい。さらに、この村においては我々のそれとは正反対で、情報過多ではなく、情報が枯渇している状態にある。「携帯を持っている人を見ない」「ネットを使っているのは一人だけ」と筆者が伝える通り、この村には我々が日常で触れている数々のツールがない。ただそこに、「噂」が入り込んでいるのである。すべての発信源は毎週金曜の朝に開かれる「コープの寄り合い」…その中で噂された話が飛躍していく日々の中で、住んでいる村人はいつ自分が噂の対象になるのか、疑心暗鬼になりながら暮らしているのである。

「噂話ばっかし、噂話ばっかし。田舎には娯楽がないんだ、田舎には娯楽がないんだ。ただ悪口しかない」

犯人が残したICレコーダーから語られたこの言葉には、本当と想像が交じり合っている。本書のもう一つの怖い部分、「想像」である。想像することの怖さは、際限がないということだ。「ここまで」というエンドラインはどこにもない。すべて本人のさじ加減で決まってしまう。当初は理由のある範囲内で「こうではないか」と動き出した想像が、日々繰り返されることにより、その理由めいた根拠は徐々に曖昧になり、やがてその想像は空想のレベルに達し、それがまるで現実であるかのように、本人の中で実体を持って迫ってくるようになれば妄想へと切り替わっていく。この村に蔓延していた「噂」は、客観性を持って接すればそのどれもが眉唾モノである。しかし、この村で生き、次々と違う噂を耳にする生活を繰り返せば、客観を保つための距離は崩れ、やがて、とんでもない妄想へと走り出してしまうことも、まるで容易ではないが、でも、なんとなく、本当になんとなく、0.1%くらいは想像できてしまう。そう、この、想像できてしまう部分に怖さを感じるのである。それは「消された一家」や「凶悪」の読後感とはまるで違う身の毛のよだち方であり、改めて、「噂」と「想像」という身近な事柄について考えるきっかけをもらった気がした。
(テレビブロス2019年6月号・ブロスの本棚129冊目 「つけびの村」)


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