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好きな話、砂丘の魔物。

5年ほど前の夏、うるとらブギーズの佐々木君と地元・浜松に帰った話。

佐々木君は中学の同級生で、今でも近所に住んでいるくらい一緒にいる友人。地元に帰る時はお互いに予定を合わせて帰郷しているのですが、帰った後の地元での過ごし方もほぼ決まっています。佐々木君の車でスーパー銭湯に行き、「さわやか」のハンバーグかラーメン「三太」を食べ、「浜松鑑定団」というリサイクルショップで車内BGM用の中古CD(思春期に聞いていた曲縛り)を買い漁り、それを聴きながら少しドライブをして、深夜の海をただ見に行くという、まごうことなきゴールデンルートを過ごすのです。

その年の夏も例年通り、深夜2時過ぎに辿り着いたのは日本三大砂丘の一つ・中田島砂丘。誰もいない海を前に我々は、「この海をみるために帰ってきたようなもんだよなぁ」という最高のコメントを吐きながら、砂浜ギリギリまで車を進めると、そこでタイヤが砂にハマり、動けなくなりました。

「おいおい、何やってんだよー」「ハマっちゃったわ~」なんて言いながら、アクセルを踏み込むと、タイヤが砂をこすり上げていきます。

「ババババババーー」

二、三度この音が鳴り響いた後、前にも後ろにも動きそうにない車の様子をみて、我々はイヤな予感がして、少し黙りました。車内に流れていたH jungle with tを消して車から降り、飛び散った砂がへばりついている車体と、半分ほど砂に埋まりながらも踏ん張るように車を支えているタイヤの状態をちゃんと確認して、再び少し黙りました。波の音が聞こえます。

「…これはまずいよね?」
そう聞くのは、免許すら持っていない私です。
「これはまずいね」
佐々木君も冷静に返してきます。

辺りに誰かいないか探し、改めて誰もいないことが分かり、ゆっくりと海を眺めながら、我々は事態の深刻さを理解し始めました。丑三つ時、広大な大砂丘の片隅で、完全なる立ち往生です。空を見るとキレイな星空が広がっています。立ち往生です。遠くで灯台の明かりもチカチカしていますが、こちらは立ち往生です。三十を過ぎた芸人が二人、地元に帰った勢いで深夜の海を見に来た結果、立ち往生です。我々は、誰にも聞かれることがないのに、ずっしりと感じている恥ずかしさからか、ヒソヒソと会話を進めました。

私「その…ジャフ的な、お助けのやつを呼ぶのはどうだろう?」
佐「うん、それは考えたんだけど、この車、親のだから無理だと思う…」
私「え?」
佐「名義が親だから、親が連絡しないといけないんだと思う…」
私「…」
佐「…」
私「…親に連絡するのは恥ずかしいよね?」
佐「恥ずかしいねそれは」
私「…」
佐「…」
私「『海でタイヤがハマって動けなくなりました』って、こんな深夜に親にする電話じゃないよね」
佐「…情けないよね」

もちろん、素人ながら手は尽くしました。車を押しながらアクセルを踏んでみたり、タイヤの下の凹んでしまった部分に砂を詰め直して固めてアクセルを踏んでみたり、タイヤの導線を作るために板を探してきて挟んでアクセルを踏んで割れてを繰り返してみたり…どれもこれも失敗に終わり、無力この上ない時間が過ぎていきます。

佐「…電話してみる?」
私「…でも寝てるよね?」
佐「寝てるねきっと。何事だと思うだろうね」
私「…」
佐「…」

佐々木君は親に電話をしました。「こっちでなんとかするからジャフに連絡してほしい」と、おそらく寝ていたであろう父親に伝え、しばらく何かを伝えられた後に電話を切りました。

佐「こっちに来るって」
私「え…」
佐「うん、とりあえず…来るって…」
私「…来るの?」
佐「…うん」
私「…」
佐「…」
私「…え、来るの?」
佐「…これはすごく恥ずかしいよ」

我々のゴールデンルートのラストは「寝ていた親を叩き起こして助けに来てもらう」という、とても恥ずかしい出口を迎えました。途方に暮れ、ザザーザザーと言っている海をしばらく眺める我々。ザザーザザーと言っています。こちらは立ち往生です。

と、そこへ早くも車が一台やってきました。

私「え、もう来たよ?」
佐「いや、あの車じゃないな…」

降りてきたのは、若いカップルでした。向こうが我々に気づき、近づいてきます。心のどこかで、ヤンキーじゃなくてよかったとホッとしつつ、事情を説明すると、気さくなお兄さんが車体をチェックした後に笑顔で言いました。

「大丈夫っすよ、僕こういうの慣れてるんで手伝いますよ」

とんでもない救世主が現れました。慣れていると話すのも、「長野県」というお国柄もあり、雪道にハマることが多いそうで、経験豊富であり、なおかつそんな時のためにと、車にはスコップまで搭載していました。見事なまでに救世主です。あまりの眩しさにとろけそうな表情で見つめる我々と、そんな彼の頼もしさにとろけている彼女。救世主はジャフでも親でもなく、「みたことのない海をみてみたい」という理由で長野県からはるばるやってきた年下のカップルでした。

「雪に比べたら、たぶん沈まないんでイケますよ」

そう話しながら、慣れた手つきでスコップを操り、砂を掻き出したり盛ったりする彼と、引き続きうっとりと見つめる彼女と、棒立ちではまずいと思って携帯のライトで照らしたり、他にやることが分からずダブルでライトを照らしたりしている我々二人。

「一気にアクセル踏み込んだんじゃないですかぁ?」

そう聞かれ、もごもごと答える佐々木君。どうやらそれがまずかったようです。

「こういう時って、踏み方が大事なんすよぉ…キー借りてもいいですか?」

佐々木君が失礼のないように救世主にキーを献上すると、彼はエンジンをかけ、慎重にアクセルを踏み込んでいきます。見つめる彼女と我々二人。

「ババババババーー」

車はびくともしませんでしたが、救世主は冷静でした。

「うん、だいじょぶです、分かりました」

再びスコップでタイヤ前後の砂場をあれこれし始める救世主。状況を把握したのか、手際よく砂を固める位置を定めていきます。はじめから一度での脱出は捨てていたようです。もう一度、アクセルを踏み込みます。

「ババババババーー」

車はびくともしませんでした。もう一度アクセルを踏み込みます。

「ババババババーー」

車はびくともしませんでした。黙々と作業する救世主の姿に、集中モードに突入したんだなと、願うような気持ちで見つめる我々二人。

「ババババババーー」
「ババババババーー」
「ババババババーー」

しかし、我々の願いとは違う方向へ、救世主の感情は向いていきました。格闘を始めてから二十分ほど経ち、明らかに救世主がイラつき始めました。心配に思った彼女が声をかけても、救世主はちょっと無視するようになりました。何もできない我々に、やや調整が効かなくなった声量で、現場監督である救世主から指示が飛びます。

「あの。板かヒモ探してもらえます?あればヒモがいいです、うちの車に繋いで引っ張っちゃいますから」

もちろん従う以外の選択肢はありません。我々は板かヒモを探しに漆黒の砂丘を駆け回ります。彼女は彼から離れて、一人で海を見ています。無視されたことをよく思っていないようです。これはまずい状況です。初めて会った良心的な人間が、我々の失態のせいで不幸になっています。一刻も早く脱しなければなりません。工事現場の封鎖用とかで使われている、黒と黄色の編み込みヒモを見つけました。しかし、短いです。しかも古くほつれていて、やや腐っている気もします。手土産がこれでいいのか分かりません。遠くの方で、「ババババババーー」の音が聞こえます。車は動いていません。彼女はただただ海を見ています。やっぱりまずいです。急いでヒモを届けると、救世主に少しだけ笑顔が戻りました。

「よかった!これで繋げばイケますよ」

胸を撫でおろす我々。救世主が自分の車に乗り込み、佐々木君の車のそばまで近づけると、互いのそれ用らしき穴にヒモを通し、器用に結びました。これで準備完了です。我々も引っ張り出す時の手助けとして、車を押せるようにスタンバイします。救世主の号令で、勢いよく車を押しました。

「ババババババー、バチン」

ヒモが切れました。海を見ていた彼女がこちらを見ましたが、再び海に視線を戻しました。救世主が降りてきて、ヒモの状態を確認しています。むにゃむにゃ言っています。気まずい時間が流れた後、再び救世主は立ち上がり、もう一度チャレンジすることになりました。先ほどよりもギリギリのところまで車を近づけ、互いの穴にヒモを通して入念に縛り上げ、救世主の号令で車を押します。

「ババババババー、バチン」

ヒモが切れました。

「あ”ぁ”!」

救世主の苛立ちの声とハンドルを叩く音が響き渡ります。我々は固く黙ることしかできません。彼女は海を見ています。すると、さらによくないことが起こりました。

「なんだよおい…」

今度は救世主の車が砂にハマりました。

「ババババババーー」

救世主がイラついた気持ちをぶつけるようにアクセルを踏み込みます。

「ババババババーー」
「ババババババーー」

音の勢いから、明らかにベタ踏みしている様子が伺えます。我々の脳裏に、かつての救世主の姿が浮かびます。

(一気にアクセル踏み込んだんじゃないですかぁ?)

あの頃の救世主は輝いていました。

(こういう時って、踏み方が大事なんすよぉ)

スコップを手に近づいてきた時の笑顔はどこに行ったのでしょう。今は鬼の形相でアクセルをベタ踏みしています。

「ババババババーー、あ”あ”!」

砂丘には、魔物が住んでいるようです。我々だけでなく、救世主までもが食われようとしています。車から降りた救世主は、黙ってスコップを手に取ると、自分の車の下をあれこれし始めました。こうなってくると、いよいよ見守ることしかできません。様子を察した彼女が戻ってきて、海じゃなくて救世主を見ています。さすがに心配そうですし、魔物を起こしてしまった我々に怒っていたのかもしれません。救世主と何度か言葉を交わして、車の後部座席を開け、カーディガンを取り出し、羽織って、また海を見に行きました。より仲が悪くなったようです。最悪です。ダークサイドに堕ちた救世主は、無心でスコップを振るっています。最高に険悪です。砂丘の魔物はカップルの仲まで引き裂こうとしています。再び自車に乗り込んだ救世主は、アクセルを踏みました。

「ババババババ――、ブゥーン」

救世主の車が抜け出しました。おっ、と思う我々。そこへ、颯爽と車から降り、「見ましたか?」みたいな表情でこちらを見てくる救世主。あ、いやいや…、救世主の自慢げな姿をみた我々は、「問題はそこではないのです」と伝えたい気持ちでいっぱいになりました。気づけば、辺りも明るくなってきています。どうにもならない状況を打破すべく、もっと強靭なヒモを探そうかと動き出したその時、もう一台の車が近づいてくることに気付きました。それは、佐々木君の親の車、では明らかになく、思いっきり軽トラックでした。

「おまえら何してるだぁ??」

地元・遠州弁でそう話すのは、軽トラックから降りてきた腰の曲がったおじいさんでした。事情を話すと、何も言わずに車の状況を確認し始めるおじいさん。救世主と彼女もその姿を見守ります。おじいさんはおもむろにしゃがみこみ、何度も千切れてボロボロになった黒黄色のヒモを拾い上げて言いました。

「こんなもんで引っ張ってただか?…バカけ???」

押し黙る一同。トラックの荷台から黒黄色のヒモの何倍も太い、それこそまさに牽引用といった様子のロープを取り出し、車に縛り付け、トラックにくくると、荒々しくエンジンをかけ、ものの見事に一発でぶっこ抜きました。ほんの数十秒の出来事でした。

「今からそこで釣りするだでぇ、用済んだならもう帰れやぁ」

そう言い残し、真の救世主は少し離れたポイントまで軽トラを移動させ、投げ釣りの準備を始めました。言葉もなく、立ち尽くす四人。魔物は、おじいさんが放ったぶっといロープのワンパンにより一撃KOされ、砂丘の奥深くへと帰っていきました。

気づけば、離れていたはずの彼女が彼のそばに立っていて、その姿を見て少し安心しつつ、改めてお礼と時間を奪ってしまったことを謝罪すると、元救世主である彼は「あのヒモを積み忘れてたんすよねぇ、冬場使ったんで乾かしてて…」と話し始めました。彼女はそれをよく思わなかったのか、遮るようにお辞儀をして車の方に歩き出し、彼も後を追うようにして車に乗り込み、去っていきました。「みたことのない海をみてみたい」と、はるばる長野県からやってきた年下のカップルに、さんざんな思い出を作らせてしまいました。申し訳なく思いながら、我々も車に乗り込むと、遠くでカップルの車とすれ違うようにして佐々木君の親の車が入ってきました。謝ることしかできないタイミングでやってきたその車には、お父さんだけでなく、お母さんまで心配して乗っていました。ご両親に、なんやかんやあって抜け出せた旨をなるべく恥ずかしくない感じに変換して伝えると、「まあよかったじゃんねぇ」とご両親。どこまでも優しい親心。MAX情けない二人。お母さんが砂のついた車体をササッと払って、「じゃあまあ、気を付けて帰るだよ」と言って、また再び来た道を戻っていきました。帰りの道中、何事もなかったかのように歌うH jungle with tが身に沁みました。


#ラブレターズ #うるとらブギーズ #お笑い #夏の思い出 #中田島砂丘

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