デジ庁が取り組むラストワンマイル
デジタル庁が、データ授受にフロッピーディスク等を指定している法令を見直す方針を明らかにしたとのこと。
これについて賛否両論見かけたけど、個人的にはけっこうイイ話というかやるべきこと、大切なことなんじゃないかなと思う。
ラストワンマイルが物事を変える
ちょうど10年前の話だけど、以下のような話を読んで、そうだよなと深く頷いたのを覚えている。
従業員の「大半」でも「90%」でも「99%」でもなく、「100%」が持っているから業務のプラットフォームが変わる。資料はデジタルオンリーに一本化して、「ペーパーゼロ宣言」を出すことができる。例えば99%とわずか1%不足するだけでも、紙とデジタルの平行運用になってしまい、効率化やエコロジーを目的にしたはずなのに、労力も環境負荷もむしろ大きくなりかねない。孫氏は「ラスト1%」の大切さを明確にしている。
別の例を挙げるなら「ラストワンマイル」だろう。Amazonはこのラストワンマイルを「たかが1マイル」と軽視せず、狂気を感じるほどに真正面からそこに取り組んで、各国各地の運送事業者と提携したり自分たちで配達パートナーを組織したりして、即日配達や翌日配達を実現できる物流網を作り上げた。この最後の1マイルを詰め、0マイル、つまり顧客の家のドアまでリーチしたから、Amazonはネット購入をファーストチョイスとするニューノーマルを切り開けた。
デジ庁のフロッピーディスク使用の見直し方針
さて、こんな記事がFacebookでシェアされてきた。そこについたコメントは賛否両論というか、どちらかというと否定的なニュアンスを感じた。「本気度…?」「既にほとんど使ってないだろ」「実体先行してるものを宣言するポーズだけじゃないの」といった感じだ(少し誇張している)。
個人的には、これもラストワンマイルやラスト1%的な大切さがあるんじゃないかと思う。フロッピーディスクが、記事中に曰く「20年以上の時を経て、形骸化している…いや、デメリットしかここには、存在していない」のであれば、それを最後の1%まで「使わなくてよい」仕組みに移行する。行政に書類などを提出する人が、フロッピーディスクやドライブを持たなくてもいいことを、明確にする。
Amazonで検索すると、ポストフロッピーと言われたMOドライブやZIPドライブが数もわずかで値段も尋常じゃなくなってる。でもフロッピーディスクドライブは数も潤沢で価格も2,000円台から、対応OSにはVISTAやXPやWindows 7まで含まれていたりする。
古い媒体が「要るかもしれない」コスト
昨年、東京都の脱フロッピーディスクが報じられた際に、Gizmodeがこんな話を伝えている。
みずほ銀行にしてみれば、これらの記憶媒体用の機器、つまりFDドライブ等を持ち続け、メンテし続けないといけないわけだ。対象媒体は「フロッピーディスク、磁気テープ、DVD」とし、その理由をこう書いている。
これは行政に書類提出する際の媒体ではなく、逆に行政から書類を受領するための媒体だけど、根幹は同じだと思う。例えばみずほ銀行などといった企業が、行政がフロッピーディスクを使うかもしれないからという理由でドライブを所有し、潤沢で廉価なフロッピーディスクライブ市場が維持されてるのかもしれない。もしそれが「ほとんど使われない」けど「念のために配備している」みたいな理由だったら、なおさらすごい話だ。
20年以上昔の話だけど、全国各地に配備されたシステムに、フロッピーでアップデータを届けて更新するという一大プロジェクトに駆り出されたことがある。現地作業時間は30分というところだけど、だいたい主要駅からの交通の便が悪く、拠点数だけ人数が必要だった。担当したのは仙台駅から公共交通機関で30分あまり+徒歩の場所。納品されてから数年間、使われたことのなかった内蔵フロッピーディスクドライブは、ディスクを入れても読み込んでくれなかった。
お分かりのことと思うけど、壊れてたのだ。仙台駅から30分、作業見積り時間30分、帰りにはちょっと遊べるかと思った出張は、ハードウェア保守業者を呼び、業務時間が終わるのを待って修理をし、真っ暗になってから仙台駅をタッチ&ゴーの勢いで駆け抜ける弾丸出張になって終わった。古い媒体、普段使っていない媒体を利用可能にしておくというのは、モノも人手もかかることなのだ。
終わりに
もし「実体先行」で「もうほとんど使ってない」媒体なのであれば、ほとんどという言葉が示すラスト数%を、きちんと廃止して0%にするということは結構意味があると思う。大臣がわざわざ声を上げなくてもフロッピーディスクがなくなるのは「時間の問題」かもしれないけど、その間コストを負い続ける人たちから見たら「時間こそ問題」だろう。ラストワンマイル、ラスト1%を放置せず、丁寧にそこは閉じてほしい。
オフラインでのデータ授受は減るにせよなくならないと思うし、代替のメディアを指定するハードランディングに行くのか、それともまずはフロッピーしか使えないといった縛りを緩めてその時々のモダンなメディアも認めるソフトランディングに行くのか、この先の展開は分からない。それ次第で、行政の中にフロッピーディスクドライブが残るのか不要になるのかは違ってくる。でもどちらであれ、行政と付き合う側はフロッピーディスクドライブとお別れすることが可能になる。
技術的負債の返済みたいな話だよね。COBOLプログラムがちょっとでも残っている限りCOBOLエンジニアは手放せないし、Perlスクリプトが残っている限りPerlプログラマは手放せない(※一応書いておくと僕はPerl好きで、でも少なくとも社内でPerlコーディングを求められる機会はなくなった)。繰り返すけど、ラスト1%の処理を丁寧にやることには、それなりに大切な意味があると思う。
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