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インターネットに返した恩が返ってきた

先週だったか、僕がブログを始めた理由は、という話になった。僕のスタートはホームページとしての個人Wikiだったけど、この文脈ならその時のことになると思う。そしてなんだかキレイすぎて口にしづらいけど、その理由は「恩送り」だったなと思う。当時はあまり使われていなかった言葉だったと思うし、僕自身知らない言葉だったけど。

1998年に就職してWindowsに触り始め、まだソフトウェアを買い揃えるような懐の余裕のない新人時代、多くのフリーソフトウェアにお世話になった。ベクターソフトウェアと窓の杜の記事は必ずチェックしたし、そのうち掲示板巡回ソフトを知り、僕の巡回先を加えるためにプラグインを書こうと思って、Perlを覚えた。仕事で楽をしたくて、秀丸マクロを覚えた。もちろん、他の誰かが作ったプラグインやマクロにもお世話になった。誰かのホームページで学ぶこともあった。

だからそんな先達へのお返しにはならないにしても、自分の作ったメモとか、プラグインとか、マクロとかはインターネットに返さないとと思った。ホームページを作ることにして、でもHTMLを直書きするのも大変だと思っていたところで、結城浩さんのYukiWikiを知った。設置してサイト運営していくうちに、画像を貼れるようになどの機能追加を繰り返して、それもWalWikiとして配布した。そうすることで、先達が僕を助けてくれたその気持ちに、なにかを返せる気がしてた。

Googleでの検索が一般的になってきて、そのうち「これどうやるんだっけ」と思って検索すると、自分の書いた文章がヒットするということが起きるようになってきた。別に僕の書くものが優れているわけじゃなくて、僕が思いつく「検索ワード」と僕が文章に盛り込んだ「キーワード」が一致してただけだ。でもいつの間にか、いつか誰かの役に立てばいいと思って書いていたものが、僕自身を助けてくれるようになってきた。「未来の自分は他人」というけど、その意味では未来の自分も「いつか誰か」の一人だった。「情けは人の為ならず」ともいうけど、自分にも直接返ってくるとは思わなかった。

学んだことをブログFacebookTwitterQiitaTumblrなどへ投稿するのは、もう活動ではなくて習慣になってきた。そのうち、Googleで検索するのが「一般的」ではなく「あたりまえ」、なにか困ったときにみんながまずやることになってきた。昨年、前職での同僚が「ちょっと困ったことが起きたけどこのページを見つけて解決して、よく見たら塚本の書いたやつだった」と言ってくれた。そして今日また、IT以外での知人から「お仕事に詰まってたらお前のページが出てきて問題解決した」とLINEメッセージをもらった。いつか誰かにと思ったものが、でも1年もしないで身近な人を助けることになったりする、そんなスピードにインターネットはなっていた。

どっちにもすごいことも最先端のことも書いてない、地味で大したことない内容だ。VIEWも大して伸びてなくて、いいねもほとんどついてない。きっと僕より前に同じ問題を解決した人がいっぱいいるし、もっと高い視点で説明したり、体系的に説明した記事も多分いっぱいある。でも僕は自分が躓いたときにそのことを淡々と記録する。同じ問題でも、人それぞれに躓くタイミングで持ってる知識とか解決して実現したい目的とかが違う。だから僕の体験だけがピンポイントでマッチする人が時々出てきたりするみたいだ。どんな小さなことでも、真剣に取り組んだことを丁寧にそのままに記せば、それはブログコンテンツになるんだと思う。

今日来たLINEメッセージには「役に立ったなら嬉しい」的なことを返した。本当に嬉しかったんだ。この一月は多事多難な感じで始まって、ずっとのたうち回ってる感じ。物事を一歩進めると、一歩分プレッシャーが増してくる感じ。そのなかで今日もらった「ありがとう」は、少し僕のこわばった気持ちを解いてくれた。こちらこそ、ありがとう。僕はこの、Web2.0とかクラウドとかその時々の名前を持ちながら、まだ広がり続けてるインターネットが好きだ。「恩送り」とか「情けは人の為ならず」とか真顔で言えるインターネットが好きだ。インターネットの中と外で出会うみんなが大好きだ。

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Header Photo by Nick Fewings on Unsplash

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