みずほ銀行の新基幹システムが全面稼働へ
今朝、時事ドットコムで「みずほ、新システム全面稼働=信頼回復へ大きく前進」という記事が流れた。なんとなく一つの時代の「終わりの終わり」ということを思った。
“サグラダファミリア”と呼ばれたITプロジェクト
「終わりの始まり」は2年前だった。日経新聞が「みずほのシステム完成、金融界にも安堵」とシステム完成と今後2年間をかけての全面移行を報じると、様々な反応がインターネット上で沸き上がった。印象的だった文言を挙げると、次の三つだ。
みずほの“サグラダファミリア”が動き出す(MONOist)
開発工数はクフ王のピラミッド建設に匹敵(日経xTECH)
“みずほ銀特需”はいよいよ収束(日経xTECH)
終わりの見えない工期はサクラダファミリア、20万人月という開発工数はクフ王のピラミッド、経済効果はみずほ銀特需といわれた新基幹システムの「始まり」は2012年の開発開始。しかしもし取組みとしてはもっと長く、冒頭記事はこう報じている。
みずほフィナンシャルグループは16日、新たな銀行業務の基幹システムを全面的に稼働させた。これにより、連休中に停止していた現金自動預払機(ATM)を含むすべてのサービスを16日午前8時から再開し、17年越しの課題だったシステム統合を完了。(みずほ、新システム全面稼働=信頼回復へ大きく前進:時事ドットコム)
この「始まりの始まり」となる2002年は、三行合併により旧みずほ銀行が誕生した年。合併統合とメガバンク誕生が相次いだこの時期、多くは一行に他行が吸収される形に近くシステムもその主要行のシステムに統一されたが、三行対等の精神で合併したみずほでは三行システムが相互にやり取りという形態から入り同年から障害発生、金融庁が業務改善命令を出すに至った。2011年に再び大規模障害に見舞われた同行は、2012年に新基幹システムの開発に着手する。いわばこの年に「始まりの終わり」を迎える。
これは巨大ITプロジェクトの終焉か
僕が感慨を覚えるのは、開発開始が2012年、開発完了と移行開始が2017年、そして移行完了が2019年という5カ年、7カ年の超長期SIプロジェクトは、これが最後じゃないかなあというものだ。
僕は1998年に前職に入社。配属先は製造業向けの基幹業務システムを扱うSIer部門で、導入が1年がかかりというのはザラ、それこそ5か年計画、3段階リリースというのが現実にある世界だった。2006年に企業向け社内SNSといういわゆるモード2のITへ移った後、2009年にサーバー仮想化チームに就き再びモード1のITにも足回りで携わるようになった。この頃には、製造業などを対象とする社会基盤系部門も、金融系部門も、上流工程を含めても1年未満、狭義の開発期間は3か月などのプロジェクト期間になっていた。
JUAS(日本情報システムユーザー会)が2007年に「最適な工期は投入人月の立方根の2.4倍」と発表しており、同団体の2018年のソフトウェアメトリックス(図表6-4-4)では係数が2.67倍に変わる。みずほの新基幹システムは実質5年で開発されたが、20万人月という工数から適正工期を出せば13年になる。そんな巨大なITプロジェクトは、今後そうそう見られないだろう。
いや、1年以上の開発期間を設けるシステム開発がそもそも滅多に見られなくなるかもしれない。同式を使えば適正工期1年なら90人月強、工期2年なら730人月弱、工期3年なら2,450人月強、工期5年なら11,300人月強の規模のプロジェクトということだ。足回りではIaaSやPaaS、アプリケーション実装ではライブラリと開発環境が充実している現在、そうそうそんな規模にならないだろう。
昨年末で前職のSIerを辞し、FinTechのSaaS企業に入社したが、ここではスピード感はより一層になる。それでも心のどこかに「年単位のプロジェクトのSI」はまだ世の中に生き残ってるような感覚があった。だから、しみじみと思う。これで、僕を育ててくれたあの巨大SIの世界は終焉を迎えたのだろうな、とこれがマンモスの最後の一体だったのだろうな、と。少なくとも、マンモスを狩って生きて行ける時代はたしかに終わったのだ。