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コロナと都市⑤ 民族大移動もうやめにしませんか

「東京問題」じゃなくて「大都市問題」

  先日、名古屋工業大学から「新型コロナウイルスの拡大・収束期間と感染者数・死者数には、人口密度と気象条件が関与する」という研究成果が公表された。

  人口密度については直感的にそうだろうなとは思っていた。前回記事でも指摘したように、人口シェア11%の東京都がコロナ感染者数シェアで33%となっているのだから。
  菅官房長官は11日、東京都を中心にコロナウイルスの感染が再拡大している状況を「東京問題」と述べていろいろと物議を醸しているようだが、コロナが人口密度の影響を強く受けるということは、これは「東京」固有の問題ではなく大都市に共通する問題だということだ。

  さて、前回「過密から適密(てきみつ)へ」という話をしたけれど、具体的にはどうすればいいのだろう。そもそも東京が過密で地方は過疎なんだから、地方から東京へという人の流れを東京から地方へと逆流させればよいというのが、いわゆる「東京一極集中の是正」である。ちなみに、政府は今年度のいわゆる「骨太の方針」に「東京一極集中の是正」を盛り込むそうである。おおいにけっこうなことである。

 ただし、前回記事でも指摘したように、一極集中是正は過去半世紀にわたって取り組まれてきたにもかかわらずほとんど全戦全敗という難敵であり、はてさてどうなることやら。本気かどうかもいまいち疑わしいし(笑)。

時間的・空間的に偏在する「過密」

 東京一極集中是正というとどうしても、東京と地方、つまり「過密と過疎」という大きな軸で考えてしまいがちだ。一方、前回記事で提起した「過密と適密(てきみつ)」という軸は、それよりもかなり小さめのスケール感〜都市の中で過密を少しでも薄められないか〜という話だ。
 そもそも「東京は過密だ」と言っても、よくよく見るとかなりムラというか偏りがある。平成27年国勢調査によると、東京23区にはその周辺(東京都下・千葉県・埼玉県・神奈川県ほか)から毎日276万人もの人が通勤や通学で流れ込んでいる。しかも東京23区から周辺へ流出する人を差し引いたネットの流入者数である。大阪市(人口269万人)とか広島県(人口281万人)まるまる一個分の人口が毎日毎日東京23区とその周辺を行き来しているのである。改めて数字を挙げて確認してみたけど、これってすごくないすか?。これはもはや民族大移動といってもよいスケールでしょ。そりゃ通勤電車混むわけだわ。

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 こうして276万人が周辺から流れ込む結果、東京23区の昼間の人口密度は夜間のおよそ1.3倍の19,201人/㎢へと膨れあがる。都心5区(千代田・港・中央・新宿・渋谷)〜いわゆるCBD(Central Business District)地区〜に限ってみると、昼間人口密度は49,188人/㎢にまで跳ねあがる。
 一方、昼間の都区部にこれだけの人が流れ込んでいるということは、当然周囲の県はそれだけスカスカになるということだ。昼夜間人口比率は埼玉県88.9、千葉県89.7、神奈川県91.2ということだから、どこも概ね1割減といったところである。
 このように、一口に「過密」といっても、その実体は時間帯(昼間か夜間か)や場所(都心と郊外)によってかなりの偏りがあることがわかる。しかもその「偏り」のために多くの人が日々満員電車に乗って通勤・通学しているのである。ということは、この「密度の偏在」を是正することで、全体の密度がそのままでもいわば「体感密度」をある程度は低減させることができるんじゃないだろうか。

「過密の平準化」による「適密」

 さて、ここでコロナ来襲である。コロナによって多くの人が在宅勤務を余儀なくされることになった。しかし、そのおかげ(?)で、首都圏の主要鉄道駅の利用状況は一時は平常時の3-4割程度にまで減少したし、直近でもなお平常時の7割程度にしか回復していない。

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 このように多くの人が都心部への通勤を控えることで、おそらく東京23区やCBD地区の昼間人口密度は低下し、代わって周辺部の昼間人口密度が上がって、東京圏全体で見たらムラというか偏りがかなり平準化されているというのが現状だろう。つまり、「適密」かどうかは別としても、少なくとも在宅勤務によって「体感密度」は相当程度下がったといってよいのではないだろうか。
 あとは、これが一過性の現象に過ぎないのかどうか、ということである。この点に関して、筆者は過去記事「住む場所選択の自由アハハン♪」で、在宅勤務は「職」を「住」に寄せていく、従来とは逆のベクトルの職住近接であると指摘した。また同じく過去記事「covid-19ビフォーアフター」では、在宅勤務がウィズコロナ期における「新しい生活様式」を超えて、アフターコロナ期における「ニューノーマル(新常態)」として社会に定着していく可能性が高いと指摘した。
 在宅勤務がニューノーマルとして定着し、自宅あるいは自分が住む街で仕事ができるようになるのならば、東京における「過密」の偏在は相当程度解消されて、結果として私たちは「適密」な暮らしに大きく近づくことになりそうだ。
 東京一極集中是正を巡る議論では、東京圏への人口流入を抑制することはともすれば金の卵を産むガチョウの腹を割くこと〜稼ぎ頭である東京の力を削ぐこと〜にならないかという反論がなされることが多い。しかし、東京圏全体の人口規模をいじらなくても、とりあえず偏りをなくすだけでもずいぶんと東京の住み心地は良くなるはずである。住み心地が良くなれば当然生産性もクリエイティビティも高まるんじゃないの?。少なくとも今よりは。

cover photo: New York (by Masahiro Tsujita)
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