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一年たって、わたしは。

この記事の投稿から、早いもので一年以上たった。

年明けの実家の寒い部屋の真ん中で、夜中に眠い目をこすりながら必死に文章とイラストを一気に書いて投稿した。
「絶対に2019年になったらネット上ではカミングアウトする」と、夏から決めていた。そして、この投稿をした1月2日は高校の同窓会だった。どうしても、この日に投稿したかった。

この一年間で、私の身の回りで起きたことを少し書こうと思う。


おさらい カミングアウトまでのこと

そもそもカミングアウトの理由は、この記事にも少し書いていたけれど、自分のセクシャリティを公にしないまま創作を続けていくことが自分のなかで頭打ちになってきたからだった。
表現なんて作者の姿が見えないほうがいい、ということもあるかもしれないけれど、「そういう私だから、こういう作品になる」というのを伝えたかったのかもしれない。

なので正直、自分の周りに起きる影響を深く考えていなかった。
「混乱させることはあるだろうな」とは思っていたけれども、親しい友人やネット友達の中には知っている人も多かったし、自分の中で折り合いをつけられればいいと思っていた。

1月2日、noteのリンクをFacebookにも投稿した。
親族とあまり知られたくないなと思った人はプライバシー設定ではじいて。
すると、思ってもいない人数からコメントをもらった。
大学生の時にバイトしていたお店で、すごく仲良くしてくれていたお姉さん。何度かしかあったことのない、友人の同僚。卒業してからあっていない大学の同級生。しばらく連絡を取っていなかった高校の友人も、わざわざLINEをくれた。
同窓会の会場で、こっそりと「今日、記事、みたよ」とだけ言って笑いかけてくれた子もいた。「読んでくれてありがとう」と返した。

彼・彼女たちには私はどう見えていたんだろうか。
私自身はそんなに好意的に受け取られると思っていなかった。カミングアウトする前と変わらず、私のセクシャリティついて他人が考えることなんてないと思っていた。
でもそうやってアクションをくれたことがとてもうれしかった。




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カミングアウト それから

実際今回のカミングアウトで、連絡を取ったり実際に会って話をしたりするようになった人が何人かいる。
高校の時の先輩と、大学の時の同級生。
どちらも卒業後は連絡を密には取っていなかった人たちだ。

高校の先輩は、今中学校の養護教諭をしていて、LGBTQの知識をつけているところだと教えてくれた。
記事を書いた数か月後、先輩が再度連絡をくれて「養護教諭の勉強会で話をしてみないか?」と言ってくれた。
正直専門知識がそこまであるわけでもないし、ためになる話がどこまでできるか分からなかった。それでも「私が私として今まで生きてきた話」なら、してみたい。そう思って、機会を頂いた。

質問タイムを合わせて持ち時間2時間。
準備をばっちりしていったら、思いのほか時間が足りなくて焦った。
話の骨子は自分で書いたnoteの記事で、用語の説明やおすすめのメディアや絵本、漫画なども交えた。

人前で話すことは苦手ではないけれど、こんなにも長い時間、しかも「私」の話をするのは初めてで、不思議な気持ちだった。
話すことで初めて自分で整理できる気持ちもあるし、なにより熱心に聞いてくれる人がいることが本当にうれしかった。


講演が終わったあと、一人の先生が話しかけてくれた。
顔を見た瞬間に「あ、この先生、ずっとまっすぐ私のほうをみてくれていたひとだ」と分かった。丁寧に感想をくださって、聞くと勤めている学校の教頭先生が、私の中学校の時の担任なんだと教えてくれた。
講演のお知らせをみて、担任の先生が私の名前に気づいてくれたらしい。(ついでに「この前新聞にも載ってた」という話もしていたらしく、先生っていつまでも先生なんだな、ってうれしくなった。)
すごく良くしてくれた担任の先生だったので、今こういう風に頑張っていることが間接的にでも伝えられて本当に良かった。


大学の同級生は、在学時代にはほとんど会話したことのない子だった。
どこかのタイミングでFacebookで繋がっていて、投稿に反応してくれた。彼女はいま記者をやっているとのことで、LGBTQに関する記事を書くのに簡単な取材を受けた。
でも取材を受けたことよりも、彼女が「LGBTQのことを聞こう」と思ったときに私の顔が思い浮かんだこと、そして連絡をしてくれたこと。さらに会って話をして、その会がとてつもなく楽しかったこと! それがすごくうれしかった。
奇妙な縁だけれど、どんな形で始まったことも大切にしたいと強く思った。

どちらも私がカミングアウトしなければ起きなかったことで、「私」の本質はなにも変わっていないのに、不思議な気持ちだ。
こんなことが待ち受けているとは、記事を書いているときは思ってもみなかった。

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当事者であり、アライであること

自分自身のカミングアウトから一年。
これが必然なのか私にはわからないのだが、他人からカミングアウトを受けることがすごく多くなった。
たまに会っていたひと、一時期毎日顔を合わせていた人、関係性は様々だったけれども、驚いた。「ほら、こんなに居るんじゃん!」という気持ちにもなった。

2020.2.8
札幌の「大人座」で行われた「LGBTわからんカフェ」に参加してきた。
大人座スタッフの岡山ひろみさんが司会、ゲストにパレットーク編集長のAYAさんと、NPO法人北海道レインボー・リソースセンターL-Port理事のえりさん。とっても豪華で実りのあるイベントだった。

その中の質問タイムで、私自身がネット上でカミングアウトをしたこと、それによってカミングアウトされることが多くなったことを踏まえて「カミングアウトを受ける際の注意点があれば教えてほしい」と質問した。ゲストのお二人にご回答いただいたので、共有する。

私自身、カミングアウトは自分の気持ちの整理だったので、「誰かにどうしてほしい」ということはなかった。そういう存在だと認識はしてほしかったけど、アクションはいらないと思っていた。
だからみんなから話をされても、「そうだったんだ!」しか言えずうーん……となっていたんだけど、それでよかったのかな?とも思いつつ。

LGBTわからんカフェで印象的だったのは、AYAさんの「当事者であってもアライスタンスでいていい」という話。(アライ=マイノリティの理解者・支援者)
これはすごく私の勇気になった。当事者だからといって、「つらかった」とか「こんなことが苦しい」と言い続けなくてもいい。アライスタンスで、発信してもいいととらえた。

これからものびのび、LGBTQ関連はゆったり発信していきたいと思う。


カミングアウトしたから思う事

この一年間、直接的な事象で嫌な思いをすることはほとんどなかった。
(世の中の差別的発言などにはその都度業火)

それで、これは養護教諭の先生たちの勉強会でも何度もお話をしたんだけれども、「私はカミングアウトしたけれど、カミングアウトは正義ではない」と思う。

私はそれで生きやすくなったけど、全員が全員そうじゃない。
つらい思いをすることになることもあると思う。だから、慎重に。

悪いのは世の中であってあなたじゃない。
でも、世の中も人の考えも変えるのは難しい。
多様性を訴えるとき、忘れてはいけないのは批判意見をNOとしてはいけないという事。思想の自由が誰にでもあるということ。もちろんお互いに危害があってはならないけれど。

先生がたには「カミングアウトしてもしなくても、生徒全員が守られていると実感できることが最終的な理想」という風にお話をしました。全員特別じゃない、でも安心感のある社会。本当に理想論だけどね。

でも誰にも言えないのってつらいから、そういう時はLGBTQの電話相談やネット相談を利用するのもいいし、匿名でどこかに書き込むのでもいいと思う。なんなら私でもいいし。

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そういえば髪が緑になったよ


最近のツグミさん

実家をでて、一人ぐらし(たまに友達と二人ぐらし)を始めた。
テレビをほとんど見なくなったおかげで、バラエティのしんどさから遠ざかることができていて大変こころの健康によいです。
ただ芸能ニュースの遅延がすごくて、中居君がジャニーズやめるの二日後くらいに知りました。


さて、一年間色んな活動をしてきて(講演やったり勉強会いったり、ちょっとライターで記事も書かせてもらっていた)、最近も自分のSOGIと向き合っている。(SOGI=性的指向・性的自認)

前回の記事では
・「女の子になりたいXジェンダー」
・「女の子しんどい、でも女の子になりたいしんどい」
ってことを書いていたんだけど、最近は
「身体的性」「性自認」「性的指向」「性表現」を分割して認識できるようになったので、だいぶ楽になりました。

身体的性・・・体の性
→これはずっと女性
性自認・・・心の性
→最近も不明。女でも男でもない。Xジェンダー。
性的指向・・・好きになる性
→相変わらずこだわりない。好きになった人がたまたま男か女かそれ以外か。

性表現・・・どんな性別の恰好をするか
→一番似合うのは女の子の恰好。でも好きな服着るよ。

これを性自認と切り離して考えられるようになったのがすごく進歩!!
最近はもっぱら女の子の恰好をしてるけど、ボーイッシュな恰好したい時は思いっきりする。化粧もしてもしなくてもいい。
今までは服装や髪形で性自認が揺らいでいたのだけど、「どんな格好したいかは、私の心とは別。表現は表現。」と考えられるようになった。
なので毎日着たい服を楽しく着ることができています。

まだまだ人生模索中なところはあるけれど、最近は気持ちが安定していて毎日楽しいです。
知り合いのおじさんに「27歳か!今が一番いい時だ!好きなこと目いっぱいしたらいいよ!」と言われて、「そうだよねえ! 今が一番いいときだよねえ!!」となった。
そう。今が一番いい時なので、今日も目いっぱい好きなことするぞ。

新年に引いたおみくじも「願望ととのう」って書いてあったし!
付け加えるように「されど色情につき妨げ起こる」って書いてあったけどな!カーッ!

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今年もゆっくりのんびり自分と向き合っていきたいと思います。
最後まで読んでくれてありがとう。

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何かになりたい27歳。 ライターしてみたり写真作家してみたり、イラストを描いてみたり、なんでもつくる人です。北海道小樽市で若者コミュニティ「オタル若者ビレッジ」の場づくり班をしています。FtXのジェンダーフルイド。