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夏の夕方にひとつ妖しの話など

今日は、わたしが知っているちょっと不思議な話を紹介したい。

夏だし、お盆だし、本当はズバッと「怖い話をしまーす」と言ってもいいのだけれど、なにぶんわたし自身が怖い話は苦手だし、なによりこうして文字におこして記録に残すなら、わたしは実際に起こったことだけを書きたい。

そうなると、怖い話と呼べるような絶叫クラスの体験や、読んでいるうちに体から冷たい汗が流れるような思い出話が必要になるが、そんなものわたしは持っていない。

でも、不思議だなと思うことはそれなりに体験してきたし、人の体験談も聞いてきた。

本当は、『百物語夢十夜』とかなんとか題して、お盆をはさんだ前後の期間で十日連続で怖い話(という名の不思議な話)を投稿する野望を抱いていたのだけれど、先月から家庭がごったごたに乱れてそれどころではなくなってしまった。

仕方がないので、十日連続のnote版百物語は諦めて、寄せ集めた話の種を思い立った日にこまぎれに開放していこうと思う。

今回は、中学生時代の友達(仮にまいちゃんとする)と、院生時代から付き合いが続いている悪友(仮に山口くんとする)から聞いた話を掲載したい。

全3話のいずれも、我が愛すべき友人が実際に体験したことであることだけ、あらかじめ述べておく。



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1.原稿用紙おばけの話(提供者:まいちゃん)

まいちゃんが小さい子どもだった頃の夏の話である。

まいちゃんは、秋田県にあるおばあちゃんの家の和室で昼寝をしていた。隣にはお父さんが寝ていたという。

心地よい眠りの波からふっと意識が浮上して、何気なく和室の入口あたりに目をやったまいちゃんは、妙なものを目撃した。

首から下の身体は、『ゲゲゲの鬼太郎』に出てくる目玉おやじ。

首から上、つまり頭にあたる部分は原稿用紙。

頭は原稿用紙で胴体は人間(そして裸)の生き物が、まいちゃんの方を向いて反復横跳びをしていたという。

常人だったら「ヒッ!」と声が出たり、声が出なくても「なにこれ気持ちわるっ!」と思ったりしそうな状況だが、まいちゃんは肝がすわっていた。

こわいとも思わず、声も出さずに、「ほおー……!」と感心するような興味深いような気持ちになって、お昼寝の体勢のままそいつをじっくり観察したらしい。

どれだけ見ても、やっぱり頭は原稿用紙で、胴体は目玉おやじにしか見えない。背丈は小動物ほどで、小さい。

畳の縁をラインとして利用しながら器用に反復横跳びをしていたそいつは、まいちゃんが見ていることに気づくやいなや(本当に気づいたのかどうかは、目がないのでわからないけれど)、まるで見せつけるかのようにより得意げに反復横跳びを続行したという。

延々と反復横跳びを続けるそいつを、まいちゃんは心の中で「原稿用紙おばけ」と命名した。
そして、とうとう我慢ができなくなって、立ち上がって和室を出て、台所で料理をしていたおばあちゃんに駆け寄った。

「ばあちゃん、和室に変なやつが出たよ!」と息せききって報告するまいちゃんに、「あー?」と返事をするおばあちゃん。

「原稿用紙の頭をしてるの! 反復横跳びしてるの!」

興奮気味に言ったまいちゃんに対して、おばあちゃんは一言

「あーあー。ほっとけ、よく出るんだ」

と言ったという。

へええ、あそうなんだ、よく出る……いやよく出るの!? そんな虫みたいに!?

とわたしは思った。



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2.青い光の粒(提供者:まいちゃん)

これもまいちゃんから聞いた話である。

そして、これまた彼女がおばあちゃんの家で体験したことらしい。

お盆の期間に、まいちゃん一家はおばあちゃんの家に里帰りをした。

夜、まいちゃんは仏壇のある部屋に布団をしいて寝ていたが、夜中になってふと目が覚めた。

瞬間、異変に気づいた。

寝ているまいちゃんの頭の上、ちょうど仏壇の前あたりの床に、青い光の粒が集まってきている。

まいちゃんが驚きつつもそのまま見つめていると、青い光はだんだん上へとのぼっていき、光の筋にしたがって徐々に靴を履いた足元、膝、腰、胴体と、人の形ができていった。

どうやら軍服姿らしいその青い光の人は、ただただ綺麗で、ちっとも怖くなかったとまいちゃんは言う。

花火や蛍を眺めるような気持ちで、まいちゃんは黙って青い光が人の姿を形づくっていく様を見守っていた。

光が足元から上へ上へとのぼり、首まで達してあとひと息で顔が見えるところまできた瞬間、ぱっとはじけて、なにもかも消えたそうだ。

「ひいおじいちゃんとか、ご先祖様に心当たりはないの?」と思いきってわたしが聞くと、まいちゃんは「んー」と唸ってちょっと考えた後、「わかんない」と微笑んだ。

毎年お盆が来るたびに、あのときのまいちゃんのほんの少し悲しそうな、だけど優しい微笑みを、わたしはいつも思い出す。



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3.幽霊屋敷への手紙(提供者:山口くん)

山口くんは東京の大学院で知り合った友人だが、彼は子どもの頃、愛知県のあるアパートに住んでいたのだという。

山口くんが住んでいたアパートの隣は坂道になっていて、その坂に沿うように住宅街があったらしい。その中の一軒に、近所の子どもたちから「幽霊屋敷」と呼ばれている、もう何十年も人の住んでいない家があったそうだ。

山口くんによると、その家は、小さな庭付きの二階建ての家屋であったらしく、一階の窓は全てふさがれていたという。家の裏に位置する庭は荒れ果てて植物が生い茂り、ほのかに腐ったようなにおいが漂っていたらしい。

子どもたちの間では、「ボロボロのカーテンをまとった二階の窓から女の人が見える」とか、「その女の人を見ると呪われる」だとか、そういう類の噂が囁かれていたそうだ。

さて、本題はここからである。

事の発端は、山口くんが小学三年生のとき、「幽霊屋敷の郵便受けに手紙を出すと返事が返ってくる」という噂をでっちあげてクラスメートに話したことによる。

山口くん、なぜ君はそんな噂を捏造したのだと頭を抱えたくなるが、彼には彼の言い分がある(のだと思う)。

とにかく、山口くんは噂を流した。
そうしたら、山口くん自身の想像をはるかに超えるスピードで噂は広がり、小学校どころか中学校にまで「幽霊屋敷の郵便受け」の話が広まった。

当初は愉快にそんな様子を眺めていた山口くんだったが、そのうち「本当に返事が返ってきた」という子が現れ、その後返事を受け取ったという子が立て続けに現れたあたりで、とうとう山口くんも妙に思うようになった。

噂を作ったのは自分であるから、返事なんて来るわけがない。
でも、返事を受け取ったという子の中には、冗談や嘘でそんなことを言うとは思えない子もいる。
詳しく話を聞こうにも、「どんな返事が来たのか」と聞いても、なぜか誰も話してくれない。まるで示し合わせたかのように。

仕方がないので、山口くんは、自分で手紙を出してみることにした。

日も落ちた夕方、友達と遊んだ帰りに、山口くんは誰にも見つからないように気をつけながら幽霊屋敷へと向かった。

宛先も差出人も書かず、ただ「あなたは誰ですか?」とだけ書いた手紙を郵便受けに入れて、もう一度誰にも見られていないことを確認してから、その場を後にしたという。

その日は何事もなく帰りついた山口くんは、翌日の早朝、しこたま怒ったお父さんに叩き起こされた。

お父さんは山口くんを連れて玄関へ行き、内扉についた郵便受けを指さして、「なんでこんなことをした?」と問い詰めた。

見ると、玄関扉の内側についている郵便受けに、土やら葉っぱやら石やらがぎっしりと詰め込まれている。

お父さんの叱責を受けながら、身に覚えのないことに混乱していた山口くんだったが、ふと覚えのあるにおいに気づいた。

あの幽霊屋敷の裏庭の、腐ったような土のにおい。

ハッとして、さり気なく郵便受けに入っているものを観察すると、詰め込まれている植物はどれも日陰に生えるようなものばかりで、石の中には玄関扉の外側からではとても入らない大きさのものも混じっている。

そのとき、直感的に、これがあの幽霊屋敷からの返事で、噂は本当になってしまったのだなと山口くんは悟った。



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「人は化物。世にないものはなし」とは西鶴の言葉だが、化物じみた人の狂気や変態性が及ばない、理性のある身では理解しきれない不思議なことも、世の中にはあると思う。


旅行も里帰りもできない夏に、吐きそうになりながら必死で近世以前の百物語系怪談集やら怪異について記載された説話集やら随筆やらを研究していた大学院生時代を、懐かしく振り返って。

そしてなにより、子ども時代に経験した、大切な話の種を分けてくれたまいちゃんと山口くんに感謝をこめて。


『百物語夢十夜』の第一幕、これにてトンとおしまい。






長く続けることをモットーに励みます。