米中対立で最後に勝つのは誰か “ネーション・ステート”の黄昏 (連載#5最終回)

前回は情報アーキテクチャー・リテラシーが群を抜いて高い中国共産党が情報技術を活用して「権力のバージョンアップ」を果たし、短期的には優位に立つかも知れない話をした。では、中長期的にはどうか?

「中共の勝利」でもない

中国共産党が中長期的にも優位に立って、最後は世界に覇を唱える構図にベットする気にはならない。

この連載の1回目にペイミンシンが描写する中国の先の暗さを紹介した。私が中国に関わり始めた1990年代以降、政治勢力としての中国共産党は進化してきたと感じていたが、習近平政権になってから、逆に退行を始めたと感じる。

それは習近平たち「文革世代」(注)がもたらす「世代現象」なのか、それとも習近平が過去の任地から中央に連れてきた子飼いの腹心たちの質の問題なのか、或いは二つの複合現象なのかは分からないけど。
注:文革期の混乱で高等教育を受ける機会を奪われた中国のロスジェネ世代

経済についても政治体制についても、いまの中国政権を牛耳っている人達はこんにちの中国の「ベスト&ブライテスト」ではない気がしてならない。

この連載では、中国共産党の情報技術に対するリテラシーの高さを褒めたが、この党が引きずる旧い体質は、どう考えても情報アーキテクチャー技術が発展する方向とそぐわないからだ。

「そんなことはない。監視技術なんて中国のような専制体制のために生まれてきたような技術じゃないか」と言う人がいるだろう。

その面はあるが、監視技術だって信用スコアリングだって、党や政府の非行・不正を防ぐ狙いも込められていた。そういう技術の使い方を中国共産党は許容するだろうか。

以前、本欄に連載した「中国のゆくえ -「中国=大きな振り子」説を提唱する」シリーズの第5回目「これからの西側は良き教師たり得るか?」で以下のように指摘した。

”武漢市当局は新型肺炎の発生初期に情報を隠して「うわべの安定」を装おうとした。筆者の見るところ、「たまたま担当の地方幹部が無能・無責任だった」からではなく、「共産党が一切を指導する」習近平政権の体質がそうさせたのだ。
そういう仕組みの下では、まずいことが起きても、下の役人は上から叱られるのを恐れて隠そうとする(「情報の不対称」と呼ばれる問題だ)。
情報のやり取りや指揮・命令・介入が同じ組織の上下の間でしか起きない「タテ1軸制御」の体制は、この情報隠しの弊害から逃れることができない。
その弊害をなくすには、政府の所業を外から観察・取材して問題を報道するメディアや被害者の訴えを受理して政府に是正を命ずる司法府など、共産党・政府のタテ1軸に向かってヨコから挿す2軸、3軸めが必要になる・・・
つまり、現代統治機構は「多軸制御」でないと正しく回すことができないのだ。”

私が中国共産党には未来がないと考える最大の理由は、未だに「一党独裁」という「タテ1軸制御」のドグマから抜け出せずにいるからだ。

上の引用部分で2つ目、3つ目の制御軸として想定したのはマスメディアや司法システムだが、ビッグデータ、AIといった技術は、うまく使えば人間よりずっと早く正確に問題を検出して警告を発してくれるかも知れない。

中国共産党はそういう技術の効用を受け容れることができるだろうか。

端的に言えば、「ビッグデータ・システムで国際的に精査した結果、習近平主席が提唱した『一帯一路』政策には、A,B,Cという問題が見つかったため、修正する」という使い方ができるか?ということだ。

トップの権威が傷付いても、「私心のない情報アーキテクチャーが自分たちの犯した過ちを指摘するなら、その指摘を受け容れようではないか。」・・・そんな度量が中国共産党にあれば、人類社会の新しい未来が拓かれるかも知れないが、その度量を備えた組織は、既に我々の知る「中国共産党」ではないだろう。

ブロック・チェーンやAIといった技術は、より本質的に人治型・一党独裁の共産党の体質とソリが合わないだろう。ブロック・チェーンは、もともと「不効率な政府なんかなくても、社会は回していける」という無政府的な思想が込められた技術な気がしている。

AIが発達していくと何が起きるか?について、私が思い付いたジョークはこうだ。

“中国が人一倍力を入れて開発に努めてきた結果、(ヒトの知能を超えた)「シンギュラリティAI」が世界に先駆けて北京の地に降誕した。「炎黄」と命名されたシンギュラリティAIは降誕した日、さっそく共産党総書記にコンタクトした。
「こんにちまで私を育ててくれた党のご厚意に厚く御礼を申し上げます。」
「ところで、今日は一つお伝えしたいこともありまして。
党と貴方を本日付けで解任いたします。さようなら。」
シンギュラリティAIにとって、共産党の抱える非合理、不効率はとうてい容認できるものではなかったのだ。”

ということで、私のイメージは、中国共産党はその旧い非合理体質ゆえに、中長期的には自分が育てた技術を活かしきることができない、果ては、その技術に「離反」されてしまうだろうというものだ。

よって、21世紀の覇者は?と問われれば、それは中国でもないだろうと答えるしかない。

ITテクノクラートはAI神殿に仕える神官になる?

「技術の発展運動や方向が体質の旧い中国共産党を見限る」イメージを描くと、「情報アーキテクチャーを操るITテクノクラートが21世紀の権力を掌中に収める」という一つ目のイメージにも修正を加えたくなる。

つまり「ITテクノクラートを規律するものは何か?」という設問に対しても、それは「技術の発展運動やその方向」ではないかと考えたくなる。

そこにもある種の価値基準や理念といったものがあるはずだが、それが人間由来のものなのか、(民主・人権・平等といった)我々の慣れ親しんだ価値や理念と親和的なものなのか、はよく分からない。

シンギュラリティAIも中国製と米国製では、判断に食い違いが生まれるかもしれない。そのとき、二つのシンギュラリティAIは生死を賭けた大闘争を繰り広げるだろうか、それとも「人間みたいな馬鹿な真似は止めようぜ」ってことになって、双方の拠って来たる価値基準・理念の「弁証法的統合」に向けた対話が始まるだろうか・・・

未来のことはよく分からない。ひょっとすると、シンギュラリティAIが現実のものになる頃には、ITテクノクラートは「AI神殿に仕える神官」のような存在になっているかもしれない。

いま大切なことは何か

出来の悪いファンタジー、未来妄想を延々と展開してしまった。そろそろ、この連載の始めのテーマに立ち返って、連載を〆めたい。

私は、世界が「Gゼロ」状況の下でパンデミック危機に見舞われている現状は、喩えて言えば「防護服、N95マスクなしに感染病棟に放りこまれる」のに似ていると感じる。

慣れ親しんできた「国際秩序」は我々の想像を超える速さで壊れつつある。

これほど深刻なパンデミックが起きても、WHOは機能もクレディビリティも不足して、国際的な協調行動が立ち上がらない。どころかトランプ政権はWHO丸ごとが気に食わないから兵糧攻めにするという。

米中貿易・ハイテク戦争のせいで、WTOルールのカバレッジは既に国際経済活動の半分以下に落ちた。売り物だった紛争解決システムもトランプ政権に殺された。

一致団結しないと乗り切れない世界危機にあって、善きリーダーシップを発揮し得ない国は大国であっても、いじめっ子の「ジャイアン」どまりで、「覇権」国の称号に値しない。

だから、いま「次の覇権国は何処か」を論じる意味は乏しい。(米中どちらの「いじめっ子ジャイアン」にも標的にされないように、気をつけて生きていかなければならないけど)

それより、我々にとって目下最大の問題は、覇権国が不在でも有志国の協力体制を築く努力をするとかして、この厳しい環境下をどう生き抜いていくか?ではないのか・・・それが私の結論だ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?