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期待値と結果のインタラクション

まともに就活してこなかった私、35歳で初めてまともに適正診断を受けました。機械学習によって資質や傾向、向き、不向きが分かるようなものです。

この手の診断って、設問が恐ろしく多いんですね。

就活生にとっては、1つのプロセスに過ぎないのかもですが。お金や時間、手間はかかります。

お金や手間がかかるほど期待値が増える。逆にお金や手間をかけても、結果にさほどのリターン、見返りたるものがないと、不満に思っちゃうこともありそう。会話の返報性みたいな話ですね。

期待値と結果のバランスって、考えどころです。人間関係で言うと、自ら無償の愛情を注ぐ関係もあれば、相手にワガママに求める関係もある。どちらかに偏っていても、100%ということはあまり無いのかな、と思います。超ドSと超ドMのふたりがいても、お互いの利害が一致していれば、つながることでしょう。まぁ、他人の性癖は知らんけどね。

面倒だから、期待を減らす(あるいは増やす)といいか?というと、一概にそうとも言えない。小さな期待値に大きな結果を返すとき、その確かさは信憑たらないのかも。逆に、大きな期待値に小さな結果は足らないのかも。

日々のSNSにおける主語の大きさも、過剰なキャッチコピーも、逆にサクッと押しやすいボタンも、求める返報に堪えるものでしょうか?

イタリアの自動車メーカー、ブガッティを思い出しました。1台2億円の車を買うのに、購入審査が必要になります。所有者として相応しいか、メンテナンスできるか等を診断するらしい。単なるお金持ちでは買えない、ということです。

無事、審査を通過したら、イタリアの工場までファーストクラスで渡航します。現地滞在しながら試乗・その場で仕様をオーダーメイドし、組み上げる。そして、ようやく納車になると。所有者にこれだけの要求があって、格式高いブランドイメージが作られているのだと思います。すごいですね。

すごいですね。…って、全く欲しいとは思いませんけどね。街乗りで3-400km/h出すこともない(危険)し、第一に欲しくても億で買えない(白目)

何にせよ、期待値には相対する結果を求めたくなる。期待した程度に報われたい。人にはそんな心理があるように思います。

話を戻すと、あの適正診断の設問の多さも、取りようによっては、期待値を高めるプロセスとも取れそうです。言葉や画面の背景に、期待に応えられることを見据えていたいな。そんなことを思いました。

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表現としくみ、いろんな人の捉えかたに興味があります。PM/ディレクタとしてデジタルクリエイティブ領域で働いてます。ズボラ飯とくだらないことが好きです。
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