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それとない処世術と#metoo

僕はジャンプ等の少年(少女)誌を読まずに育ってきた。マンガが嫌い、というわけではなくて、なんとなく感覚的に、いかにも「男の子」的な人物像が苦手だった。

少年(少女)誌の購読数は、今は少なくなってるのかもしれないけど、少し前の学生なら、男子の話題として、毎週、かならず話されていた。マンガを読むことで市民権を得られるような具合だった。

マンガを読まない僕はどうしたか。というと、仕方がないので、それとない処世術を身につけた。見聞きした情報をもとに、それとない相槌ちをして、それとない表情で、会話の輪のなかで違和感のないようにしていた。会話の雰囲気をうっすら味わっていた。苦痛ではないが、ハッキリした感情もなかった。目は笑ってなかったのかもしれない。バレてたかな?(笑)

それとない聞き手でいるうち、思ったことがある。みんな主人公・ヒーローが好きなんだな。個人というより、話題のなかのみんな、だと思うけど。始めからずっと真面目なヒーロー像を語っているわけもなく、ギャグや笑える展開を話し終えたら、目立つ主人公の話題に及ぶ。

やがて、話してる本人たちがヒーローっぽい所作をキメる。自分を重ねる。分かち合い、納得する。「他の人」はいなくなって、みんなヒーローになる。休み時間が終わる。

…とすると、僕は何者だったんだ?となる。いなくなった「他の人」か?いや、手前で話されてたサブキャラのことなんて、よく知らない。かわいい話だけど、幼かったから軽く悩まされた(笑)

それでも、男子同士で話し合わせるなかで、男子の考えかた、在りかた、フレームみたいなものが得られるような気がした。なんだか前向きに男らしさを捉えていった。

そして、四半世紀。いま #metoo のような大きな動きがある。Twitterのタイムラインを眺めていると、多くの女性の声を目にする。かたや平然と「痴漢されたら、声を出して助けを求めればいい」「盗撮されるから、短いスカートや胸のはだけた服装はやめたほうがいい」なんて、つぶやきが流れる。なんで被害が生じる前提なんかね。意見を目にしながら、自分も男性としての考え・行動を振り返る。

「助けを求めればいい」「やめたほうがいい」
答えになってないその言葉を反証する。

成人して、いつか同じように言ってしまえる自分がいた。男性社会のなか、文化に触れるなかで、日本のロールモデル、屈折した男らしさ、女らしさを認めてきた。今だって男が好きなエロトークなら、それとない対応ができてしまう。なんなんだろう、この矛盾。

ふいに、幼かった当時のことを思い出した。身につけたそれとない処世術。思えば、あれが始まりだったのかな。あそこから、自分のなかに徐々に植えつけて、疑わないフレームをつくってきたのかな。同じ世界に耐えようのない怒り、苦しみ、悲しみがあるとも知らず。

今たくさんの声があがっている。男性はロールモデルを語る前に、そのフレームを外して気付けることが、たくさんあるような気がする。(リフレーミングって便利。) #metoo を背景にした動きのなか、男性にとっても、気づきの機会として捉えてみるのはどうでしょう。

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スタートアップのUI・UXデザイナー/HCD専門家、日常ズボラーのIT土方です。感じたこととその反証を、雑なコラムやエッセイとして書き留めてます。主成分は表現と認知心理/メンタルヘルスケア/要求工学/IA/言葉。何か触れるところあったなら嬉しいです。