グラインドドランカー(小説)

 祈志界請(きしかいせい)は、睡眠不足だ。

 「CHANGESのセミナー行きたいけど、半端なく気持ち悪い。申し訳ないが親父にも八つ当たりしたし。絶望的だわ。この状況」
一人つぶやき、御本尊に祈ってみるが、やはり行けるようなモチベーションは上がってこない。

 心の中で考えた。とりあえずしばらく使ってないバイクのエンジンかけてみて、問題無さそうなら行くか、と。バイクの鍵を取り、春の光が射す玄関を出て、庭にあるバイクを見る。銀色のカバーがかけてある。タイヤのあたりにあるカバーの黒い紐をゆるめる。そしてカバーを取り外す。なんだかんだ言って大好きなエンジ色。その色のボディが光に照らされキラキラと輝いている。ハンドルの下についているキーカバーのロックを解除する部分に鍵を差し込む。問題なくロックは解除される。そしてエンジンを起動する場所に鍵を差し込み回すとハンドルロックが解除される。ハンドルがまっすぐになる。さらに鍵を回しスイッチを押すととエンジンがつく。心地よいエンジン音が鳴り響く。長く使っていなかったが、バッテリーはあがってないみたいだ。大丈夫、乗れる。

 しばらくバイクをながめているが、心のバッテリーは問題ありのようだ。頑張ってエンジンをかけようとしても、うまくあがっていかない。モチベーションが上がらない。だめか、心の中でつぶやく。エンジンを切り、ロックをかけ、カバーをつけなおして、少し暗い部屋に戻る。泣きそうな心がそこにあった。Fさんやjさんに会いたかったな。OJさんの講義聴きたかったな。まだ今なら間に合うという時間が流れていく。時計の針が進み、jさんとF太さんの対談の予定時間になる。「今から行っても二人対談は聴けないな。OJさんの講義には間に合うかもしれないけど」外へ繋がるドアを見つめるが、やはり心のエンジンはエンストしている。そうこうしているうちに、OJさんの講義にも間に合わない時間になる。祈志界請は心で泣いた。

 なにげなくツイッターを開き、タイムラインをスクロールした。すると現地にいるHDさんが講義内容をマインドマップにしてアップしてくれていた。祈志界請は心で泣いた。しかしそれは喜びの涙だった。まだ冷たい春の空に舞う白い花びらの桜のように、マインドマップは悲しみに凍える手の中で、満開に咲き誇っていた。

どうやら順番が変更されていて、OJさんが最初に講義して、次に対談をする流れになっていたようだ。迷っているうちに行っていれば、OJさんの講義はDさんのマインドマップでカバーして、F太さんとjさんの対談に途中からでも参加できたかもしれない。そう思ったが次に活かすしかない。とりあえず見たかったコンテンツの二つがマインドマップ化されていたので、ひとまず満足した。

 そして仏法(ぶっぽう。魔法の逆)のスマホに思いのたけを入力した。すると美しい黄色の宝石「シトリン」のペンダントが目の前に出現した。祈志界請は手を伸ばしその力を感じた。友への愛に溢れたマインドマップの偉大な力と、俺はたしかに宇宙に守られているという希望に溢れた今の心境が、具現化されたかのような強い光を大粒のシトリンは放っている。

 それは醜い己の弱さの後に、感じることができた温もり。やはり、誰の前にも冬の後に春はやって来るのかもしれない。弱さと愚かさの罪が消え、桜が舞い踊る春の日曜日。心の中で花びらが輝き、明示されなかった宝石言葉の色に、魂が染まっていった。

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